R/Dの週記

 ・リンク 祖国は危機にあり

 2月25日

 そろそろ引越しだが、新住居でasahi-netに接続できるかどうか分からない状況。そこで、緊
急避難用としてYahoo blogを開設した。もし接続できなければ、当面はblogの方で週記などを更
新していくつもり。

 また、これまで使っていたフリーメールがサービスを中止するそうなのでメアドも変えた。新
メールはこちらになるのでよろしく。


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 2月18日

 日記ならぬ週記である。


 Pro Bowlも終わり、NFLも本気で終了。今シーズンは終盤に入って忙しくなり試合を見られ
ないケースも増えたのだが、それ以外では一つのテーマを持って見るようにしていた。それは、
ライン戦だ。
 アメフトの中継は基本的にボールの行方を追いかける仕組みである。結果として、プレイ開始
直後はQBを、その後はボール次第でRBやレシーバーを見るというのが一般的だろう。初心者
としてはこの見方が一番安全だし、それだけでも十分楽しめるのは確か。
 ただ、それだけではプレイの一部しか見ていないのも事実。他の部分も見た方が面白いとの話
もよく聞く。そこで、過去にもライン戦を意識して見ていたことがなかったわけではないのだが
今シーズンは特に集中してそこに視線を集めてみた。
 で、感じたのだが、今のNFLはライン戦を楽しもうとする人にとってはちと辛いのではなか
ろうか。まず、パスプレイが多い。パスの場合、ラインは基本的にそのまま後ろに下がるだけで
あり、その際の注目点はTとDEのスピード競争くらいのものになりがち。もちろん、ユニット
としてのラインがパスプロに際して役割分担をしながらプレイしていることは間違いない筈なの
だが、テレビで見る限りではそれがはっきり分かる場面は少ない。何となく個々の選手の個人技
がそのまま展開されている印象なのだ。正直、デブの個人技を見たいのなら別にアメフトでなく
ても相撲か何かを見ればいい。アメフトにする理由はない。
 ランプレイでも同じ。プルアウトやトラップといったラインの動きが素人目にもよく分かるプ
レイの数は最近は少なく、むしろゾーンブロックのように見た目はラインが並んで押しているだ
けのケースが目立つ。コンボブロックまで理解できるようになればもう少し見ていても楽しいか
もしれないが、正直そこまで見分けられるほどの力はない。とにかく、単純に見えるプレイが多
いのだ。
 特に最近多いショットガンの時には、見ていてプレイが単純と思えることが多い。ショットガ
ンの場合、ほとんどラインはパスプロに下がる。ランプレイもドローが中心になるため、ライン
がいったん後退することが多いのだ。結果として「またか」と言いたくなるほど同じ動きが繰り
返される。
 もちろん、実際にはパスプロであれランブロックであれ、私が見ているほど単純ではないのだ
ろう。また、個人技の部分でも凄いと感心できるものがないではない。だが、私が見たいのは個
人技ではない。あくまでチームとしてプレイし、チームとして相手を上回ろうと工夫するのが分
かるゲームだ。残念ながら私の試合を見る能力では、今のNFLをそこまで楽しむのは難しい。
 では、何を楽しめばいいのか。パスハッピーなNFLでは、おそらくラインよりレシーバーと
DBの駆け引きを見た方が素人目にも分かりやすいのではなかろうか。最近はワンバックがほと
んど基本となっており、レシーバーが4人いるのも珍しくない。彼らが動き回るのに対し、DB
がどのようなカバースキームで望むのか、それを見定める方が楽しめそうな気がする。
 だが、これはテレビ観戦では不可能。基本的にテレビが映し出すのはボールとその周辺にいる
オフェンスのバックス、OL、ラッシュをかけるDLあたりまでで、LBになるとプレイ開始時
点では画面に入っていてもゾーンカバーに下がると姿を消してしまうことが多い。ましてやDB
などは姿を見せる方がまれ。QBがパスを投げたところで初めてその方面にいるレシーバーとD
Bが登場するのが実態だ。そこに到るまでの両者の駆け引きやQBのパンプフェイクの影響など
は、はっきり言って分からない。
 NFL中継のあり方が今後変わることはないだろう。アメリカで長年かけて蓄積されてきた映
像ノウハウだけに、ボールを中心にDLあたりまで映すという今のスタイルは今後も踏襲されて
いくことだろう。また、NFLのパスハッピーな傾向が変わることもなさそう。NFLで地を這
うようなランプレイが最後に盛んに行われたのは(タック牧田氏の指摘とは異なり)1970年
代だが、その後のルール変更によってもはやそれは過去の話となった。時計を巻き戻すことはな
いだろう。
 結果として、今後もテレビ映像を見ながら「もっとレシーバーとDBの駆け引きが見たい」と
嘆くことが多くなりそうな気がする。かつてのようにプルアウトが増え、複数のバックスを置く
流れが復活すればライン戦だけでも楽しそうだが、それは無理だろう。ランオリエンテッドと言
われるPittsburghですら、ワンバックからのパスプレイ回数の方が多い時代だ。ましてパス大好
きNew Englandになるとパスプレイの際は圧倒的にワンバックばっかり。やれやれ。

