会報33号 2003.05.20発行

投票率が50%を切っても選挙は成立するんだろうか?
盛り上がらない統一地方選挙
 都知事選の投票率が40%台というから驚いた。いや、そんなものか。どこそこの国のリーダーが世襲制で封建的だとか言う人もいるけど日本の政治家だって二世三世があたりまえになってしまった。どこが違うかと言えば選挙制度ということになるのか。では、日本では民主的に選ばれているのかどうか?
 先日、元区議会議員と話したら「議員は次の選挙で選ばれることが仕事になるわけですよ。次の任期には責任が持てないし、政策は行政の幹部(官僚)の方が詳しくなるわけだ」とのこと。政治家は一部、固い支持者の顔だけ見ることになる。そうは言わないけど。選挙制度も制度疲労におちいっている。投票率を上げるには抜本的な選挙制度改革が必要だ。
 出し合おう 改革プラン。
 次の選挙に当選することが仕事になってしまったら民意とのズレはどこまでも広がる。長期展望もヴィジョンもうまれない。そこで・・・・・
 A)財政逼迫のおり、議員定数を現行より3割程度増やし、歳費(給料)を5割程度削減する。議員はその職で暴利を得てはならない。
 B)どこも財政悪化で議員定数を減らしているけど、これではますます民意が反映しなくなるよね。
 C)歳費(給料)は区民の平均収入に年齢を加味したものを基本として、兼職で得た収入を差し引いたものを支給する。議会、委員会は休日と夜間に開き、傍聴は自由とする。こんなのはどうでしょう?
 A)気軽に傍聴できるようにね。
 B)選挙もさ、入れたい人
だけ書くんでなくて、やめて
もらいたい人も書いて得票
と相殺する、とか。
 C)今の議員は地域代表
になっているんだから世代
代表があってもいい。
 B)職能代表や業界代表
とかね。それと、投票率が50
%を切ったらその選挙は無
効とする。
 D)そんなこと現実には・・
・・。でも抜本的改革のイメー
ジが必要かも知れないね。
 A)夢のような改革プラン
が必要だ。
                                     表(広報かつしかより)


2面
  変わる葛飾

 最近、葛飾区内にもずいぶんとマンションが目立ってきた。ここも、あそこもと言う感じで次々と建設されている。新聞に折り込まれているマンションの広告のいかに多いことか。地価もかつてよりかなり値下がり、一般のサラリーマンでも手が届くほどになったことが、昨今のマンションブームをつくっているのだろう。
 これらの新しいマンション、どこに建てられているかというと、ほとんどが工場跡地である。以前は広く工場として使われていた土地なのだ。マンションが建っているといるということは、それだけ古くからの工場が撤退していることになる。金町の三菱製紙だとか、青戸の東洋インキだとかの大企業だけではない。大小を問わず、今葛飾から工場がどんどん消えている。
 かつて葛飾は、大田区などと並んで町工場の街としてのイメージがあった。おもちゃや染色をはじめとして伝統産業、地場産業が栄え、プラスチック成形、プレス、ねじ製造、ダイキャスト、メッキ等々、それに連なる様々な工場が軒を連ねていた。葛飾はまさに職人の街、労働者の街だった。今は次第にマンションの街に変貌を遂げつつある。住民も多くが区外に通勤しているのではないか。
 大企業は儲けのために工場を海外に移す、あるいは不採算部門を閉鎖する。その結果多くの下請け、孫請け工場が廃業を余儀なくされるのだ。確かに、街の景観はそれなりに小奇麗に、現代的にはなった。しかし、果たしてこれでいいのだろうか。
 「ものづくり」の大切さが今盛んに言われている。空洞化が進む中で、「技術立国日本」が危ないと、政府でさえ口にし始めている。金型技術などが大企業の手によって次々と外国に持ち出され、金型業そのものが縮小し、技術を伝承する職人が必要なくなっている。このままでは日本の製造業はますます衰退する。すでに子供たちは物を作ることの大切さもほとんど教えられず、投資だとかマネーゲームで儲けることに小さい頃から興味を示すようになっているという。これは深刻なことではないだろうか。
 かつては私たちの近所には工場があり、職人さんや工員さんたちがいて、彼らの働いている姿が、子供心にも輝いて見えた。そうしてものづくりへの関心をかき立てられてきたものだ。日本はいま、先人たちが築いてきたものづくりの伝統と歴史を自ら打ち壊そうとしている。職人が軽んじられ、工員たちが切り捨てられる。こんな風潮が続けば、日本の社会は本当に崩壊するだろう。街の変貌を見て、そう思うのは私だけだろうか。(立石5丁目・K)


