アイデンティティ拡散症候群
後期青年期において自我同一性が形成される途中で社会から与えられたモラトリアムを利用し、様々な実験的同一かを統合していく社会的遊びが阻害されて、社会的な自己定義を確立することが出来ない状態である。
- アイデンティティ意識の過剰:アイデンティティ拡散の状態に陥ると、アイデンティティ意識の過剰ないしは自意識過剰が起こる。
- 選択の回避と麻痺:アイデンティティ拡散に陥る青年は、社会が与えられているモラトリアムを利用できない、つまり、社会的遊びによる可逆的な役割実験やアイデンティティ選択のゲームを楽しむ健康的な自我が弱まり、どんな選択・決断も葛藤的同一かを引き起こすので、ひいては、どんな決定的な職業選択も心理的社会的自己定義をも回避する麻痺状態に陥る。
- 対人的距離の失調:暫定的な形での遊技的な親密さや一時的可逆的なかかわりあいが、本人の対人的融合になってしまう。つまり、ここでも基本的信頼と自我の「遊び」が失われているので、くっついたり、離れたり、親密になったり、孤独になったり、という対人的な距離の取り方が失調し、甘えれば相手に飲み込まれ、自立しようとすれば孤立しっぱなしや引きこもりに陥ってしまう。
- 時間的展望の拡散:青年期が極端に延長・遷延すると、非常な危険が切迫しているという切迫感と時間意識の喪失が起こる。社会全体の緩慢化、絶望感、死んでしまいたいという願望、否定的アイデンティティの選択がその兆候である。
- 勤勉さの拡散:職業的アイデンティティ獲得の回避は、注意力集中の困難、読書過剰のような一面活動への自己破壊没入、仕事、学習、社会性などの能力獲得以前のエディプス的葛藤への退行などが起こってくる。
- 否定的アイデンティティの選択:家族や身近な共同性が望ましい物として提供している役割やアイデンティティに対する軽蔑や憎しみ、やがてはこれらの全てについての全面的な嫌悪が起こり、これらと反対な物への過大評価が起こる
つまり、否定的アイデンティティの選択は自分の斬新的な努力では達成不可能な肯定的な役割から現実感を得ようと努力するよりも、よりたやすく、飛躍的にアイデンティティの成立を引き出すことの出来るような、役割や集団アイデンティティへの全体同一化によって起こる、つまり、ここでエリクソンは、ギャング社会にたいするすねものの徒党だけでなく、ひいては全体主義的集団をも念頭に置いている。しかるに、境界例の病理の中にエリクソンが発見したアイデンティティ拡大は、その後の急速な歴史社会変動と共に、公然化し、しかも一般化し、いまや、アイデンティティ拡散意識が現代青年一般の心理と化してしまった、とエリクソンはいう。いまや、あらゆるアイデンティティへの同一かを拒否して、あえてアイデンティティ拡散の状況を選び守り、モラトリアムに無期限にとどまろうとする青年が目立つようになってきている。このようにして、アイデンティティ拡散症候群を示す青年期患者が臨床場面で目立つその背景として、現代青年一般のアイデンティティ拡散が注目され、臨床的概念であったアイデンティティ拡散は、現代青年を理解する社会心理的な一つの鍵概念になった。