池 上 本 門 寺
(2007.12.11)

 
池上本門寺は日蓮宗の大本山で、山号は長栄山、院号は大国院、全国に旧末寺約200ヶ寺を持つ関東では有数の大刹である。

 1282年(弘安5年)9月、病気治療のため身延山を下りた日蓮は、湯治に行く途中で池上衛門大夫宗仲の邸に立ち寄ったが、ここで病気が重くなり、 同年10月13日に死去した。
 日蓮の死後、宗仲が自分の邸(約七万坪)を寄進し、日蓮の直弟子の日朗を中心として寺院の建立が図られた。 日蓮の七回忌の頃になると伽藍の整備も進み、ようやく本門寺ができあがったと考えられている。
 中世においては関東の有力武士、近世では徳川幕府や加藤清正などの力を得て発展し、寛永の頃に大本山としての役割を持つようになった。 昭和20年の戦災で多くの建物を焼失したが、戦後順調に復興し、現在は往時を超える威容を見せている。
寺内には、安藤広重の絵にもなった 総門、 国の重要文化財に指定されている 五重塔、 同じく重要文化財の指定を受けている日蓮聖人座像(非公開)をはじめとして、日朗聖人座像(非公開)、東京都の有形文化財に指定されている 多宝塔、 五重塔とともに戦火を免れた 経蔵、 慶長年間に加藤清正が寄進したと言われる 石段(此経難持坂)、加藤清正供養塔、 加藤清正室の層塔前田利家室の層塔、 日朗聖人の供養塔、紀伊徳川家の墓所など、枚挙に暇がないほどの文化財や史跡がある。新しいものでは 力道山の墓所がある。
 行事も色々あるようだが、日蓮入滅の忌日に行われる御会式が有名で、その賑わいは宗教行事としては関東第一と言われている。

   
本門寺と隣接して、 大坊本行寺がある。 この寺は日蓮の入滅の地である宗仲の邸跡に建てられたもので、本門寺の旧末寺の筆頭に位置する格の高い寺である。

 寺内には、日蓮が身延山から到着したときに使用した 井戸、入滅した場所(東京都の旧跡に指定されている)、 御会式桜などがある。 御会式桜については、日蓮の入滅の時に季節はずれ(10月)なのに花が咲いたという伝承があり、今も10月頃に開花するそうである。 余談になるが、秋に開花する桜はそれほど珍しいものではないようで、今は枯れてないが私の通っていた中学校の校舎の脇にも秋に咲く桜の大木があった。

 本門寺および大坊本行寺の周辺には関連の寺院が多数ある。本門寺や大坊本行寺に比べると訪れる人は少ないようだが、 たとえば南の院は徳川幕府御用絵師狩野家の菩提寺で、墓所には狩野探幽の墓(東京都の有形文化財)と狩野信孝の墓があり、文化財や史跡は数多い。
 この地は馬込文士村の一角に位置し、川端茅舎の句碑がすぐ近くにある。また大坊本行寺に隣接して 池上梅園がある。
 
参考資料:学生社刊 大田区史跡散歩


所 在 地 東京都大田区池上1-1-1
交   通 東急池上線池上駅下車、徒歩15分 (地図を参照)
    JR京浜東北線大森駅下車、バスを利用
     山王口から東急バス(上池上循環外回り)に乗り、
     "本門寺前"で下車、徒歩10分 (地図を参照)