H.P.ラグクラフト
彼との出会いは、何気なく古本屋で手に取った「怪奇小説傑作集」創元社推理文庫であった。記憶が曖昧だが、中学生の頃だったと思う。翻訳の難解な日本語と形容詞を多用した古めかしいゴシック調の表現に苦労しながら、そこに書かれていることを理解しようとしていた。私にとって、一つの魔術書を読み解くような神秘さがあった。
その中でもラグクラフトは群を抜いて難解であった。架空の都市で行われる、コズミック(宇宙的)な恐怖。表記が不能なモンスターやジャーゴン(その世界でしか通用しない用語)の多さは他の作品の群を抜いていた。クトルフ、ヨグ=ソトース、ナイアルラトホテップ、アザトース…これらの登場する神々がいかに恐ろしいものなのかをもったいつけた回りくどい表現で語られる。
登場人物はほとんどが狂ってしまう。恐怖の真実を追い求めようと破滅していく。出会い頭に殺されたり、惨殺されたりというシーンはない。ほとんどが何かしらのきっかけで恐怖の一端を見つけてしまった人が、それを解明しようとして行く中で徐々に狂気に犯されていく。抜けようと思うもののときは既に遅く、後戻りできない。その先にいるのが、クトルフ神話にでてくる形容しがたい神々である。時には学究的な理由でこのクトルフ神話に触れているものも最後には真実を垣間見てしまうことによって破滅していく。
クトルフ神話とは、簡単にいうと人類が繁栄する前に地球を支配していた神々が存在していた。あるいは、宇宙を根城にしている神々が地球に飛来してくる。外宇宙、地底、海底、異次元に住み復活の機会を虎視眈々と狙っているといった設定である。この神々は、人類にとって想像を絶する存在であり、その存在を知ってしまった人々の無力さを描いている。ある意味、人外の存在を宇宙規模で語る壮大な神話である。人外というと、狼男、吸血鬼、不死の殺人鬼、ゾンビなどがあるが、それ以上に想像を絶する狂気の神々である。
時には、研究の結果登場人物が冥王星を根城にしている神々へ実体ごと謁見を果たしてしまったり、夢の中から異世界に迷い込んでいくものまである。当然、これらの結末は悲惨なものである。
ラグクラフトは手垢の付いた欧州の神話伝承を避け、オリジナルの神々や魔道書、地名を創り上げ、作品のなかで縦横無尽に使うことによって世界を広めていった。
この世界は、他の作家へ使ってくれることを推奨し、時にはかれ本人が指導した。彼の弟子たちや影響を受けた人がクトルフ神話を元に書き続けていった。そして、今日日本でも海外のどこでも使われる一つのジャンルになった。そして、神話は小説に限らず、音楽、映像、ゲームへと波及している。果ては、エロゲーの設定として使われる。多くのクリエーターが参加しているムーブメントとなっている。

とまぁ、解説をしてみたが、ホラー小説の愛好家、しかもラグクラフトの小説を読まなければ分からない話である。ホラー小説でもクトルフ神話のコード(記号)を見いだすには、それなりの知識が必要である。クトルフ神話の楽しさはそこにある。映像の本棚に並べられた魔書の題名、何気ないセリフ、怪物の登場の仕方、背景、ホラー系の映像や小説などの至る所にクトルフ神話のコードを見いだすことが出来る。そしてそれは、クトルフ神話を知っている人だけが分かることが出来る。この秘匿性に怪しい喜びを見いだす。一種の遊びではあるが、いかにクトルフ神話が書き続けられ、影響されているのかが分かる。と、これもまたどう説明してよいか分からない話であるが、例えばカレーに凝っている人がカレーを食べたときにそこに使われている材料や調理方法、スパイスなどを見極めるようなものである。つまり、クトルフ神話は一つのジャンルであり、ホラーの中でもかなりの影響力のあるものである。よって、ホラーにちりばめられたクトルフ的な要素を見いだすことということである。
クトルフ神話の背景は1920年代のアメリカの一つの街を題材にしてはじまっている。原点は「クトルフの呼び声」「インスマウスの影」であるとも言える(朱鷺田:2004)。で、たぶん私が最初に読んだのはインスマウスの影だったと思う。インスマウスというさびれた漁村での怪事件を扱ったもので、いまでもありありとその魚の生臭い街並みを嗅覚を伴って思い起こすことが出来る。詳しくは朱鷺田:30-31:2004を参照していただくこととして、この短編によってラグクラフトにのめり込むこととなった。
こうして私のホラー小説への傾斜はラグクラフトをベースに様々なジャンルにまたがっていく。しかし、そこにもやはりクトルフ・コードを見いだしていく。スティーブン・キングの短編集、ラムレイのタイタス・クロウ、栗本薫の「魔界水滸伝」、朝松健、荒俣宏、菊池秀行などなど…
いずれにしろ、ラグクラフトはあらゆるホラーの表現を短い創作人生(10年くらい)で創り上げた。科学や天文学に裏付けられた、そしてイマジネーション豊かな世界観は、ホラーの共通コードとしてこれからも使われ続ける。
ただ、いまラグクラフトの小説を読むのはかなりの苦痛を伴う。もったいつけた言い回しや古めかしく冗長な表現はその独特なジャーゴンも織り混ざり、いきなり読めといいわれてもよほどの人でなければ投げ出してしまうだろう。しかし、もしホラーを楽しみたいのなら、我慢して読むだけの価値はある。とりあえず、先に挙げた「クトルフの呼び声」(全集:2)と「インスマウスの影」(全集:1)は基本中の基本と言える。あと手に入りやすいものとして、『ラグクラフトの遺産』創元社推理文庫,2000とか『秘神界』(歴史編、現代編)同社,2002などがある。もし上の2作品で感じることが出来たら、現代の作家のものを読むことをお薦めする。時代と共に文体は変わる。特に翻訳はそうである。幸い、ラグクラフトに造詣の深い作家たちが丹念に訳したものであるから粗悪なものはない。しかし、1920年頃の文体を翻訳すると日本語の堅さもあってやはり読みにくいことは否めない。よって、現代物を読むことが入門として適していると言える。もし、現代物を読んで感じ入ることがあればそこからたどっていくのも悪くないだろう。
私のこころにラグクラフトはしっかりと根付いて、彼なしにホラーへの傾斜もなかった。めくるめく神話への憧憬と狂気への恐れ。その世界は増殖を続ける。

引用(文中の著書は略)
朱鷺田祐介『クトゥルフ神話ガイドブック』新紀元社,2004←総合的なガイド
大西尹昭『ラグクラフト全集1』創元社推理文庫,1974←いまでも手に入りやすい
宇野利泰訳『ラグクラフト全集2』創元社推理文庫,1976←上に同じ

2005.12.20

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