   葛飾探訪(一)

金町駅南口
 水戸街道に並行して走る常磐線が開通したのが1896年(明治29年)、当時駅は南側にしか開けていなかった。京成金町線が開通するのはずっとあとだが、乗降客でにぎわっていたことだろう。朝夕は通勤客や学生が、昼間は柴又帝釈天参詣客が行き交って。
 ついこの間までずいぶんと昔の面影を残していた。大型車両を寄せ付けない道路、そこに割り込む京成バス、東武バス、都営バス。道にまでせりだす店構えのフルーツ店。アーケードの迷路・すずらん通り商店街。ここには和菓子屋、呉服屋、八百屋、薬局、スポーツ用具店、パチンコ屋に喫茶店と、なんでもあった。駅の北側には大きな工場がいくつもあって、労働者は改札を出ると東と西にそれぞれ商店街を抜けガードをくぐって職場に向かったのだそうだ。大正末期から昭和にかけての話。
 工場跡に駅前団地ができ、北口改札ができると町の様相はがらっと変わった。そう、金町の表玄関は北口だと思っている人も多いはず。葛飾の奥座敷、西水元へのバスもこちらから発着している。小回りのきくループバスも運行し始めた。そうとなれば、さびれる一方の南口に出てくるのはお決まりの駅前再開発。2001年5月、経済新聞に突然39階建てのビルを建てる計画が報道された。水面下で計画は進められていたのだろうが、出てくるときは突然。えエ〜、なんて言ってるうちに南口駅前ターミナルは拡張工事、バスの発着所もトイレも交番も駅からはうーんと離れてしまった。こじんまりとしたスペースの中に密集した南口はもうない。後戻りのきかない再開発が始まっている。(2002.11/いかす会・ホームページから)
イラク戦争反対の請願、採択には至らず。
 さる3月18日区議会総務委員会で戦争協力にNO!葛飾ネットの「イラク情勢の平和的解決を求める意見書採択に関する請願」が審議された。同様の請願が二本出ていて、18名の傍聴者の見守るなか議論が続いたが結局いずれも「継続審議」となった。平和を求めると言いながらアメリカの先制攻撃や小泉首相の自衛隊の海外派兵(イージス艦の派遣など)を認め、流れに身を任せていたら平和は絵に描いた餅になってしまう。「武力による威嚇、または武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久に放棄する」と憲法でうたっている我が国の「外交」がアメリカとの軍事的一体化では国を滅ぼす、と思う。
 4月になって、議会事務局から各請願代表者に請願を取り下げるよう連絡が入った。委員の中からイラク戦争は終わったから請願の意味が無くなった、という動議が出ているとのこと。平和的解決を求める請願を店ざらしにしただけでなく無かったことにしようというものだ。当然取り下げは拒否した。議員も事務局も区民の暮らしや政治を本気で考えているのか疑わせる事件だ。


ついのすみかは?

・・・・・・いま、老人ホームは

 今日も巣鴨のお地蔵さんは極楽往生を願うお年寄りで混雑しているでしょう。時代の流れの中の変化も手伝って、安易に極楽にいけそうもない。我が家でヘルパーを使って・・・・、まあ一番良いようだが、生活能力によっては老人ホームとなる。公的なものは(特別老人ホーム)葛飾には10カ所あるが受付をすませ入所待ちの人が700人います。これからこの数がもっと増えていくでしょう。民間のもの(有料老人ホーム)は区内に10カ所くらいあると思われますが、亀有の二つの所にいってみました。
 その一・・亀有駅から10分くらい(元企業社員寮)、開設して間もない。まだ入居者は少ないようです。感じは清潔で良いです。
費用/@入居一時金 450万円(返還制度あり)  A家賃 5万円  B管理費 4万5千円  C食費 4万8千円(朝400円、昼550円、夜650円) 合計 15万円程度、他に雑費2〜3万円
 その二・・亀有駅から5分くらいの所。土地取得から新築までニーズに合わせ建てられただけあってサロン、浴室共に立派。
費用/@入居時 300万円  A月額利用料 21万円  B介護費用 介護保険適用で実費  C食費 5万円程度  D消耗品費は?で、月額30万円程はかかる。この会社、関東に20カ所の施設があり仕事に並々ならぬ意気込み(儲かるのかな?)があり、少しきいてみた。
Q/月額30万円近くを支払える人はそうそう区内には多いと思えないのですが。
A/もちろん、世田谷、杉並の方もいらっしゃる。亀有は交通の便も良く、家族の方も来安い。30万円まではかからないが、年金をその程度受けている人は案外いますよ。
Q/将来この会社が財政難になったら?
A/今の状況から見ると考えられない。活況です。
Q/世話してくれる人は何人?
A/他の施設は5人の入居者に一人の介護士と聞きますが、ここでは1.6人に一人でケアは行き届いています。
Q/お風呂は週何回?
A/3回です。
 私が見て来たのは亀有の二カ所だけですが高齢化社会をねらって、不況下、企業が有料老人ホームをターゲットにしていることも見逃してはいけない。自分がこのようななかでどう老いを考え、どう現実を見据えて人として「こうありたい」と声をあげたいのは老いを感じ始めたからだろうか? 私一人だろうか? 
 老いを目前にしていろいろ感じた。出来ればこうありたいと夢を持ち、お金はないが実現に向かって想いをめぐらせて進んでいくだけです。(青戸・64歳・Y)


