銀河英雄伝説
銀河英雄伝説(全10巻+外伝4巻)
田中芳樹
徳間ノベルズ

 1982年から外伝4巻を入れると7年に渡って書かれた小説です。この小説を知ったのは大学の時でした。すでに発売されて10年くらい後のことでした。実は、高校の時に一部の生徒が熱狂的に読んでいたのでしたが、その時はあまり興味がありませんでした。また、すでに作者は「創竜伝」や「アルスラーン戦記」を展開していたような気がします。いずれにしろ、大学の時に読み始め、いまでも時々好きなシーンから読み始めては、登場人物のやりとりとかを楽しんでいます。
 内容は、地球から人類が飛び立って8世紀が経ったときからはじまります。すでに3つの惑星に人類が住み、商業中心の惑星、民主主義の惑星、帝国制の惑星がありました。そして、3つの惑星は微妙なパワーバランス上で住み分けられていました。そこに、帝国制の惑星に一人の英雄が誕生します。その英雄(ラインハルト)の野望は、宇宙統一に向かい、民主制も商業中心の惑星も飲み込もうとします。そこに、民主制を守ろうと一人の軍人(ヤン)が、その英雄の前に立ちはだかります。ラインハルトとヤンの思想を巡る激しい闘いをこの小説は描いています。
 ラインハルトは、まず自分の国の腐敗やさまざまな対抗勢力を武力で叩き臥せていきます。ラインハルトは、品行方正でエネルギッシュでその反面、繊細な所もあります。また、正義感もあり、頭脳明晰でしかもかなりの美貌の持ち主と、非の打ち所もない人物です。そして、彼のまわりに集まってくる人たちも魅力に溢れ、強靱な思考を持っている人たちです。まさに、ある意味、男があこがれる男達の集団を形成します。甘ったれたところがなく、自分の職責を果たし、かつ深いところでプロフェッショナルに徹する集団と言えます。
 民主制を守るヤンも魅力に溢れています。ある意味、思想に裏打ちされた、しかし、軍人としての本質をもっとも体現している人です。つまり、戦略的にも戦術的にも広い視点で戦場を支配できる人です。しかし、その反面、彼はある意味哲学的でありすぎるが故に、戦争の意義や護るべき思想の意味を問わずにいられない人でした。ともすれば、こうした人は暗くなりがちですが、まわりに集まってくる集団は、陽気にして慇懃無礼、ある意味、民主制を尊重するあまり、逆に生きづらさをどこかに抱えているような人たちが集まります。そうした人たちが、その軍人を混ぜ返したり、からかったり〜深いところでは信頼しきっているのですが、そうした民主制のもつ、良さが現れています。
 
 とにかく、10巻と外伝4巻とノベルズにしても長いシリーズの部類なのですが、グイグイ物語にのめり込んでいくだけの構成と展開です。
 1巻では、ラインハルトとヤンの前哨戦が行われます。2巻は、ラインハルトが実質帝国を倒し、3巻は皇帝になったラインハルトからの民主制への宣戦布告。4巻5巻は、ヤンとラインハルトの直接対決。6巻7巻はヤンが政府から追われ、独立していき、民主制の帝国が滅びる。8巻は再び直接対決をして、ヤンが倒れるが民主制の惑星が新たに立ち上がる。9巻はラインハルトの僚友(ロイエンタール)が反旗を翻す。そして10巻でラインハルトも倒れてしまうという流れです。
 思想と社会、その良さと悪いところ。歴史と日常。人間の強さと弱さ。妬みや嫉妬、尊敬と信頼。陽気と陰気。恋愛、陰謀、人生と青春の一こま、殺しあいと友情などあらゆる要素がすべてこの小説は含まれています。まさに人生の縮図です。そして、この小説からたくさんのことを学びました。よく生きるとは何か。人が人とつき合うとは何か。上司と部下。仕事など。一人一人の生き方に共感したり反感したり。うなずいたり首を傾げたり。とにかく、私のバイブルの一つと言えます。
 で、なんでそんなに面白かったのかを考えてみました。これは壮大なドラマだったのです。それも大河ドラマに匹敵するドラマです。まず、歴史的な叙述から、その時代背景や社会情勢が時折ナレーションとして話されます。そのナレーションの質はとてもよく、思想に裏打ちされています。そして、日常生活や社会情勢も人物像を立て、主人公達とは別の視点で描かれます。これが伏線となって主人公達に影響を与える事件に発展していきます。そして、主人公達の視点でドラマが組まれていきます。ある面においては、ヒロイックに。ある面では社会情勢に引っ張られる形で多様に展開します。つまり、決断をするにも様々な要因によってなされるのが手に取るように分かるのです。このように、多層に渡って綿密にかつ肉厚な物語を構成していると言えます。
 これが、面白くない小説ならば、アイデア倒れの時代や物語設定。ただ単に、人気があるサブキャラにスポットを合わせただけのドタバタサイドストーリー。単調な主人公の決断と行動。大団円やクライマックスを迎えるまでの物語の構成不足等があげられます。
 そうした意味でも、この小説は、何度も読むに耐えることの出来るしっかりしたものであったと再確認しました。
 
 先に述べましたが、この小説では民主制と帝国制の衝突を主題としています。それが象徴的なのが、8巻で民主主義の惑星が滅びる最後の闘いでした。そこで勝敗が決し、おしまいと言うところで、ある老提督が、ラインハルトに「民主主義とは友達を作る主義であり、主人と部下を作ることではない」と言って亡くなっています。言い換えると、精神の自由は誰にも侵されないし、服従することはないと言っています。しかし、帝国制であってもその中で生きている人たちにはその人の論理があるし、その中でも立派に生きていくことが出来ます。もっとも、民主制と帝国制との衝突の中で、その論理がぶつかるとき、どちらにも生きるだけの方法があり、どっちが正しいとは言えないと思います。
 そうした意味で、ヤンが悩んだのは、自分の今の生きている思想が絶対ではない。しかし、人から強要されて生きるのではない。だからこそ、自分を護るために、そして、民主制が滅ぼされそうとされている今、その思想を信じている人のために小さいものであっても護っていこうという使命を自分に課したと言えます。
 その一方で、ラインハルトは自分の生を輝かせるためにあらゆるものを巻き込んで、光を放っていたと言えます。ラインハルトが行ったのは、ただ単に破壊ではなく、創造と再生の歴史的な偉業でもありました。彼の行いが、個人的な動機から発せられてものであれ、それは歴史的な出来事であり、それが最も衝撃的でダイナミックだったのです。だからこそ、10巻の最後の方で、ある民主制の軍人(ユリアン)が、ラインハルトが亡くなるときに、ヤンの死も重ね合わせて、この短い間の歴史は、いわば黄金時代ではなかったのかと感慨を述べます。類い希な才能やエネルギーに触発され、才能豊かな人材が集まり、社会を動かしていく。確かにそうした時代やうねり、息吹が存在する。それは過ぎ去ったときに感じるものであるとも言えます。だからこそ、ラインハルトの存在は悪でもなく正義でもない。歴史そのものだったと言えます。
 
 とにかく面白い小説です。文庫版として発売されてもいます。やや硬い文体ですが、慣れてくるとその無駄のない叙述に魅せられることとなります。壮大な戦争からささやかな物語まできっちりと描かれた後にも先にもない、スペース・オペラの傑作です。そして、スペース・オペラのカテゴリーを越えて豪華絢爛(スペクタクル)な歴史エンターテイメントと言えます。
 (2006.7.12)

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