富士見橋

 青戸から高砂に行く道は一本。環七をこえ、京成線の高架をくぐり大きく左にまがる坂道をのぼっていく、その先の中川を渡る橋を富士見橋と言った。今はなんと言うのか知らない。
 戦争の頃の話と言うが、この橋には欄干がなくて夜わたる人が川に落ちたのだそうだ。青戸の床屋のオヤジさんが言っていた。髪を刈ってもらいにいくたびにそんな話をしていた。この床屋も今はない。遠く、亀有駅や常磐線を蒸気機関車が走るのが見えたという。目を左手にうつし、丹沢の山並みの向こうには富士山が見えた。
 橋の上流には京成線が並行し、下手はまっすぐに新中川と大きく右に蛇行する中川。川が分かれるところに公園がある。新中川の開削を記念した公園だ。平成のはじめ、ちょうどバブルのまっさかりに葛飾区はこの公園を中心に葛飾の「へそ」をつくろうとした。区議会や区役所をこのあたりに移転させ、スポーツセンターや野球場とも関連させた政治・文化の中心圏だった。それもうやむやになって、一昨年に決定された「都市計画マスタープラン」にはそんな計画のかけらもなければ総括も無い。税金をかけて計画だけつくり、すべてがはかない一時の夢。
 橋の架け替え工事が続いている。橋脚と橋桁を支える大きな鉄塔が建ち始めた。かの一大都市計画がすすめられていたらこの橋は目玉になったろう。それも夢、葛飾区はきっと精一杯立派な橋をかけるだろう、橋の上で夕涼みができるような。夏の夕、昼間じりじりと街を照りつけていた太陽は山の端に沈み、川風が肌をなで・・・・・、ウーム・・・・、富士は見えない。常磐線の列車の汽笛も今は聞こえない。さて、新しい橋は何という名になるのやら。(2002.6.23)