文献レビュー
2007年の学会での質問に突っ込まれないように、先行文献のレビューをしました。が、当日は、鷲田清一のことについて質問された。聞いてないよ!って感じでした。
でも、ここで挙げた文献は、結構読み応えがありながらも多くて十数ページと短め。もし興味がありましたら、検索して引っこ抜いてみてください

空閑浩人(2001)「組織・集団における「状況の圧力」と援助者の弱さ」『社会福祉学』(日本社会福祉学会)42(1),3-16

施設職員が虐待行為に走る原因に、まず施設職員は職員組織や集団の一員として働くことにより、様々な影響(状況の圧力)が、結果的に援助者を専門職倫理に反する高位に至らしめると言った社会心理的な要因を「服従」「同調」「内面化」という現象を通じて明らかにしている。

村田美穂(2002)「適切な「ケア」のための「ケアされる人」の考察」『早稲田大学大学院教育学研究紀要(別冊)』10(1),67-77

ケアは、ケアリングという関係性の中では、一つの要素であるとし、適切なケアをするには、受ける人の役割を考えることが必要であるとする。ケアされる人の詳細な考察は、ノッディングスがはじめてであること、ノッディングスのケアリング論を手がかりに、適切なケアを探求している。その中で、メイヤロフは現象の描写、ギリガンはジェンター論として論じている。

生野繁子(2003)「ケアの本質とジェンター」『アドミニストレーション』(熊本県立大学総合管理学会)9(3.4),75-104

本文にある、語義を巡る文献整理の他、ジェンターとしてのケアワーク〜アンペイドワークについて問題提起している。それは、家庭内で無報酬でなされていたケア労働は、ケアの対象が家族成員になく、不特定他者に変化し、私的な家庭内ではなく公的な場でなされる労働に過ぎないと評価されるからである。

木立正敏(2000)「福祉教育における「ケアの思想」の意味」『東洋大学大学院紀要(社会学研究科)』37.387-403

ケアが科学になじまないことについて、ケアを考察するためには、我々は自然科学モデルに基礎をおいた、全くの量的・実験的な方法測定に頼ることは出来ない〜意味性と傾倒を考慮に入れないといけない。
その他、ケア及びケアリングの基本概念とケアの日常性の意味に関わる記述に焦点を当てて、メイヤロフ、ノッディングス、シモーヌ・ローチ、ジーン・ワトソン、ヘルガ・クーゼらを参照している。その中でケアの日常性は、自然過程として「原理に基づく倫理」に至らないといけないこと、それは現実的には確かに多くの困難に直面している。しかし、今これが必要であると論じる。

木立正敏(2001)「対人援助の質的向上に関わる要因の考察」『東洋大学大学院紀要(社会学研究科)』38.237-251

ケアリングあるいはケアの関係と限定されていないが、福祉における援助関係(コミュニケート)における共感についての考察を行っている。他者による共感的理解の認知が、自己概念の再体制化をもたらし、援助関係を相互浸透関係として捉える場合、援助者と利用者双方において知覚の再体制化をもたらす複雑な相互浸透的関係であると述べる。

安井理夫(2002)「ソーシャルワークにおける弱者の視点」『同朋大学論叢』85,201-214

ソーシャルワークが医学モデルからライフモデルへの移行に伴って、弱さから強さをサポートすることに関心の中心が移ってきた。しかし、本来、社会福祉は弱さを見つめ、認め、支えるものではないか。ケースワークの源流から利用者をどのような視点で捉えてきているのかを概説し、効力感について検討している。効力感を得るには、無条件の肯定的配慮、共感的理解、自己一致をポイントに、人と環境との相互作用に関わって来るという視点を指摘している。
2007.9.3

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