 アメフト漫画は相変わらず試合がないのでパス。トリノオリンピックも始まったが基本的に見
ていないのでパス。という訳でナポレオン漫画の外伝を。今回はダヴー。
 まず若い頃のダヴーの絵柄だが、額の後退度合いはこのあたりを参考にしたのかもしれない。
ただし、この絵が描かれたのは19世紀半ば。既にダヴーが死んだ後であり、この肖像画が本当
に1792年当時の彼を目の前に見ながら描いたものでないことは確かだ。要するに、この絵に
ある頭髪戦線が実態をどこまで反映したものかは分からない。本当はもっとフサフサだったかも
しれないし、禿げるにしてもこういう戦線後退型ではなく頭頂部にいきなり橋頭堡を築かれるパ
ターンだったかもしれない。
 ダヴーが離婚経験者であることは事実。ナポレオン、ランヌ、ダヴーの共通点は、いずれも離
婚したことがある点だ。漫画の題材になっている1792年当時はまだ短い結婚生活の最中だっ
た。ちなみにこの最初の嫁は2歳年上だったとか。ダヴーはその後、ルクレールの妹と結婚し、
ナポレオンと姻戚関係になる。
 今回の話は、ある意味予想通りだがデュムリエ関連。彼がフランスを裏切ろうとしたのをダヴ
ーが阻止したという話が元ネタ。もっとも漫画のようにデュムリエは殺されてはいない。彼は軍
を率いてパリへ進軍することを考えていたが、ダヴーのように反対した部下が多かったために諦
めて連合軍に投降した。後にイギリスに渡り、ナポレオンが政権を握った後には予想されるフラ
ンスの侵攻に対抗するための英本土防衛作戦の立案にもかかわったとか。そもそも共和制を支持
していなかったようだが、彼が裏切りまで追い詰められた最大の理由はやはりネールヴィンデン
の敗北だろう。
 もっとも、最近読んだChuquetのJemappesを読む限り、彼は言われているほどろくでもない人
物ではない。例えば彼は、国民公会の政治家たちが目論んだベルギー併合に対して大っぴらに異
論を唱えている。ベルギーはフランス革命とほぼ同時期にオーストリアの支配に対して革命を起
こしたところであるが、フランスと異なりベルギー人が求めたのは昔ながらの特権(特に僧侶の
持つ特権)を守ることだった。啓蒙君主ヨーゼフ2世の性急な改革に対する反発こそが革命のき
っかけであり、封建的特権を守るためにオーストリアを追い出そうとしたのである。結果として
この革命は失敗に終わる。
 デュムリエ率いるフランス軍のベルギー侵攻はややこしい事態を引き起こした。ベルギーの住
民はオーストリアを追い出したフランス軍には感謝していたものの、フランスが突き進んでいた
ような革命に対しては反感しか抱いていなかったのだ。住民の大多数は封建的特権を認めてくれ
るどこかの君主を呼びたがっていたが、フランスはフランス型の共和制(中央集権的で封建的特
権などは軒並みなくすことが前提)を作るか、さもなくばベルギーを併合してフランスの一地方
にすることを望んだ。デュムリエなど一部の人間は、ベルギー人の政体はベルギー人に選ばせる
べきだと考えていたが、フランス本国から送られた派遣議員ら(ダントンなどは現地で酒池肉林
に溺れていたらしい)は武力を活用して強引に併合を実施。これは住民の不満を招き、後にはベ
ルギーで反フランス暴動を引き起こすことにもなった。
 ジャコバン派の政治家よりデュムリエの方が政治的バランス感覚はむしろ優れていたかもしれ
ない。ただし、彼のいた時代は革命の熱狂があらゆるものを押し流す時代だった。加えてデュム
リエの強烈な政治的野心は政治家たちの警戒感を呼び起こすに十分なものでもあった。そうした
事情が重なり、結果としてデュムリエはフランス革命の歴史において悪役と見なされている。
 今回の話にはさらにデュムリエの副官姉妹が出てくる。これはフェルニッヒ姉妹をモデルにし
たものだろう。フェルニッヒ姉妹についてはネイ元帥のサイトに簡単な紹介があるのでそれを参
考にしてもらうのがよさそうだが、彼女らがデュムリエに対して漫画ほど忠実だったかというと
実はそうでもなさそう。
 これまたChuquetによると、彼女たちは確かにデュムリエの国外逃亡に同行した。だが、それ
は姉妹によると「派閥争いのことなど何も知らなかったし、自分たちを養子にしてくれた人物の
言うことを素直に信じただけ」(Chuquet "Valmy" p93)なのだとか。しかし、その行動に対し
て戦友が厳しい視線を向けたことで実情を知った彼女たちは、デュムリエに対して副官を辞任す
ることを申し出たという。デュムリエは確かにネールヴィンデンの敗北まではフランスの英雄だ
ったし、その英雄の言うことだからと疑いもしなかっただけなのだろう。
 彼女らがデュムリエの愛人であったとの指摘は海外サイトなどでも見かけるが、これまた根拠
がよく分からない。そもそも恋愛関係というのはなかなか表に出ないことも多いし、一方で誹謗
中傷のため実体がないのに言いはやされることも多い。ただの勘繰りなのか、本当にそういう関
係があったのか、同時代人でなおかつ当事者との関係が深い人物でなければ判断しづらいのが実
情だ。少なくとも彼女らの言い分ではデュムリエとの関係は「養子」としか触れていない。何か
愛人関係を裏付けるような史料があるのなら見てみたいところだが、おそらくそうした史料があ
るかどうかも含めて藪の中で終わりそうな気がする。
 さらに細かい話をするなら、フェルニッヒ姉妹は双子ではない。姉の方(正確には4人姉妹の
次女)は1770年生まれ、妹(三女)は75年生まれだ。Chuquetが伝える彼女らのエピソー
ドとしては、妹の方が亡命後もフランスの愛国者であり続け、ボナパルトのイタリア遠征が成功
している時に従兄弟に彼の肖像画を送ってくれるよう頼んだという話がある。なお、Gallicaに
は妹の方が記した書簡集が掲載されているが、なぜか199ページ以前が欠落した状態。別にフ
ランスに税金を納めている訳ではないので文句は言えないのだが、できれば全部掲載してもらい
たいものだ。
 と、今回もまた史実との比較をさせてもらったが、何度も言う通り漫画はフィクション、つま
り「嘘八百」なので、別に史実と異なっていても構わない。要は面白ければそれでいいのだ。今
回の副官姉妹はなかなか美人のねーちゃんたちだったし、それも含めてあの話は十分「あり」だ
ろう。今後ともこの調子で描き続けてもらいたいものだ。どこまで掲載が許されるかが最大の問
題だろうけど。
 で、次の外伝は誰になるんだろうか。


