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金町駅南口
水戸街道に並行して走る常磐線が開通したのが1896年(明治29年)、当時駅は南側にしか開けていなかったのだそうだ。京成金町線が開通するのはずっとあとだが、乗り換える乗降客でにぎわっていたことだろう。朝夕は通勤客や学生が、昼間は柴又帝釈天参詣客が行き交って。
大型車両を寄せ付けない道路、そこに割り込む京成バス、東武バス、都営バス。道にまでせりだす店構えのフルーツ店。アーケードの迷路・すずらん通り商店街。ここには和菓子屋、呉服屋、八百屋、薬局、スポーツ用具店、パチンコ屋に喫茶店と、なんでもあった。駅の北側には大きな工場がいくつもあって、労働者はは改札を出ると東側のガードや商店街を抜けて職場に向かった、そうだ。昔、大正末期から昭和にかけての話。
工場跡に駅前団地ができ、北口改札ができると町の様相はがらっと変わった。そう、金町の表玄関は北口だと思っている人も多いはず。葛飾の奥座敷、西水元へのバスもこちらから発着している。小回りのきくループバスも運行し始めた。そうとなれば、さびれる一方の南口に出てくるのはお決まりの駅前再開発。一昨年、経済新聞に突然、39階建てのビルを建てる計画が報道された。水面下で計画は進められていたのだろうが、出てくるときは突然。えエ〜、なんて言ってるうちに南口駅前ターミナルは拡張工事、バスの発着所もトイレも交番も駅からはうーんと離れてしまった。こじんまりとしたスペースの中に密集した南口はもうない。後戻りのきかない再開発が始まっている。こうして街は廃墟に向かってころげおちていくのか? いやいや、そこで暮らす人たちが、また創り変えていくだろう、何十年もかかって。人が居さえすれば。