はじめに
 2000年4月に介護保険制度が実施され、5月に社会福祉法をはじめ、社会福祉関連八法の改正が成立した。その背景には、1997年から「社会福祉の基礎構造改革について(主要な論点)」、(中間評価)、(追加意見)があった。この改正のポイントは、社会福祉事業、社会福祉法人、措置制度など社会福祉の共通基盤制度について、見直しを図ったものである。
 本レポートでは、なぜ権利擁護という視点が必要になったのかを社会福祉基礎構造改革や社会福祉法の理念の中で整理し、実際にどの様に変わってきたのかを考察する。

権利擁護制度の目的や背景について
 社会福祉法における基本理念では、利用者の立場に立った社会福祉制度の構築を前提に、

 この方向性は、これまでの措置制度が利用者の選択の権利や自己決定を認めていなかったという反省から、多様な福祉サービス供給事業者からサービスを選び、契約によりサービスを利用するというものである。どの様な人々にとっても自分の生き方にあったサービスを選択できるということは人間の尊厳に関わる重要なことであり、それは利用者主体の保障である。しかし、福祉サービス利用者は何らかの援助を必要とするからこそ福祉サービス利用者なのであり、契約に対し事業者と対等な能力が保持されているとは言い難い。身体的・精神的に支えがあるからこそ福祉サービスが準備されていることを考えれば、当然、契約に際しては、契約能力不十分な人とそれを支える制度が準備されていることが必要になる。そして、利用者が主体的であるということは、可能な限り自分の生き方を自分で決定できる自己決定であり、生活全般に包含する生存権が保障されてはじめて主体的な生活が可能になる。
 契約制度以降においてまずもって整えることは、所得のあるなしにかかわらず誰しもが自らの意志を可能な限り反映できる基盤づくりである。例えば、痴呆高齢者など十分な意思表示が難しい人々には誰かがその意思表示を擁護することにより主体性が確保されるのである。
その代表的なものが、民法改正による成年後見人制度と社会福祉法の利用者支援事業としての地域福祉 権利擁護事業である。さらに、権利を擁護し補完・補充するものとして、情報公開や第三者評価そして苦情解決などが社会福祉制度の中に取り入れられた。これらの事項が相互の関連性を持ち、それぞれの機能を果たすことにより利用者の主体性はより確保、維持されると思われる。
 以下「制度としての権利擁護」について簡単ではあるが論述する。

各権利擁護制度について

成年後見人制度
 従来いくつもの難点を指摘されていた禁治産・準禁治産制度を全面的に廃止し、判断能力に問題のある人の意志決定を援助することを通じて本人の権利を擁護する制度として、介護保険制度の導入と時を同じくして、2001年4月から導入される。この制度において、成年後見人など(成年後見人、保佐人および補助人)が利用者のために果たすべき役割としては、財産管理と身上監護の大きく二つに分けられる。
 財産管理については、印鑑、預金通帳、証書類の保管、年金その他の収入の代理受領、日用品の購入などといった日常的なものから、定期預金や株式の管理運用や必要に応じて不動産の売却や的預金の解約といった重要財産の処分といったものまで多岐にわたる。
 身上監護については、広く本人の生活支援全般について配慮すべき義務が新設され、介護保険に関する要介護認定手続きや介護サービスの手配や契約、住居に関する契約、施設・病院への入所・入院手続き、医療契約、教育・リハビリに関する契約の締結など、利用者の生活支援全般にとって重要な行為について本人の新進の状態及び生活の状況に配慮して行うことが求められている。
 禁治産・準禁治産制度との抜本的に違うところは、改正前は、福祉サービス利用者(あるいは、該当者)の取引などの法的行為において、損をしないように「保護」を主たる目的として、後見人・保佐人に助けられてもらう仕組みであった。改正法では、「自己決定権を尊重」する立場から、なるべく、残存能力を利用して、本人にも参加してもらうという点である。(補助の新設、任意後見制度の新設など)