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 2月11日

 日記ならぬ週記である。


 実は転勤が決まり、引っ越し準備などに忙殺されている。先週サボったのもそれが主な理由。
とりあえず近くにブックオフがあるのでこれを機にため込んだ本を少しでも処分しようとしてい
るのだが、これがやたらと多い。既に500冊ほど処分したはずだが、まだ未処分のものが残っ
ている状態。昔のオレに言いたい。もう少し考えて本を買えよ。
 いずれにせよしばらくは書籍の処分などでバタバタしそうなので、こちらの更新も滞る可能性
が高い。見逃していただけるとありがたいのだが。

 NFLではとうとうPittsburghが5回目の優勝を達成した。プレイオフでアウェイ3連戦を勝
ち上がったのは過去にNew Englandの例があったが、そのままSuper Bowlまで制したのは初。ま
たRoethlisbergerはBradyの持っていた最年少優勝QB記録を更新するなど、結構記録ずくめな
優勝である。New Englandファンとしては残念だが、またNFLファンとしてはプレイオフ終盤
の試合展開が今一つだったのも物足りないが、何はともあれおめでとうと言っておこう。
 なお、これで2000年以来続いてきた「ディフェンスの強い方が勝つ」という傾向は今回も
守られた。およそ4年に1回のアップセット(シーズンの勝ち数が少ない方が勝つ)という流れ
も続いている。だとすると、Seattleファンはご愁傷様だ。2000年のNew York Giants以降、
NFCのチャンプは翌年必ず負け越すことになっているので。それにAlexanderがランで「悪魔
の数字」370キャリーを記録したのも不安材料。
 あとPro Bowlも残っているが、もうこれでシーズンは終わったも同然だ。9月の新しいシーズ
ンに向けて我がNew Englandの課題を考えると、まずは今シーズンのディフェンス崩壊の原因を
探ることが第一だろう。単純にケガなのか、既に辞めたManginiの問題だったのか、そうではな
くてBelichickのディフェンス自体が既に研究し尽くされているのか。そこを読み間違えると同
じ過ちを繰り返すことになる。また、オフェンスではランの建て直しが明らかに必要だ。Brady
は時に逆噴射することがあるものの、基本的に勝負強いQBではある。彼を楽にさせるためには
04シーズンのようにリードを奪ってランで時間をつぶす展開に持ち込むべきだろう。それが高
い勝率につながることは、今シーズンのPittsburghが証明している。もちろん、優先順位として
はディフェンス建て直しの方が先だが。個人的には01シーズンのように大半の試合で敵を20
点未満に押さえてもらいたいところである。

