平成17年4月17日 更新


埴原さんちの通信環境の整備

 黎明期 MS−DOS環境で電子メールと2台のパソコンをRS-232で繋ぐ

わが家にパソコンが導入されて稼働されたのは、平成2年1月です。平成元年12月に末娘のれい那が生まれ扶養者控除の対象になったのでNECのPC-9801 EXを購入しました。まだMS-DOSのVer3.01の時代で電子メールがやっと産声を上げた時代でした。従って、電話回線を使って、2400bps で繋がれば速いほうでした。まだLANはあってもハブやルーターは
パソコンより高い時代で、パソコン間のデータ転送は、FDやRS−232で繋ぐ程度でしたが、MAXLINKなどのソフトを使い、データーを転送してパソコンのセットアップなどをおこなっていました。
 発展期 Windows95の登場でLANが簡単に引ける時代に

MS−DOS からWindows 3.1に切り替わり、ネットワーク環境の構築などが話題なりましたが、TCP−IPに対応していなかったため、うまく繋ぐことが出来ず、四苦八苦している内にWindows 95が発表されました。
Windows 95は、当初よりネットワーク構築を前提にしたOSで、現在のコンピューターを使った情報社会はWindows 95の普及がなければ、遅れていたでしょう。とにかくWindows 95の導入で簡単にLANが構築できるのは、エッポックでしょう。サーバー用のOS Windows NTが発売されたのこともあり、情報化社会が一期に立ち上がりました。

電話線経由でインターネットに接続するためにモデムを更新しましたが、このころモデムの通信スピードが、急激にあがり、1992頃は1200bpsが主流でしたが→2400→4800 1994頃には、9600bps インターネットの先駆けで双方向通信の付加価値VANなる通信網ができ、気象衛星のひまわりの画像を取り込むことが出来るようになりました。
1995年には、11500→22800bpsとめまぐるしくあがりISDNの64kが導入されて負けずにモデムでも56Kがでる様になりました。今では使いませんが、4800や11400、28800bpsのモデムが転がっています。4年間で30倍になったことになります。

わが家のパソコンもWindows 95に替えるべく性能をアップグレードしましたがPC9801アーキテクチャーでは、メモリーに制限があり、Windows 95対応する EPSONのPC98互換機に更新しましたが、メモリーの増設が最大64MbでDOS−Vパソコンを自作することでやっとネットワーク環境を手に入れました。

1999年4月にアナログ回線からISDN回線に変更してデジタル回線にルーター付きのTAを導入して、アナログ回線に電話とFAXを繋ぎ家庭内LANを構築するには、結構苦労しました。
電話線は1Fの居間に局線が入って来ており、パソコンは2Fに設置されています。従ってルーター付きのTAは2Fに設置する必要があり、FAXは1Fにおく必要があるのです。1FにTAを置くと2Fでパソコンが使えない色々検討した結果、1Fにルーターの無いTAを置きFAXと電話をアナログ回線で繋ぎ、TAからST端子を使って2Fにデジタル信号をあげて、2Fのルーター付きのTAに繋ぎパソコンに分配することで解決できました。1Fから2Fまでは、電話線の予備回線を使って送っています。建設するときに電話ケーブルは、20回線使える太いコードに変更してあったので簡単に変更できました。
構成は下図を参照願います。
最初は、56Kのモデムのに比べて64kが速くてうれしくなりましたが、データをダウンロードするときにスピードがまだ不十分で有ることを感じました。当時プロバイダーは、BIGLOBEの繋ぎ放題を使っていました。

2001年7月にISDNフレッツに回線を切り替えたことで、24時間繋ぎ放題、プロバイダーもASAHI-NETに切り替えランニングコスト引き下がり、複数台のパソコンから自由にインターネット接続が可能などスピードを除けば、すばらしいシステムでした。1年間で投資を回収出来ました。

