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SUMMER PICNIC 1982

1982.8.6−7
熊本県阿蘇・坊中キャンプ場
入場者数 23,000人
入場料 ¥3,000(前売券)
Guest:アルフィー サザンオールスターズ 山下久美子 
ロブバード 高田渡 阿呆鳥
 
♪開演前まで土砂降りで観客は燃える
♪アルフィーは持ち歌を歌わずものマネだけで帰った
♪エンディングの「あの日の空よ」の時に熱気球があがる
 



第1部第2部第3部
Tears
突然さよなら
ひとり旅に出て
名物せんべい
ヘイジプシー誘っとくれ
流れ星
海と君と愛の唄
君といっしょなら
愛する人へ
月夜の晩に
どうせ人生に迷うなら
コンサート ツァー
愛しのベイビー
夏休み
ひとりきり
妹
来年も来るよ

(ゲスト 阿呆鳥と)
うちのお父さん

朝が来るまで
遅れてきた男
旅立つ想い
思い出にしてしまえるさ
ひとりごと
淋しい鞄
たぬき囃子
ときめき
遥かなる想い
満天の星
幼い日に
友ありて
マキシーのために
窓をあけてごらん
夏の少女
いつも二人
旅立てばそこから男
おまえが大きくなった時
何処にも行かない
あの日の空よ


SUMMER PICNIC 1982を語る

みなあい(99.4.4)
何と言ってもエンディングの気球から降りた「すばらしい仲間たちに乾杯」の垂れ幕。人生を変えた一瞬でした。
 
しんさく(99.4.20)
18歳の夏、友達と2人、福岡から原チャリで5時間ぐらいかけて行きました。どしゃぶりでずぶぬれになり、寒さのため震えながら一睡もせずに朝まで過ごしたのを覚えています。 福岡までの帰り道は、清々しい朝とは裏腹に、疲労と眠気と空腹で今にも倒れそうになり「二度と来るまい」と2人で誓ったものでした。 しかし、その後、FINALまで間に7回も参加してしまいました。
 
Uchipee(99.4.21)
四国の友達もやってきて、バイク&軽自動車で行きました。
帰りに阿蘇に登ったら軽自動車がオーバーヒートしました。
 
たつやいさお(99.8.12)
開演前、中央前から10列付近で人間ピラミッドを作って 三三七拍子をやってたのが私達です。
そのうち崩れて、みんなから笑われました。
それから、ロブバードがやってる時、カップヌードルが投げ込まれ盛り上がっている最中、みそラーメンを作って食べていたのも私達です。ごめんなさい。
それから、高田渡さんが「もう少しだから辛抱してね」って言ってるのに、おもいっきり寝てたのも私達です。 ごめんなさい。

・・・いろいろ思い出すなー
オープニングは確か、「妹以上の恋人以下・・・」っていう歌詞の唄だった?それから白いエレキGだった?? 山下久美子が脱いだ時、総立ちになった?エンディングに近い曲でこうせつが涙をつまらせた?
それから・・・
この時は全部録音しました。カセット24本分。ルール違反でしたごめんなさい。

年とったなー、細かいこといろいろ思い出して・・・
DREAMまで、まだまだいっぱいあるよなー

 
ぎんなん(2000.3.24)
広島から友人4人と、前の晩からフェリーで別府へ。汽車で阿蘇に着いたのが昼。
暑い中並んで、途中雷雨。寝不足やら、吸い始めた煙草やらで、ライブが始まる頃から僕等4人とも、次々と救護室へ向かいました。
でもなんとなく回復し、夜明けの頃には皆で大合唱。楽しかった。
夕方発だった帰りのフェリーでは全員、土のように眠ったことは言うまでもありません。
 
なおこ(2001.5.27)
当時、群馬に住んでいた私は、前々日の夜中に東京の短大時代の同級生のひろえちゃん(鳥取県在住)と岡山で待ち合わせをし、夜行で阿蘇へ前日の昼頃到着しました。
夕立で何もキャンプの用意をしてこなかった私たちをテントに泊めて下さった方、ありがとうございました。
その夜テントの外で「急病人は、いませんか?」と回ってきたのがこうせつ氏たちだったとは…
コンサート本番は、一生終わってほしくないと思うくらい感動したのを憶えいます。
でも気球が最後に上がった時の充実感は今も忘れません。
終了後は翌日仕事のため熊本空港からとんぼ帰りで、初めての九州or飛行機だったのに眠くてもうろうとして何も憶えていません。
今も子供に語り継いでいます。
今度もし、近くでコンサートがあったら子供と行きたいな♪
 
ぴよぴよ鳥(2001.7.15)
当時大学2年生でした。友人に誘われて福岡から熊本まで、車が混んでいてやっと熊牧場(当時)について、そこから山の方へ登っていきました。 会場まで山を登るからぴくにっく?歩きながらそう思いました。 会場について、雨が降りました。眠気をこらえて、こんさあとを見ていましたが、途中で眠っていたようです。 明け方、上空からぱらしゅーとで降りてきた人のことは目に焼きついています。行っててよかった。
 
ノスケ幹事長(2001.9.9)
アルバムを整理していたらメモが挟んであったので見てみると第2回のこうせつの曲目でした。 20年程前のもので正確か不安ですが送ります。(上に掲載)
高倉健主演の東宝映画<海峡>の音楽担当の話を鮮明に覚えています。(エンディングで主題歌を挿入しなかった)
 