 アメフト漫画は試合がないのでパス。ドラマ氷壁もこのところ山登りのシーンがないのでやは
りパス。あまりに字数稼ぎにならないので、他の漫画の話でも。
 一つは引っ越し準備で本をひっくり返しているうちに見つけた「帯をギュッとね!」。いやあ
懐かしい。思わず座り込んで手に取ってしまった(こういうことをしているから時間がなくなる
のだが)。全巻見つけた訳ではないのであちこち飛ばし読みだが、やはり面白い。個人的には好
きな話である。
 スポ根物としては中途半端だとの声もあるが(特に前半)、その一方で前半部の方が好きだと
いうファンがいまだに多いことはネットを見ても分かる。私もそれには同意。むしろスポ根傾向
が強まった後半は王道展開すぎてあまり面白さを感じない。ぬるい話が続く前半部の方が、今読
み返しても楽しい。テニス部を巻き込んだ合宿の話とか、度胸をつけるため町中でガンをとばす
場面とか。それにしても学園物の方が面白いというのは私もついノスタルジーにふける歳になっ
てしまったということだろうか。思えば学生のころはのんきだったよな。通っていたのは男子校
だったけど。
 それと、私にしては珍しくキャラ話をするが、ネット上でいまだに「杉と海老塚をくっつけて
ほしかった」という声が多かったのには驚き。あの話はあれできれいに終わっているから十分だ
ろうと個人的には感じているのだが、そう思わない人も多いようだ。まあ、あの作者に恋愛を描
かせるのはそもそもまずいとの意見もあったけど。
 もう一つの漫画はブックオフで立ち読みした「げんしけん」。話題になっている作品だし、こ
れまで見かけたことがなかった訳でもないが、まじめに通して読んだのは初めて。そしてまず思
ったのが、オタクに対する世間の見方の変遷だ。
 私が大学生だったころには、そもそもオタクという言葉自体一般的ではなかった。あれが本格
的に広まるきっかけとなった宮崎事件が起きたのは私の卒業後。その後もしばらくオタクは否定
的な意味合いで使われていたと思う。もちろん、ここに来て様々なコンテンツの源泉となったり
秋葉原が大きく変化したりと、オタクを巡る環境が変わっていたことは知っていたが、それでも
こういう作品が評判になり、アニメ化される状況を見ていると、やはり時代が変わったなあとい
う感じがする。こういう時代に生まれ、思春期を過ごした人間は、オタクに対する考えが私の世
代とはかなり異なるのではないだろうか。これまた要は「オレも歳をとった」ということなのだ
が。
 自分自身の大学時代を振り返ると、オタサークルではなかったものの、のんべんだらりとダベ
ることが主な目的であるサークルに所属していたところは同じ。メンバーの濃度はある意味では
こちらの方が上だったかもしれない。オタク的素養がある人も結構いた。そのあたりまでは懐か
しさを感じる部分だが、一つ決定的に違う部分がある。それは女だ。
 こちらのサークルに女がいなかった、というのではない。むしろ、女がいる場合、必然的に発
生する問題が漫画の中ではかなり薄められているという点が違いだ。普通、サークル活動で異性
が絡んでくると、必ずそこには鞘当てが生じる。私自身はあまり人間関係に深入りしなかったの
でとばっちりは食らわなかったものの、こちらのサークル内部でも色々とあったようだ。ゼミの
教授がゼミ生間の水面下での争いで苦労したと話していたこともあったし、いい歳した男女が多
数集まればそういった話があるのが当然だろう。
 その意味では、やはりこの作品は漫画である。オタクの痛い部分を色々と描いていると評判で
はあるが、人間の一番痛い部分についてはできるだけさらりと流して読み手に負担をかけないよ
うにしている。そういうバランス感覚が売れる作品となった要因、かもしれない。閑話休題。


 今回は「ガリア戦記」の後半部。基本的には前半と同じなのだが、一応並べて書いておく。ま
ず白兵戦をやった場面。

1)ウォレヌスは剣で渡り合い、一人を殺して他のものをやや押しまくった(第5巻44)

2)味方は槍を棄て剣で闘った(第7巻88)

 前半部には4つあった白兵戦の場面だが、後半はたった2つしかない。トータル全7巻でたっ
た6ヶ所。カエサル時代のローマも、クセノポンのギリシア兵同様、滅多に白兵戦をしなかった
ことが改めて確認できる。
 一方、飛び道具を使った射撃戦は以下のようになる。

1)その指令は忠実に守られ、どのコホルス隊が円陣を離れて出ても、敵は忽ち後に退いた。す
ると、その円陣の部分は裸になるわけで、その露出したところへ敵のテラを受けた(第5巻35)

2)円陣の場所を固守すれば武勇のふるいようがなく、多勢から投げ込まれるテラの避けようも
なかった(第5巻35)

