『凍結都市』
D.J.マール/D.アースコット
社会思想社
1988

暴力的な独裁政治のために人の心も凍り付いてしまった奇妙な都市に、ただ一人入り込んだ少年トム。彼は行方不明の父を捜して孤独な長旅を続けてきたが、この都の門をくぐった途端、得体の知れない恐怖と危険に次々と襲われる。この街の善良な人々が希望を込めて口にする「伝説の地底都市」は実在するのか。

この物語は、私の少年時代(厳密に言うと中学生〜思春期)にある意味、ハラハラドキドキさせてくれた小説でした。私は、よく授業中でも結構、こうした本を読んでいました。ファンタジーというと、どうも荒唐無稽な主人公の活躍、剣でドラゴンを倒したとかそうした本が主流で、否定もしないのですが、やや食傷気味でした。この凍結都市は、逃亡、かくまわれたり、売り渡されそうになったり、レジスタンスと政府の闘争などが絡まり、巻き込まれながら少年が行き着く先に父との再会というドキュメント映画を見るような面白さがありました。もちろん、ファンタジーなので幻想的な街の光景や仕掛けが施されている。しかし、父にたどり着くまでに手がかりがなかなか見つからず、なかには嘘も含まれ翻弄されていく無力な少年に感情移入するという次第でした。

また、雰囲気については、凍り付いた街の雰囲気が良く出ていました。そこを彷徨う少年。夜の情景がメインで、街灯のランプ、家の中の温かい情景、ひっそりとした広場、ナイトカフェなど雪や氷で閉ざされた街の情景は私が今生きている場所と重なるものがあり、メルヘンチックでそして情景が重なると言う意味で私にとってぴったりでした。

最終部分では、かなり政治色の部分が強く独裁者とは…そこにたどり着きながらも、勧善懲悪的な華々しい大団円ではなく、ひっそりと終わるところが何とも言えない余韻を残してくれる。

なお、このころ社会思想社はF&FシリーズのゲームブックやT&Tなどの文庫サイズのTRPGを刊行していた会社でした。「でした」というのは、2002年に倒産してしまったのです。そもそも、ゲームブックはイギリスのペンギンブックというわりと格式高いファンタージーなどを扱う出版社からの形態で、F&Fはその出版社のものであった。凍結都市もA&Fということで、アダルト&ファンタジーと言うことで大人のためのファンタジーというイギリスのファンタジー事情を持ち込んだ本格的なシリーズでした。そういう意味で、ジュブナイル小説のようにある意味垂れ流しではなく、論理構成もしっかりとした本格的なファンタジーでした。ハヤカワ文庫や創元社、筑摩文庫に見られる本格的なファンタジー群であった。それだけに、思春期の時の私にとって、ちょっと本格的で子供だましでない大好きなファンタジーシリーズでした。
もし古本屋などで見つけたら、読んでみてはいかがでしょう。

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