野麦峠を訪ねて

 忙しかった田植が終わると飛騨の女性は旅支度を始めます。岡谷、諏訪にある製紙工場へ工女として働きに行くために。飛騨から松本へ向かう途中に野麦峠があります。
 山本茂美の「あゝ野麦峠」を読んで以来、工女が歩いた痕跡をたずねる旅に行こうと思っていました。夫が購読している月刊・権利闘争に野麦峠・「女工哀史」の路を往く 信州〜飛騨の旅行の応募があったので、友人の遠藤さんと参加しました。
 本が映画化されているということもあり、野麦峠と「絹」にまつわるこの地が観光地、そして歴史の街として非常にきれいに整備・保存されています。
 20才で亡くなった政井みねの墓、お助け小屋など往時を偲ぶ工女たちの痕跡をたどりました。野麦峠ではよく工女が雪深い谷に落ちて命を落したという場所に立つと本当に命がけの行程であったのを実感します。
岡谷市内のシルクで財をきわめた旧林家住宅を見学、当時は生糸が日本輸出総額の3分の1を占め、女工達の犠牲の上にこのような豪華でためいきが出そうな住宅が建てられたわけです。多くの工女が身体を蝕まれ、天竜川へ身投げした工女も少なくありません。
12〜3才の少女、今でいえば中学生の少女が1日10数時間の労働をしいられたのは、当たり前。案内をされた方の説明によると経営者も夜中まで工女以上に働いたといわれています。しかし工女は林家の様にすばらしい御殿を建てた人はいなかった。
明治期の日本の繁栄の陰に工女達の犠牲があったことをわすれてはならないと思います。
そして、今度はゆっくりと野麦峠頂上付近の旧道を歩いてみたいと思います。(奥戸・陽子)


いかす日記  セレクション 
2002,2,21(木)
 友人の弟が職探しで葬儀屋を紹介されたときのこと。30代の彼は社長にずいぶんと気に入られたが、迷っていると「うちは成長産業ですよ」とすすめられたとか。確かに成長するか・・・・。
 NHKの深夜の番組で、アメリカで急成長している民間刑務所を放映していた。規制緩和の国、アメリカでは刑務所まで民間に委託している。刑務所を誘致した市長はこれで雇用がうまれ、経済効果は○○、と誇らしげに語る。おまけに、大手メーカーと提携して、受刑者の懲役をそこにまかせて利益をあげている。メーカーは最低賃金で労働力が確保できた。「勝手に休まれたりしなくて効率的」とは工場長の弁。刑務所経営のポイントはという質問に所長は「なるたけ空きをつくらないこと」と答えていた。良くできたブラックユーモアではなくて、「ドキュメント地球時間/米・刑務所が`ビジネス`に」の一こま。(いかす会ホームページより)

 インフォメーション
劇団民芸公演
千鳥ヶ淵にいきましたか
      作・石川逸子
 9月12日(金) 昼の部/午後3時 夜の部 /午後7時
シンフォニイーヒルズ・アイリスホール
 前売り/2500円 当日/3000円  学生/2000円

写真展
記録と記憶のトライアングル
韓国、在日、沖縄を撮る10人の眼
7月18日(金)〜23日(水)
午前10時〜午後8時(最終日は午後6時まで)
新宿文化センター・ギャラリー

新しい体制でスタートします。
 2月から3月にかけての運営委員会で今後の会の活動や体制を話し合ってきました。年4回の会報発行、ホームページ、プロジェクト活動などに取り組んで行きます。会長斉藤宏、事務局長木下明と運営委員の体制で、月一回の運営委員会で討議し、運営していきます。今後ともよろしくお願いいたします。投稿やご意見などお気軽にお寄せ下さい。年会費1.000円。
ホームページ;www.asahi-net.or.jp/~uu3a-knst/ ファックス;3697−6459