3)攻囲の七日目に烈風が吹くと、ガリア風に茅葺きされた小屋に向って、敵は捏ねた粘土を焼
いた弾丸を投石機で、また投槍を真赤に焼いて投げつけた(第5巻43)

4)ところが兵士は勇気があり沈着であったから、四方を焔で焼かれ、無数のテラを投げつけら
れ、荷物と財産が火につつまれるのを見ても、誰一人として堡塁を離れるものがなく、後を振り
向くものすらなくて、皆がはげしく勇敢に闘った(第5巻43)

5)そこで四方から石を投げて駆逐し、その塔には火をかけた(第5巻43)

6)僅かな距離を置いてプロは槍を投げ、多勢の中から駆け出て来た一人のものを貫いた(第5
巻44)

7)その人は傷ついて死んだが、敵はこれを楯で蔽い、皆でプロにテラを投げて前進をとめた
(第5巻44)

8)味方が堡塁にも姿を見せないので一層迫って来て、四方から堡塁の中へテラを投げ込み、伝
令を廻して、ガリー人でもローマ人でも三時前に出て来たものには乱暴しないが、それを過ぎた
ら許してやらない、と伝えさせたりした(第5巻51)

9)敵の騎兵はいずれもテラを堡塁に投げ込んだ(第5巻57)

10)敵の騎兵はテラを投げ、さんざん軽蔑して味方に挑戦した(第5巻58)

11)味方は鬨声を上げると直ぐ敵に槍を投げた(第6巻8)

12)或るものは防壁から攻牆に向って松明や乾した木材を投げ、火をかき立てるために瀝青その
他を注いだので、まずどこにかけつけたらよいか、どこを助けなければならないか、殆ど判断で
きなかった(第7巻24)

13)アウァリクムの町の門の前で一人のガリー人が手渡される瀝青や塊を塔を焼こうとする火中
に投げこんでいたが、小弓機で右から貫かれて倒れ死んだ(第7巻25)

14)多くのものがおびただしい矢と種々なテラのために傷ついたが、廻転機は敵をふせぐのに役
立った(第7巻41)

15)最初の戦闘で第七軍団が守っていた右翼から敵は崩れて敗走し、第十二軍団がいた左翼では
敵の第一の戦陣が槍(telis)で貫かれて斃れた(第7巻62)

16)町に包囲されているものが自分らの来たことを知るための信号として不意に鬨声を挙げ、編
柴を投げつけ、投石や矢や石でローマ軍を堡塁から駆逐すると、襲撃に必要なことにとりかかっ
た(第7巻81)

17)ローマ軍はそれまでに銘々の持場が割り当てられていたので堡塁に拠り、投石や大石や工事
で配置した杙や弾丸でガリー人を閉口させて追い払った(第7巻81)

18)多くのテラが廻転機で投げられた(第7巻81)

19)ガリー人は堡塁から遠く離れている時は無数のテラでかなり優勢だったが、近くへ来てから
は思いがけない刺を踏み、溝に落ちて突き刺され、堡塁や塔からの壁槍(pilis muralibus)で
貫かれて死んだ(第7巻82)

20)敵の或るものはテラを投げ、或るものは亀甲陣を組んで前進し、新手は次から次と疲れたも
のにとって代った。(第7巻85)

21)準備したものを皆そこに集め、防戦する味方を無数のテラで塔から駆逐すると土塊や編柴で
壕を埋め、破壁鈎で堡塁や胸垣を壊した(第7巻86)

 15)は日本語訳では「槍」になっているが、Perseus Projectに載っているラテン語を見ると
telis、つまりテラと書かれており、飛び道具であることは確実。従って後半部で飛び道具を使
ったのが確認できる場所は21ヶ所に達する。前半部の18ヶ所とあわせると39ヶ所に達し、
白兵戦の6.5倍に達する。
 要するに実際の戦争を目の前で何度も見たはずのカエサルにとって、戦闘とはその大半が飛び
道具を使った射撃戦であった、ということだ。もちろん、彼がどれほど正直に記録しているかは
今となっては分からないが、それでも古代においては数少ない一次史料にこうした傾向が見られ
ることは無視できないだろう。
 実際、初めてガリア戦記やアナバシスを読んだ時には、やたらと飛び道具の使用が多いのが目
についた。短剣を使うローマ兵、長い槍を使ったファランクスのギリシア兵というイメージが強
かったので、文章を読んで違和感を覚えたほどだ。だが、改めて考えてみれば、むしろおかしい
のは短剣や槍を主に使用していたという私自身のイメージの方であり、そのイメージ形成の背景
にある一般的な概説書の方だったのだろう。今ではそうしたものよりも、ガリア戦記やアナバシ
スに書かれた具体的な傾向の方を重視するようになっている。