地域福祉権利擁護事業
 1999年10月、厚生省の予算事業として都道府県社協が実施主体となり、全国300余の市町村社協を中心に、当事者組織や社会福祉法人・NPO団体などと協力の上、痴呆性高齢者・知的障害者・精神障害者など判断能力が不十分な者に対し、
 同事業の目的は、地域における福祉の関する諸権利を擁護する事業であり、地域福祉において本人を支えるアドボカシーを広く意味するものである。なおこの事業は、社会福祉法において第二種社会福祉事業として規定されている。また、この事業は、判断能力は不十分でもこの事業に関する契約締結能力がある痴呆性高齢者・知的障害者・精神障害者を対象として、福祉サービスの利用援助を求める契約を締結するものである。したがってこの事業に関する契約締結能力に欠けるものについては、この事業を利用することができず、成年後見制度を利用して法定代理人による支援を受ける他はない。ただし、基幹的社協における専門員の相談で、成年後見人制度の利用を勧めた上、選任された成年後見人との間でこの事業に関する契約を締結して日常生活を援助することも考慮されている。
 これまで高齢者や障害者は、判断能力が不十分なため、地域において自立した生活を送るにつき、預金通帳を再三なくしてしまう、悪質な訪問販売の被害にさらされるなどトラブルに巻き込まれるケースが多かった。また、介護保険制度や支援費制度における今後契約に関するトラブルやサービスの不履行、不満足などが出てくることが予想される。よって、地域生活の自立した生活を支える制度としてこの事業の活用が今後より重要になってくるものと思われる。

苦情解決、情報公開など
 社会福祉法第82条の規定により「社会福祉事業の経営者は、常に、その提供する福祉サービスについて、利用者などからの苦情の適切な解決に努めければならない」と定められている。その前提として、事業者が必要な情報の提供を義務づけ、国及び地方自治体に容易に情報が得られるような措置を講じるよう努めないといけない(同法第75条)。また、「社会福祉事業の経営者による福祉サービスに関する苦情解決の仕組みの指針」を2000年6月に厚生省(当時)が作成した。この指針では、施設長や理事などを苦情解決の責任者として定めるとともに、苦情受け付け担当者を定めること、及び、苦情解決に社会性や客観性を確保し、利用者の立場や特性に配慮した適切な対応を推進するため「第三者委員」を設置することが示されている。
 なお、私の勤めている知的障害児施設でも苦情解決委員会が設立されている。従来から保護者による苦情、意見、要望など施設長はじめ管理職、ケース担当などに寄せられていたが、この苦情解決制度の成立により、情報の公開性や透明性が一層要求され、報告、連絡、相談などに対して神経質なほどデリケートになっている。これに関連して、リスクマネージメントについても全職員が考慮しなければならない事項となっており、以前に比べて見逃していたこと、例えばちょっとした怪我についても報告、連絡、説明とそれに対する事後報告などが規定され徹底されるようになる。このことは、第三者や権利擁護制度に関わる人のみならず、施設の現業者にとっても浸透していることが実感できる。

おわりに
 私は、これまでの福祉制度は人権を擁護、規定、または改善してきたと認識しているが、新しい福祉法においては人権とあまり用いず、権利あるいは権利擁護という用語がよく使われており、なぜ人権擁護ではなく権利擁護なのか疑問に思ってきた。このことについては、現在使われている権利擁護は人権と同じ意味合いで捉えている視点や支援する全ての福祉実践の活動方法としてアドボカシーを権利擁護と捉えている視点などがある。いずれにしろ、権利擁護をあらゆる人々の生活障害をはじめ、社会的不適応などを人権問題として受け止め、人権を回復する援助として権利擁護制度が成立したものと思われる。
 私は、権利擁護は契約制度の移行に伴う対等な関係を結ぶために、いわゆる社会的弱者(福祉サービス利用者)を権利という視点で規定する必要があった。そして、福祉サービスの契約は、自己の生活を改善するために契約を結ぶのであるから、改善を要求するという主体性が必要になり、人権を擁護するというよりも主体者の権利を支援するすることを優先したと考える。背景には、福祉サービス利用者の権利保障やニーズに対する要求の高まりもあるが、今なお、福祉本来がこだわってきた人権を徹底して守るという視点もまた重要であると考える。

参考文献
『契約型福祉社会と権利擁護のあり方を考える』(日本弁護士連合会,あけび書房,2002)
「権利擁護とソーシャルワーカーの果たす役割」(秋山智久『社会福祉研究』第75号,鉄道弘済会)
「福祉サービス利用者の権利擁護と社会福祉法」(新井誠,月刊福祉2001年7月号)
「社会福祉サービスと権利擁護制度」(志田民吉,社会福祉研究室報第9号)
「利用者主体についての一考察」(中村康子,日本社会福祉学会第50回記念全国大会)など

ホームインデックス