井上雅彦

彼は、ホラー作家ですが、この人の書く世界が私の中で、懐かしいものを呼び覚まします。文体も洒落ていて、話の作りがとてもおもしろい。
出会いは、『異形博覧会』(角川ホラー文庫)です。もともと、ショートショートとして星新一が好きなこともあって、ホラーもののショートショートか。面白そうだなと思ってかってパラパラと読んでいるうちにその構築された世界が凄く魅力的なのです。
なにが魅力的かというと、子供の頃に忘れた懐かしい出来事、海、サーカス、駄菓子屋、迷子、建物の大きさ、夕焼け、公園、それは、常に子供と大人になってからのあらゆる景色は違い、けれどもしっかりと心の奥にはその情景はあるが、忘れている。
そして、そのときに思っていた情景を思い出すとき、そこにはめくるめく憧憬が浮かび上がるものなのですが、(あのときは良かった。子供の時、こんな風に遊んだなぁとか)この作者は、その情景を浮かび上がらせるのです。
しかも、少し怖い衣をまとって。しかし、案外、人は、昔(心の郷愁というやつですか)を思い出すとき、リアルに思い出すときは、案外怖いもの見たさな感情があるのではないのでしょうか。
そうした、リアルさが読んでいて、ゾクゾクとします。もちろん、本の中での状況は体験をしたことの断片ばかりではなく、むしろ少ないのですが、それでも、なぜか、いろいろな場面がデジャブとして浮かび上がってしまいます。
また、話の作り方も凄く綺麗で、言葉一つ一つが洗練されています。
ショートショートなので気楽に読めるという意味で、上記の『異形博覧会』はお勧めです。

なお、ホラー文庫からは『異形博覧会』シリーズとして他にも2冊出ています。また、長めのものとして、『くらら怪物船団』が出ています。
また、『異形コレクションシリーズ』(廣済堂)の監修者としても執筆しています。
ホラーというよりも幻想怪奇小説として形容しても良いほどどこかロマンの漂う作品群です。

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