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 1月28日

 日記ならぬ週記である。


 NFLではとうとうPittsburghがSuper Bowl出場だ。ホームでChampionshipをしない方がいい
などと冗談で書いていたら本当になってしまった。いや、それどころかこの勢いだとSuper Bowl
そのものすら勝ってしまうかもしれない。何しろSuper Bowlの歴史を見ると4年に1回くらいの
頻度でレギュラーシーズンの成績が悪いチームが勝ってしまうアップセットが生じている。前回
のアップセットは2001シーズンのNew England。条件は揃っている。
 アメフト漫画は試合がないのでパス。アメフトクリニックは前にもやったような気がするがサ
ックに関する話で、FavreとVickがそれぞれ捕まっていた。Vickはああ見えて意外とサックの多
い選手なので出てきても違和感はないが、Favreは何故出てきたのだろうか。引退目前なので今
の内に使っておこうとでも考えた人がいるのかもしれない。
 テレビではドラマ氷壁の第二話まで視聴。テレビドラマであることを考えれば、二回目はかな
り良かったのではないだろうか。何しろ原作、じゃなくて原案では小坂はかなりあっさり滑落し
てしまうので、こちらも「どうせすぐ山のシーンは終わるのだろう」と思っていたら、ほぼ1回
分を使って延々山登りのシーン。ネットの感想を見ると詳しい人間の中には不満を抱いている向
きもあるようだが、映画ではないのだからこれで十分だろう。実際、見ていて「蒼天の白き神の
座」をプレイしたくなった(登りたくなったと言わないところが奥ゆかしい、訳ではなく単なる
へたれ)。問題は3話目以降だ。山のシーンが減ると見るのが辛くなるかもしれない。そうした
らネット上で評判の高い「運命を分けたザイル」でも借りてくることにしよう。閑話休題。


 さて、しばらく前に「アナバシス」の分析をやったが、今回は同じく古代の文献からカエサル
の「ガリア戦記」に関して同様の分析をやってみたい。古代の戦闘において、射撃戦と白兵戦の
どちらが多かったのか。クセノポンとカエサルという、いずれも自分自身が目撃した戦闘に関す
る記録を残した人物の証言を調べることで、できるだけ実像に近い傾向を導き出したいというの
が理由だ。
 前にも書いた通り、アナバシスでは白兵戦に該当するものは極めて回数が少なく、大半は射撃
戦であった。遠戦指向は古代ギリシアでは間違いなく存在した。一方、マケドニアのアレクサン
ドロスについて書かれた本の中には白兵戦が描かれた場面も多いが、実はこの時代については一
次史料がほとんどないのでその描写は当てにはならない。頼れるのは紀元前1世紀、古代ローマ
の将軍カエサルが残したこの「ガリア戦記」の方だ。少なくとも「ガリア戦記」は現場に居合わ
せた人間による記録である。
 では早速、白兵戦の方から調べてみよう。ガリア戦記前半(第1巻から第4巻まで)で白兵戦
用の武器を使って戦ったことがほぼ明らかに確認できるのは、以下の4例だ。

1)それをくずすと剣をぬいて切りこんだ。ガリー人の楯の多くは槍の一撃で破れてからげられ、
槍の穂先の鉄が曲ってしまうとぬき取ることもできず、左手が不自由では思うように戦うことも
できないので非常に困り、多くのガリー人は暫く腕をふっていたが、むしろ楯を手から外して身
を蔽うものもなく戦うようになった。(第1巻25)

2)合図があると味方ははげしく敵を攻撃し、敵も不意に素早く押しよせたので、敵に槍を投げ
るひまもなかった。槍を棄てて剣による打ち合いとなった。ゲルマーニー人はいつものように忽
ち方陣を造って剣の攻撃をうけとめた。味方の多くのものが方陣に跳り込んで、手で楯をどけて
は上から傷を負わすのが見られた。(第1巻52)

3)河を渡ろうとするものにつめより、困っている多くの敵を剣で殺した。(第2巻23)

4)抗戦しようとする味方に敵はいつものようにとび下りて、下から馬をつき刺して多く落馬さ
せ、他のものも敗走させた。(第4巻12)

 1)で言う「槍の一撃」とはローマ軍の投槍によるものだが、その後で「剣を抜いて切りこん
だ」ローマ軍に対してガリー人が「身を蔽うものもなく戦うようになった」とあるので、剣によ
る白兵戦が行われたと見なしても構わないだろう。2)と3)も明らかに剣による戦闘。4)は
実は槍で馬を突き刺す描写であり、厳密には人間同士の白兵戦とは言えないが、飛び道具の使用
ではないため白兵戦に入れておいた。
 「アナバシス」に比べて特徴的なのは、この一連の白兵戦がいずれも野戦の最中に生じたもの
であること。アナバシスでは市街戦や攻城戦に絡む白兵戦が中心だったのに比べるとローマ軍の
方が野戦でも積極的に切りあいをしていたことが窺える。
 だが、それでもたった4例に過ぎない。ガリア戦記は1年の出来事を1巻にまとめているので
この4例が4年の間に確認できた白兵戦の全てだ。それに対し、テラ(槍、矢など投げつける物
全般を指す)に代表される飛び道具を使用した射撃戦の数は圧倒的に多い。

