第53回日本社会福祉学会
2005.10.8-9
東北福祉大学

自分の母校で行われたので参加する。前回は、あまりにもテキトーに参加してもらえるものももらえずに高いお金を払った。なので、しっかり参加してみようと思った。結果として、まぁよかった。しかし、毎年行きたいとは思わなかった。なぜなら、まめに集めている論文でも十分にその分野の最先端を知ることができることが分かったからである。中にはいま自分が考えている分野で、はるかに低いレベルで発表している人もいた。
で、今回学習というか聴講してきたことからいくつかのエッセンスをまとめる。

福祉労働に関して
2題に参加する。グローバル社会におけるレジーム(枠組み)について述べたもの。福祉労働の現状をまとめたものである。いずれにしろ、ポスト工業社会のあり方は福祉労働の変質をもたらしたことは明かである。特に、ネオリベラリスト(新自由主義)は、直接的に福祉業界を変質させている。民間に任せることは任せる。聖域なき改革の名で知られる小泉改革は顕著である。
レジームに関しては、エスピアン・アンデルセンのレジームを紹介している。この辺は、二宮厚美や竹原健二、松川誠一なんかが言及している。新自由主義における新たな貧困の発生などは渋谷望が言及している。アンデルセンのみならず、ホックシールド、ネグリなんかが参考になろう(渋谷)。
また、キーワードとして学会ではアマルティア・センの潜在性や福祉社会のあり方が時折聞かれた。私は二冊しか読んでいないが、吉田久一であってもセンについて2000年にやっと言及しており、本格的な分析はこれからかなと思う。しかし、読んだ限りセンの思想は広範な経済知識や分析の上に立っている。どのくらい解釈できるのかは今後に期待であろう。
福祉労働は真田是や加藤菌子が引用されていた。もっともこの系列は、総合社会福祉研究所が唯一学問的に言及している。植田章『社会福祉労働の専門性と現実』を読めばその到達点を理解できる。
質問で、当時、介護保険の制度導入で経営者が危機意識から人件費を下げた(正規雇用から臨時雇用に転換するなど)経緯があった。しかし、導入後、思ったほど下がらず逆に黒字に転換した。黒字だったにもかかわらず経営者は臨時雇用を正規に戻すとか引き上げなかった。この黒字が政策的な効率化を招き、介護報酬がさらに切りつめられた。そのため臨時雇用が一段と加速したことを紹介していた。経営者の失敗が労働者を追いつめている側面がある。さらに、一般の民間企業の利益は通常2%なのに特養では5%であること。つまり、人件費の著しい削減が経営を成り立たせていることである。労働集約であるはずの福祉業界の実態は、まさに労働者切り捨ての上に成り立っているのである。

専門職像
いくつかの論題に参加する。共通して、いかに専門職は利用者へ関わればよいのかということである。いわく、これまで確固たる立場が専門職(ソーシャルワーカー)にはあった。しかし、この確固たる立場は結局、利用者の要求やニーズを十分に応えるものではない。業務として利用者に関わる存在でしかなかった。つまり現場には利用者を操作し、自分の都合の良いように枠組みに入れているにすぎないと言うわけである。
研究方法としては、いわゆる構築主義における支配的な言説の打破を巡る援助者の所作が問題になっていた。支配的な言説とは先に述べた「与える・業務」である。あるいは、個の利用者のライフストーリーを掘り下げていくことであった。中には援助者を権力を有したものとして位置づけている人もいた。
この辺は、尾崎新がさんざん問題にしている。あるいは、鷲田清一なども言及している。専門職としてのあり方は秋山智久なんかが述べている。対人援助の中で他者の言葉や存在によって自分の価値観が崩れる。その体験を通じて人間としての豊かさを身につける。悲しみや苦しみを共有し、一緒になって悩むプロセスこそが真の援助者であると。
いずれにしろ、スーパービジョンの観点で学会では沖倉が述べていたが、内実を豊かにしていくには組織として援助者が利用者とどう関わるのかを労働者同士で話し合い高めていく土壌が必要であるというのが現状であろう。そのための知見として、倫理的な視点、働きがいとしての利用者へ丁寧に関わる業務のあり方などが深めていくことが重要である。いったい、利用者とは何か。どうすることがよいことなのか。
例えば、就労に結びつけるにしてもどのような道筋を作るのかというのは、単に業務をこなすという視点では生まれない。また、一過性の問題でもない。もし、継続的にシステマティックにするなら、まず現状の業務からはみ出さないといけない。しかし、就労そのものを業務として位置づけるには、多様な機関との調整や就労場所の確保などのノウハウを創出する必要がある。こうした試みは、しかし多分に援助者に創造性をかき立てやりがいに結びつくだろう。だとしたら、まず利用者の状況や現状を洗い直し、経営者と労働者が民主的な話し合いの中で創り上げていくという事が重要になる。それこそが専門性だと思うのだが…。
構築主義では、加茂陽なんかがおそらく最先端であろうが…いまやジャーメインのエコロジカルアプローチやサイバネティックなど家族中心アプローチは否定される傾向にある。エンパワメントやストレングスも批判されている。
利用者が自ら問題解決をする力を得るように支援することが構築主義の目標とすることである(言語・コミュニケーション・ゲーム)。援助者は利用者が抱いている支配的な言説(無力感)や囚われている思い(思いこみ)を解きほぐし、自由な発想でその人が生きる力を得るように言語を紡ぐというスタンスである。
しかし、援助者は労働としての専門職規定からはどうしても逃れることは出来ない。あるいは、利用者の社会的規定による役割から逃れることは出来ないと思う。もし逃れることが出来るとすれば、福祉制度を利用しないくらいに生活能力を高めて資本社会の中に復帰することである。医者が病気を治す。弁護士が社会的な闘争の果てにクライエントの人権を回復させるのは、結局社会の中で自分自身の力で生きていくことを助けることに他ならない(とは限らないが、あえて単純に考えると)。福祉制度を利用していることは、そういう意味で社会的な弱者に置かれていると取ることが自然である。
利用者の要望を聞こうとする態度や悩みなどに共感し立ち止まり悩む援助者像は、利用者を理解しようとするのぞましい姿勢としては説得力がある。しかし、「資本社会における」援助者の社会的な役割は、よりシビアなものであるはずである。しかも、現実の資本社会において障害者や老人がどれだけ十分に自活能力を発揮させて生活できているのか。単に、援助者の望ましいあり方を提示するだけでは十分ではないであろう。だとしたら、援助者の立ち位置を十分に思考した上で述べる必要があろう。
この他、哲学や倫理の援用が多かった。レビナス、フーコーなどであるが、いくつかの点でご都合主義的であった。もしキー概念を用いるのであれば、その文脈を分析し慎重にする必要がある。もしくは、哲学のエッセンスを援用したとしてもより曖昧にするべきである思う。哲学特に大哲学者の概念は多面的で流動的なものである。解釈は多様な可能性を思考し、全く哲学の匂いを消して自分の言葉で示すべきだと思う。

