2008.3
看取りと福祉

鼎談 ターミナルケアをいかに実践するべきか
 いわゆるターミナルケアと緩和ケアの話し。そもそもターミナル期は明確な定義が無く、死亡前6ヶ月前とされているが、いつ6ヶ月になるかなんて誰も分からない。だから、死に至るまでの過程と捉え、生活の質の向上とか維持を目的とした緩和ケアと同義に捉えられている傾向にある。特養施設長は、ターミナルケアという医学的な響きよりも看取りケアという言葉を使っている。
 ただ、安楽死は一部の国では認められているが、日本ではその法制化すら議論になっていない。また病院でなくなるのは日本では8割であるが、欧米ではほぼ半数という結果から、自宅で死を迎えることに対してあまり議論されていない状況にある。また緩和ケアも日本では定着しているとは言い難く、癌死亡の6%程度であり、緩和ケア加算が適用された取り組みは2%程度と言われている。2006年に癌対策基本法ができたが、まだまだ定着しているとは言えない。政策的にも不十分な状態である。施設にも看取り介護加算があるが、要件が厳しいことにも触れていた。また、施設側が求めるのは、利用者家族が希望すれば直ぐに入院できる体制があることであり、病院と施設の連携が、従事者を安心した看取りケアができることを示していた。ちなみに看取り指針がある社会福祉施設は12%しかない。
 中に、亡くなった人に入浴を行う「湯かん」の取り組みは、看取りケアとして適切な更衣だと思った。看取るのは介護員・看護員…その人を清める行為から、生きている人々が清められるという事実。

伊形昭弘「リビング・ウイルと尊厳死」
 尊厳死(延命治療の拒否と苦痛の緩和)とは自然死と同義であるが、安楽死は自殺幇助ないしは殺人として認知されており、少なくても日本においては安楽死は認められていない。そのことについて詳しく述べられている。尊厳死は、医療チームでの判断、本人の意思の尊重、安楽死は許さない問いする基準があり、障害者団体が、尊厳死に対して反対の意見を表明しているが、本人の意思が無い限り、尊厳死は認められないという理由で、杞憂であると述べている。

中西三春「介護・福祉現場における看取りの現状と課題」
 在宅介護などでのターミナル期における看護のあり方研究という調査報告を行っている。訪問看護とグループホームを対象にした調査で、ほぼ全国規模であり大がかりである。訪問看護では、死亡直前だからと言って訪問回数が増えたかと言えばそうでもなかった。しかし、常に連絡体制は取れるようにしていたため、事業所の負担は目に見えない形であることが推測されている。また、グループホームでも、管理者がケアマネを持っていることが多く、ケアプランから家族への調整、そして医療との連携があらかじめ組み込まれていることが分かった。しかし、指針となるものは明確ではないことから、意思統一という観点からの課題があることが分かっている。

本間郁子「「利用者・家族」の思いに寄り添う看取りとは」
 日本では、平均寿命は延びているが、その一方で何らかの不健康状態や介護をヨウする状態になる期間は、男性で6.5年、女性で9年となっている。また独居の率の向上や女性の社会進出などでライフサイクルが変わり、家で看取ることが困難な状態であること。わかり介護員も自分の祖父などを看取る体験が無く、死に対しての戸惑いがあることなどを述べている。その他、施設での看取りに関する取り組みを丁寧に描いている。
(2013.6.30)

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