1)堅固な工事や兵士の集結やテラなどによって撃退され、そのこころみをあきらめた。(第1
巻8)

2)兵士は高地から槍を投げて苦もなく敵の方陣をくずした。(第1巻25)

3)敵は車を堡塁にしてその上から肉迫する味方にテラを投げ、或るものは車や車輪の間から矛
や槍を投げつけては味方を傷つけ、長い戦闘の末に味方は荷物と陣地をとった。(第1巻26)

4)アリオウィストゥスの騎兵隊が塚に近づいて味方に迫り、石やテラを味方に投げかけたとカ
エサルに伝えられた。(第1巻46)

5)屍を越えて渡ろうとする勇敢なものも沢山のテラで撃退し、渡って来た先頭は騎兵で取巻い
て殺した。(第2巻9)

6)敵がテラのとどく距離にいたので戦闘開始を合図した。(第2巻21)

7)左側で陣を布いた第九、第十軍団の兵士は、駈足の疲労で息を切らし、そのうえ投槍のため
に負傷したアトレバテース族――この部族と出あった――を忽ち丘から河へ追いおとし(第2巻
23)

8)他のものも動きは鈍く、後備にいたものは脱落して戦闘からぬけテラを避けており(第2巻
25)

9)生き残ったものは更に死体をつみ重ねてその山からローマ軍にテラを投げ、槍をつかんでは
投げ返した。(第2巻27)

10)堡塁や塔からテラを投げる味方に対して不利な立場に置かれた敵はいよいよ大詰めとなり、
武勇に最後の望みをかけて戦った。(第2巻33)

11)敵は合図とともに四方から駆け降り、石や重槍を堡塁に投げつけた。味方も最初は士気に溢
れて勇敢に抵抗し、一つのテラも無駄なく高所から投げつけ(第3巻4)

12)すぐ兵士に伝えて暫く戦闘を中止させ、投げられたテラを受け止めるだけにして疲労を回復
させ、それから合図とともに陣地から突撃をし、最後の望みを武勇にかけることにした。(第3
巻5)

13)ローマ軍は敵の船を撞角で破れず――それは頑丈なものであった――、また高いのでテラを
投げつけるのも困難で、掴機で捕えることも簡単にできなかった。(第3巻13)

14)塔は立てられたものの、野蛮人の船の船尾はこれより高かったので、テラが低い位置からは
うまく投げられなかったのに、ガリー人の投げるものは激しく降って来た。(第3巻14)

15)或るものは壕を埋め、或るものは無数のテラを投げて堡塁を守るものを駆逐し、(中略)敵
もまた決然と怯まず闘って上から投げ下すテラは無駄なく降りそそいだ。(第3巻25)

16)両手が自由で土地にも明るい敵は陸地から、時には少し水に入ってまではげしくテラを投げ、
ものなれた馬をさかんにのりまわした。(第4巻24)

17)馬に鞭うって困っている味方を襲い、多勢で無勢を取り囲み、かたまったものには露出した
側面からテラを投げつけた。(第4巻26)

18)陣地から僅かばかり前進すると、味方が敵に圧迫されて苦闘を続け、その密集した軍団に四
方からテラが投げられているのを見た。(第4巻32)

 全18例、白兵戦の約5倍だ。敵も味方も飽きることなく物を投げまくっている。アナバシス
のギリシア人に比べれば白兵戦を厭わない傾向のあるローマ人だが、それでもやっぱり戦闘の大
半は射撃戦。ギリシア人が投石ならこちらは槍を中心としたテラが主役となっている。
 ガリア戦記を読めば分かるのだが、ローマ軍は徹底して野戦築城を行うのが特徴である。ほと
んど築城らしきことをしないギリシア軍とは異なり、ローマ軍はまず堡塁と壕を構え、相手の攻
撃に対する構えを万全にすることに異常なほどの執念を燃やしている。そして、堡塁と壕の背後
に控えたローマ軍が相手を攻撃する方法となると、剣のような白兵戦用武器は届かないのだから
当然のように飛び道具が使われる。射撃戦の描写が多いのはある意味当然なのだ。
 また、4)や17)を見ると、騎兵もまた飛び道具を使って戦っていることが分かる。このあた
りはクセノポンが記した「騎兵隊長について」や「馬術について」に書かれていることと同じ。
古代の騎兵は必ずしも白兵戦を中心としていた訳ではないことが窺える。
 さらに、実際に射撃戦が行われている訳ではないが、相手の戦い方を紹介している場面で射撃
戦が使われていることを示す描写が二ヶ所ある。