 1F 
           TA

         ST端子経由でISDNデジタル信号を1F TAから2F TAへ
       2F 
       TA+ルーター

 成熟期 ISDNからブロードバンドの光ファイバーへ

ISDNからADSLにするのが普通でしょうが、わが家はADSLを飛び越えて2003年1月に光へ切り替えました。
ISDNからADSLにするには、アナログ回線に戻してISDNを解約してADSLを引き直すなど結構手続きが面倒です。
また、ISDNの2回線を同時に使えるなどのメリットもなくなり、住んでいる住所が電話局から1.7Kmと少し離れていたこともあり光を待ちました。2002年10月 にBフレッツニューファミリータイプが開設されたの受けてAsahi-NETに申し込んだのですが、2ヶ月経ってもいっこうに連絡がないので直接NTTへ申し込んだら3日で返事が来て2Wで開通しました。
ADSLの勧誘の電話がかかってきたときに、「うちはもう光ですよ」と断るのが気持ち良いです。

設置工事は、2時間ほどで終わりましたが、工事に空中作業車2台と工事人が6名も来て、これでは工事費が高くなるはずだと感心したり、納得してしましました。


肝心のスピードの件
ルーターから分割したLANケーブルを2台の100mbpsのスイッチングハブに入れて8ポート×2に分割してパソコン10台に供給しています。当初用意していたルーターのスループットが32mbps(6000円)でした。これが結構遅くてまいってしましました。
もっとも速いパソコンで測定しても4mbps 程度ほどのスピードがやっとです。一番遅いAMD K6−U400Mでは1Mbps出るかどうかでした。開設して2週間でもっと速いルーターをオークション(5000円)で入手して、前のルーターはオークションで半値で売ってしましいました。
次に入手したルーターは、64mbpsです。これで50%程度速くなりましたが、まだ遅い。しばらくこのルーターでがまんしていましたが、先日熱で壊れてしましい、新たに96Mbpsのルーターを(4800円)購入しました。性能が3倍になり価格は1/2になるなど、ADSLの普及のおかげでコストパフォーマンスが良好になりした。1年間で3台交換したことになります。性能ももっとも遅いパソコンでも3Mbpsの性能が出てきてやっと光の効果がでてきたと実感しています。
どこまでスピードが出るか確認していませんが、直結で15Mbps ハブを入れることで10Mbpsになるので、ハブで遅くなっているのは、事実の様です。今度はハブを交換する必要が有るのかもしれません。ファイルのダウンロードなど数秒で終わるので実用上は問題有りません。ISDNからBフレッツで通信速度が約50倍から200倍になりました。

2002/12 現在の構成
ISDNのフレッツは解約しましたが、ISDNは現在も運用しています。1Fの無線LAN付きのルーター付きTAからアナログ電話とFAXに繋ぎ、2Fへアナログ回線を送っています。1Fは無線LANでインターネットをつなげています。
2Fは、光ファイバーを直接取り込み、光モデムからブローバンドルーターに入れて、ハブ経由10台のパソコンをつないでLANを構築しインターネットに対応しています。また1Fから来たISDNアナログ回線を56Kモデムに繋ぎ、モデムでのみ対応している会社のネットワークへアクセスしています。先日2Fのブロードバンドルーターが故障した際は、1FのISDNからインターネットに接続して急場をしのぎました。ISDNのルーター機能を残して置いてとても良かったです。

2005/4 無線LANのアクセスポイントを追加しました。
基本的な構成は以前と変わりませんが、1Fの家内が使用しているパソコンの無線LAN接続先を2FのLAN経由で1Fに無線LANのアクセスポイントに変更しました。この交換によりISDN経由でつないでいたインターネットは無くなり、すべて光ケーブル経由のBフレッツになります。
2Fのルーターにて無線LANのカードのMACアドレスとIPアドレスを固定して、1対1の関係付けを行い外部からの侵入や外部への漏洩を防止します。

1F ISDN 無線 LAN とアナログ電話、FAX
  

 ISDN アナログ回線                     無線LAN 
                                  
  
   
2F Bフレッツ:インターネットと100BASE LAN+ISDN アナログ電話(MODEM用)
 


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