2003.4
精神障害者福祉最前線から

【基調論文】「精神保健福祉におけるグローカリゼーションの意味するもの」
グローカリゼーションとは、地球的な到達点を指しているらしいが、その理念はこの分野において実現が可能なのかどうかという問題提起を行っている。それは、諸外国で、1960年を契機とした精神障害者に対する地域支援へシフトしていったにも関わらず、日本においては、精神病院の長期入院が依然として大きく、本格的に地域支援が考案されたのは日本においては1990年代に入ってからである。
地域型支援施策へのシフト転換に関しては、
一つに、精神障害者が生きていく場所と質を捉えるもの−権利性、社会的義務、街づくり
一つに、当事者や非専門職による行政計画への参画や改善−運動として、主体として
患者モデルから市民モデルへの変更を通して新しい自己像を作り出し、共生社会を目指す街づくりを目指すものである。

居宅型支援システムの課題
こうしたシステムを構築する際には、国民的なコンセンサス(同意)をどうつなげていけるのであろうか。住民、企業、自治体、供給と需要、サービス(財)、患者側からのセルフヘルプ活動〜エネルギーをどの様に供給するのであろうか。倫理や価値観の転換を含み一長一短にはいかない事柄であると言える。長い歴史を見れば病や障害のある人を濃密なサービスのある場所に集めそこで生きていく場所を効率よく提供するという仕組みを長く採用され、専門家によって設計し運用されてきた。グローカリゼーションは、そうした価値観のシフト展開である。精神障害は、ごく当たり前の市民生活の一部である健康問題の中に位置づけられていくと考えている。

【レポート】
「民間活動の連携を柔軟に進める」
官民の連絡会議の設置によるニーズの発掘を行ったこと。
行政の役割は調整役に徹したこと。
県にかわって市町村が直接の担当となることによって、市民・生活者として地域で生活を開始していくことになる。
小規模作業所の福祉法人への認可、窓口の拡大と官民の連携。どこに行ってもたらい回しにしないようにする。

「地域生活支援センターにおけるホームヘルプ事業のとり組み」
精神障害者は傾向として整理整頓が苦手である。この解消を目指したもの。介護支援事業所が主体となってヘルパーを派遣していくこと。ヘルパーをつなげるのは、介護支援事業所のスタッフが橋渡しとなること。

「障害者総合リハビリテーション施設「麦の郷」におけるとり組み」
援護寮は、メンバーが生活リズムを身につけ、自分の持っている力を取り戻してもらうことを目的としている。また、様々なニーズ、アパートなどで一人で暮らしたいなどは、この事業所が、地域生活支援センターを立ち上げ、訪問介護ステーション、さまざまな事業を展開している。

「救護施設における地域生活移行支援」
精神障害者が医療の枠組みでくくられていた時代に、公的にはじめて福祉施設への水路を拓いたのは、(緊急)救護施設である。全国の入所者のうち約50%が精神障害者である。
「救護施設通所事業」、「救護施設退所者など自立生活援助事業」、「保護施設通所事業」というものがあるらしい。
「職員にまわされる生活」を長期間続けてくると、過去の社会生活経験は希釈されていく。「もやがかかっていくよう」に、社会復帰は考えるだけ無駄なことのように思えてくる。
退所後のイメージをしっかりと持たせる。アパートを探す、家具の配置を考えるなどによって「社会復帰」というものが具体的なイメージとなる。
退所後の一人暮らしを支えるものは、「自分の歴史」を把握して職員が施設にいてくれる。入所生活を共にした仲間がいてくれるという意識が、彼らの生活を精神的に支える。
救護施設から地域生活を目指し、生活の場を地域へ移行していく一連のプロセスのなかで、病気や障害のために失ったものを取り戻し、再構築していく過程は、正にリカバリーである。

「就労を中心においた生活支援の実践」
「市民活動への変容と機関協力の推進」
「地域における家族支援の視点ととり組みから」

【解説】社会保障審議会障害者部会精神障害分解報告書の概要
【別稿】福祉工場から見た障害者雇用の現状と課題
ざっと読んだ感じ一番良かったのが、「救護施設における地域生活支援」であった。私も勤務していたことがあっただけに、実感として分かる。さらに、救護施設の単なる紹介ではなく、実際の活動展開についてもなるほどナァと思うことがあった。しかしながら、実際にどのくらいが退所してうまくいっているのか、そうでないケースではどう退所しているのかといったことが詳しく知りたくなった。いずれにしろ、病院から、センターから、援護寮から発信していく精神障害者の取り組みは、結局のところ熱意に勝るものはなしということであろうか。

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