そうじて、調査研究は丁寧に行われている反面、いわゆるイメージで語られていること(例えば、利用者のQOLを高めるにはどういう要素があるのかなど)を裏付けているにすぎなく、創造性の面で弱かった。もっとも学問とは大胆な仮説よりも慎重な調査を好むわけで仕方のないことであるが…。
かといって、言説を紡いで福祉の望ましいあり方を述べているのは、20分という制約のもとでは、かなり乱暴なものに聞こえた。しかし、現場を決して軽んじているわけでもなく、じっくりと地に足をつけて調査をしたり聞き込みをしたりして、その上でささやかな提言を行っている学者さんもいて、好感が持てた。
2005.10.11

参加した論題
10/8(1〜3,6,7は理論。4,5は精神保健。8,9は援助・方法)
1.社会福祉学における主体及び主体形成批判(岩本華子)レビナスの援用
2.社会福祉学における「臨床」概念に関する考察(斎藤征人)臨床の知〜中村雄二郎など
3.社会福祉理論分析方法に関する研究(梅木真寿郎)理論の整理:なかなか興味深い分析
4.地域における精神障害者の生活の質に関する研究(石田賢哉)広範で緻密な調査研究
5.精神障害者地域生活支援のあり方に関する一考察(菅原里江)友人の発表
6.ポスト工業社会における社会的リスクと福祉レジーム(伊藤新一郎)E.アンデルセンの紹介
7.社会福祉労働論研究の到達点と今日的課題(高木博史)たぶん私の方が研究をしている。
8.処遇から計画へ(小長井茂)法律上に登場する用語の解説
9.社会福祉実践の職務に関する基礎調査研究(田中希世子)本当にさわりの紹介

10/9(1〜3,6,7は知的障害児者。4,5は援助・方法)
1.コミュニケーション能力向上に着目した支援について(時本英知)自閉症の事例発表
2.知的障害児者の性の「発達支援」に関する研究(京俊輔)ICFを活用した調査研究。独創的
3.障害者のLife Story研究の意義と研究方法論上の課題(堀智晴)個のストーリーを拾う大切さ
4.統合キャンプにおける〜スーパービジョンのあり方に関する研究(大熊信成)
5.障害者福祉施設におけるスーパービジョンに関する一考察(沖倉智美)結構うなずけた。良い発表
6.知的障害者の地域移行〜に関する実態と課題(孫良)中国人だったが、すごく緻密な発表。
7.知的障害児・者の援助のアポリア(西村愛)秋山智久あたりの影響が大。

文中の文献はお薦め)
渋谷望『魂の労働』青土社,2003〜いま(現在)を読むなら
吉田久一『社会福祉思想史入門』勁草書房,2000〜吉田山脈のエキスが凝縮
アマルティア・セン『貧困の克服』集英社新書,2002〜入門書として特にお薦め!
植田章『社会福祉労働の専門性と現実』かもがわ出版,2002〜現場で働こうとしている人に
中村雄二郎『臨床の知とは何か』岩波新書,1992
二宮厚美「新自由主義的改革と戦後福祉レジームの岐路」『障害者問題研究』28巻4号,2001
鷲田清一『〈弱さ〉の力』講談社,2001〜平易な文体で読みやすい
松川誠一「介護サービスの商品化とホームヘルプ職の労働過程」『東京学芸大学紀要』第3部門56,2005
竹原健二「社会福祉労働の矛盾と課題」『岐阜大学地域科学部研究報告』15号,2004〜多作な人
尾崎新『「現場」の力』誠信書房,2002〜この辺が援助技術の最先端かな
加茂陽『日常性とソーシャルワーク』世界思想社,2003〜難解というか加茂さんもう少し平易に書いてくれ!
秋山智久『人間福祉の哲学』ミネルヴァ書房,2004

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