ひろみ&なおき(2002.4.20)
北海道の友と最大の目的地を阿蘇に置き日本列島を旅していたあの頃が懐かしい。
当時、俺は台湾でお粗末な留学生活を送っており、台北で親友と待ち合わせをした。
目的は当時、二人共通の希望と夢であった「こうせつのサマーピクニック」へ行くこと。
台北の外港「基隆」から船にのり石垣島経由で「那覇」へ到着、ピクニックへ参加したのち金が無くとも北海道までたどり着かねばならない。 どうしようか・・・那覇で琉球大学の寮へ勝手に転がり込み、続いて「サンフラワー?」とか言う船で鹿児島へ。 各駅で何とか阿蘇へ。途中駅で「竹中」でうれしく感動。
前夜に着いたが悪天候で寝る場所も無い。そこは、こうせつフレンド・・・その場の友のテントで一夜。
翌日になっても、雨と雷のなかコンサートが始まったが、体は熱く抵抗なく熱中できたな・・・あの時は。
コンサートが終わり、阿蘇から東京まで各駅の旅、東京から北海道まで船、金が無くてポテトチップスが主食だったな。あんなこと良く出来たよ。
その後、機会があってアメリカへ渡った。オハイオだった。あの時の阿蘇のテントで世話になった即席の友から手紙が届く・・・「オハイオの月」ってどんな月?
すばらしい青春のひと時、こうせつ、そしてあの時の友、本当に有難う!忘れません!
 
北海道のひろみ(2002.4.30)
とても懐かしい楽しい思い出です。
あの時隣りに居た女の子2人組みの一人は諫早湾で最後まで潟スキーでムツゴロウを取っていた漁師さんの孫という人でした。諫早湾も今ではあのようになってしまい、20年という時の重さを実感します。
コンサートが終わった時周りに居た人達と合唱し、来年もまたここで合おう!!と約束をしました。
しかし約束を果たす事は出来ませんでした。またその様な機会が有ったとしたら、よし行こう!と思う気持ちが自分にあるかな?
楽しい思い出を一緒に語る事ができる友が居る自分を嬉しく思います。 少年の心をいつまでも・・・。
 
けっちゃん(2002.6.21)
こんにちわ、ピクニックの記録見てすごく懐かしく思いました。まだ社会人になったばっかりで同僚と4人でいきました。 福岡の天神からバスで熊本の阿蘇までわいわいがやがや、山盛り食べ物、飲み物もっていき、こうせつはもちろんの事知ってるアーチストが出てくると総立ちになり一晩中騒ぎました。 すごい雨ふりになり阿蘇の黒い土は容赦なく私たちにおそいかかってきました。おかげでシート、洋服、靴が真っ黒に・・・精魂つきてバスまで・・・こうせつ最高ーといいながら長かったなーやっとの思いで乗り4人でぐーぐーグー天神について彼に迎えに来て貰いました。 「なんだ田植えでもしたんか」と言われてしまいました。ほんとにいい思い出です。 この私も3人の子の母、子供と行けるコンサートに行きたいなーなんておもいます。 こうせつと城山ホテルで食事できたラッキーなやつより
 
幹夫WORLD(2002.10.30)
もう20年前ですか!奈良県五条から2日掛けて彼女と出かけました。ホテルも予約せずチケット2枚握り締め!朝に会場に着くと徹夜組二びっくり!開演前のどしゃぶりの中、ドサクサにまぎれ、一番前まで移動!感動の夜!次の年ラジオ朝日の昼の番組で2人でこうせつさんと競演させてもらいました!その後結婚3人の子供に恵まれ今も楽しい生活送ってます!1月15日奈良県新庄町のコンサートチケット今取れました!久しぶりのコンサート楽しみです!
 
いけへり(2003.12.22)
もう20年以上の歳月が流れたんですねぇ。大学の友達の家に泊めてもらいでかけました。友達は大分舞鶴出身でこうせつの後輩でした。鳥がないて川が流れてトンネル越えれば竹中だぁ〜、と歌のままの素晴らしいところでした。オ−ルナイトで終わったあと、とにかく眠かったのを覚えています。あれから、野音、渋公、かぐや姫の再結成コンサ−トとせっせとでかけています。渋谷公会堂にいってきましたが、こうせつは相変わらずこうせつですが、われわれ観客が年を感じてしまいました。いいなぁ、満天の星!
 
TYOの裕(2004.2.26)
1回めが伝説のコンサートだっただけに、今回へのこうせつさんとファンの思いは熱かったと思います。
しかし、やはり雨、地面を流れる雨、去年の事が脳裏をよぎりました。オープニング、ブルーのオベーションで登場したこうせつは、両手を握り合わせ祈りました。その姿が、もう、涙、涙、涙。まったく同じ気持ちの会場。きっとみんながこうせつと一緒に同じ事を願った。初のオールナイトのサマーピクニック。
3回目以降のサマーピクニックには、安心して楽しめる空気がありましたが、この2回目までは、「俺たちがしっかりしないと」みたいなファン心理が強かったと思います。
そして、あえて言うならば、
�@やはり、卑弥呼の里でリベンジしたかった。色々な事情はあったでしょうが・・・
�Aサザン、山下久美子がブレイクの真っ只中のゲスト出演で、「そこだけを見に来ていた人」も多く実際に、「久美子とサザン以外はつまらなかった」という声も残念ながら多く聞かされました。
その後、ゲストを発表しない時が続きましたが、それでよかったのではないでしょうか。
10+1回の皆勤賞の私としても、1・2・10回のサマーピクニックが強烈な印象として残っています。
 

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