召還教師リアルバウトハイスクールEX-4『彼女が猫になる日』(雑賀礼史、富士見ファンタジア文庫2001.3.19)で、格闘家についての面白い「あとがき」があったので、紹介します。
格闘家とは何か。なにが他の人とは異質なのか。言い当てて妙なので・・・。

武術とは要するに技術です。たとえれば上手に歌うこと、あるいは速く走ること−それらと同じような意味のおいて、人体がもともと有している能力を引き出すための技術であると考えています。
武術が一般的な技術と決定的に異なるのは『殺人のための技術』であるという点でしょう。問題はそこです。
一般的な日本人で自分は常識人だと思っている人にとって、他人を拳で殴るという行為は普通「正気ならやってはいけないこと」として行動規範の外にあります。殴りたくても殴らないのが無難な選択です。勝てる勝てないは別にして、そもそも殴るという行動パターンが自我の中に組み込まれていないのです。
武術家の場合、他人を殴るという行為は基本的に自我の中に含まれます。殴ることが平気でなければ武術家にはなれません。これは公衆の面前で歌うことが平気でなければ歌手がつとまらないのと同じ理屈です。歌手ならライブもテレビ出演もせずにCDだけ出していくことも可能でしょうが、武術家はそうもいかないでしょう。
殴ることが自我に含まれていない人間にとって、殴るという行為は自分の意志ではなく過失によるものでなくてはなりません。一般人にとって他人を殴るという常軌を逸した行動を可能にするためには『キレる』−つまり通常の行動規範を放棄する必要があります。
しかし、武術家はそのような心理的手続きを踏む必要はありません。

<中略>

武術家であるということは、スキルがあるばかりでなく、それを使いこなせる自我を持っているということです。呼吸をするのと同様に人を殴ることに禁忌がない−などというと、良識家はすぐに彼らを異常な狂人扱いしたがりますが、それは誤りです。殴ることが平気な人は、一般人よりも自我に含まれる領域が少し広いというだけで、別に自我が破綻しているわけではありません。

<中略>

殴ることが平気な人でも、いきなり相手の眼球に指を突っ込むような攻撃は躊躇するといいます。また他人の眼球に指を突っ込むのが平気でも、相手を即死させるほどの技をいきなり出せるかというと、そうでもありません。ひとくちに「闘う」といっても人によって「殴る」と「壊す」と「殺す」の間のどこかにブレーキがあるのが普通のようです。
見知らぬ相手とつまらないきっかけでトラブルを起こし、エスカレートした挙げ句に相手を殺すところまで行ってしまうのは、ケンカのやり方を知らない素人だけだといいます。普段から徹底して他人との争いを避けるという行動規範に従っていると、いざ争いが起きたときに自分をコントロールできなくなる−という典型的なパターンといえるでしょう。
これは一般的なイメージとも重なる点ですが、ちゃんとした武術家は平均的な一般人よりモラルが高いという印象があります。厳しい修行によって精神修養を積んでいるからだと思われがちですが、おそらくそうではないでしょう。彼らは徹底したリアリストであり、『自分が世界最強ではないこと』や『自分(のような武術家)が決して特別な人間ではないこと』を熟知しているからです

<中略>

自分の実力や世界を知っている武術家が、おおむね紳士的で礼儀正しいのは自然の成り行きと言えましょう。彼らは迂闊に他人とトラブルを起こすことがいかに危険で恐ろしいことか、道徳的ではなく、生死のかかった切実な問題として理解しているからです。
たとえよほどの鍛練を積んだ武術家であっても、路上で戦いを挑むにはかなりの勇気が必要でしょう。行きずりの相手に気軽に喧嘩をふっかけるのは、中途半端に武術をかじった素人か、自分に適うものが地上に存在しないと信じて疑わないクレイジーなヤツだけです。そういった人たちは『自分を一撃で血の海に沈めることの出来る人間』に遭遇する可能性に気づいていないのです。

メモ
自分が最強ではないし、いくらでも淘汰されるというのは格闘技を長くやっている人にとっては当たり前の話です。いくらその道場で強くても、試合や他の流派などで行うとてんでダメなことがたくさんあります。ましては、素人にも油断をすればいくらでもやられてしまうし、多人数に囲まれた場合、ナイフなどを持っている場合、そうしたことを想定すると、出来るだけ争いをしないように避けるのは、生きる上ですごく切実でもある。たとえ、争いになっても、出来るだけ逃げるように考えるし、守るものがあれば、なおさら争いを避けるように計らう。(お金がほしいのなら、全部やるとか)確実に、勝てると分かっても、出来るだけ、一撃で逃げるとか、守りきりながら逃げるとか考える。
しかし、いつでも殴れるし、押し倒して腕を決めるとかそうした値踏みをしてしまう自分もいる。あぁ、今ハイキックを左のテンプルに当てれるなとか。実際にはしないけど。殴ることや蹴ることになんのためらいがないのも本当です。当然、すごく冷静に対処できるんだろうナァ。

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