生活保護制度の研究
三和治
学文社
1995.5.30

高齢の学者が昔に行った考察や研究をまとめたもの、よって、1995年に発行されてとはいえ、この補足性の原理の言及は1967年と古かった。

補足性原理の意義
生活保護の特徴はいろいろとあげられるが、最も重要なことはあらゆる制度を活用されて最後に適用されるという意味での、最終制度ということである。貧困の人間に及ぼす影響を考えるならば、この制度では人間が貧困の状態におかれないよう、迅速に保護することが、何よりも大きい目的となってくるはずである。
ところでこの最終の制度という性格を基礎づけているのが、生活保護法を構成する原理の一つである補足性の原理である。補足性の原理は、生活保護法による「保護は、生活に困窮する者が、その利用しうる資産、能力その他あらゆる者を、その最低限度の生活の維持のために活用することを用件として行われる。民法に定める扶養義務者の扶養及び他の法律の定める扶助は、全てこの法律による保護に優先して行われるものとする。」で、生活保護法が最後の生活保障の制度であると意義づけられている。
そして生活保護法でこの補足性という観念を規定したのは「第一の原則的事項が資本主義社会の基本原則の一つである自己責任の原則に対し、生活保護法がいわば補足的意義を担う事実を前提として構成されているのに対し、第二の原則的事項は生活保護制度の他の公的扶助制度に対し、補足的役割を担うという事実を前提として」いるからであると説明されている。
この場合、もっとも大きな問題を提起するのが、我が国の歴史的伝統もあって扶養義務者の扶養義務と要保護者の所有する資産であろう。前者については説明するまでもなく、戦前の我が国における家族制度が惇風美俗とされてきた経緯が、依然として色濃く継続し、実際の運用に重大な影響を与えている。そして、これには恤救規則に始まる数多くの事実としての背景があるといえよう。
しかし戦前におけるような家族制度は、既に法律的にも、また同様に実際的にもほとんど失われている現在、このように扶養義務者が強制される用件はあるのであろうかと思われるが、現在の生活保護法の運用の実際面では、この扶養義務者への依頼またはその依頼済の書類は、生活保護の申請手続き上の必要書類の一つとなっている。
このため、生活保護法による保護の申請が受け付けられて決定に至るまで、2週間と法に規定されていながら、実際には決定の最大期間である三〇日になることが多く、さらにそれ以上の期間を必要としているものも多い。つまり、これは結果として正当な生活保護の決定に重大な支障をきたす要因となっている。
そればかりでなく、さらに被保護者となった場合でも、何ヶ月かごとに扶養義務者、たとえば田舎に住んでいる老母一人だけの時でも、その子供が東京で被保護者であったときには、扶養義務の依頼がなされ、狭い土地柄のことであるから、皆に知れ渡り、ついにはその母子が不和の状態になった例なども知られる。
扶養義務は元々、補足性の原理からすれば、生活保護に優先するという位置を占める諸制度の一つであって、それが生活保護法の保護の適用に関係するのは、具体的に示された扶養義務者から出される費用が、要保護者の収入とされ、それらの収入が生活保護基準額に対比されたときだけである。
従って扶養義務者の有無とか、金持ちの親族の存在だけで、生活保護の適用が拒否されたり、あるいは生活保護申請の手続きが拒否される理由とはならない。
しかし、現実には、前に見たように扶養義務者の存在によって国民の正当な権利が帰省されたり、拒否される様相が見られるのである。それは後に見るように生活保護の申請の手続きが、必ずしも単純な経路(生活保護法では、保護の決定権は福祉事務所長が持っており、その決定手続きがなされることを規定しているから、要保護者は福祉事務所に直接申請するという単純な経路を取ることが、もっとも普通の型であろう)をとらないことにも関係していると思われるが、その反面、用保護者の側にもそれを受け入れている素地があるのではないかと思われる。
P29〜

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