19)ベルガエ人の襲撃は次のようにガリー人のものと同じである。大挙して防壁をとり囲むと、
まず四方から防壁に石を投げかけ、防壁を護るものを一掃すると亀甲陣をつくって押し寄せ、防
壁を切り崩す。これはむずかしくない。というのも大挙して石や槍を投げると誰も防壁の上にじ
っとしていられなくなるからである。(第2巻6)

20)戦車の戦法は次のようである。まずあちらこちらに乗り廻してテラを投げ、多くの場合、馬
でおどし車輪の音で列を乱し、仲間の騎兵隊の中にもどると戦車からとび下りて徒歩で闘う。
(第4巻33)

 19)は城攻めに関する説明。面白いのは亀甲陣についての説明だろう。おそらく密集した兵士
が楯で側面と頭上を覆い、甲羅に守られた亀のようにして前進する陣形のことを言っていると思
うのだが、カエサルはこの陣形を白兵戦用とは言っていない。むしろ彼によれば重要なのは亀甲
陣を組むことよりも、その前に「大挙して石や槍を投げる」ことにあるのだそうだ。そうやって
防壁の上にいる敵を排除してしまえば、亀甲陣の前進も簡単になる。城攻めで効果を発揮するの
は楯による装甲ではなく飛び道具なのである。
 20)も面白い。ブリタニアの原住民がどのように戦車を使っているかについての説明だが、戦
車に乗った人間は白兵戦を一切していない。彼らの役割は戦車の上から「テラを投げ」ることと
馬及び車輪の音で相手を混乱させることにある。戦車そのものは馬と並んで心理的ダメージを与
える役目を担い、物理的ダメージは飛び道具によって賄う。白兵戦用の武器が顔を出す余地はど
こにもなさそうだ。

 とりあえず前半部だけ分析してみたが、基本的な傾向は「アナバシス」と変わらないと言って
いいだろう。古代ギリシア人も、古代ローマ人も、基本的な戦い方は射撃戦だった。中心的に使
う武器こそ、ギリシア人は石、ローマ人は投槍という差があったものの、遠距離から投げる物で
ある点は同じだ。この結果に、アメリカ独立戦争やナポレオン戦争、南北戦争といった時期の負
傷内訳を通じて調べた武器の有効度も並べて考えれば、結局のところ「戦闘はいつの時代も遠戦
指向」という結論になる。剣を抜いてのチャンバラは、映画やテレビの中でこそありふれている
が、現実にはどちらかといえば珍しいものだったと考えた方が良さそうだ。


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 1月21日

 日記ならぬ週記である。


 NFLではNew EnglandがDenverに敗北。負けは予想通りだが、内容はちと予想外だった。デ
ィフェンスはかなり踏ん張ったもののオフェンスにミスが続出。5ターンオーバーではそりゃ勝
てない。もっとも、本来ならこの結果も予想していなければいけなかったところだ。先週の試合
では4ファンブルで1つもロストしないという幸運に恵まれたのが勝因の一つ。今週はコインの
裏側が多かっただけのことだ。こんなにファンブルばかりしていたのではそりゃプレイオフには
勝てない。ファンブルした3人は深く反省するように。
 Samuelのインターフェアに対して不満を述べる向きもあるようだが、1TD差ならともかくこ
の点差ではあれだけが敗因とは言えないだろう。Bradyのインターセプトももちろん拙かったが
これは今シーズンのプレイスタイルからは避けられないところ。そもそも前半の4&1でランで
はなくパスに行かざるを得なかったあたりで、Bradyコケたら皆コケたというオチが予想されて
はいた。
 逆にディフェンスはよくここまで持ち直したと感心した。ダメチーム相手ではなくDenverをこ
れだけのオフェンスに押さえ込んだのは評価するべきだろう。遺憾ながら立て直すのが遅すぎた
訳だが。
 しかし、今週の試合でもっとも驚きだったのは間違いなくPittsburgh @ Indianapolisだ。い
ったいDungyとManningはどれほど勝負弱いのだろうか。今年勝てなければもうしばらく勝てそう
にないだけに、この試合結果はファンにとってもかなり辛いものになりそう。
 この試合での注目はもちろんManningを押さえ込んだPittsのディフェンスもさることながら、
やはり先手を打って勝利を掴んだRoethlisbergerだろう。何しろ彼は計197ヤード稼いだパス
のうち147ヤードを第1Qに投げているのだ。レーティングは130超。Big Benは元々第1
Qは異常に得意で、シーズンでは11.7ヤード/試投を記録しているほどだ。そしてアメフトとい
うスポーツは先手を取る方が有利。Pittsburghにとっては実に力強い指標だし、昨シーズン終了
後に「今後はBenに注目」と書いた私にとっても予想が当たったということになる。
 ただ、一方でこれはあまりよくない傾向でもある。Football Outsidersによると今シーズンの
Pittsは3rd downの成績が全体に悪かったとか。それで11勝5敗を記録し、プレイオフできっ
ちり勝ち上がっているのである。3rd downだけ飛びぬけて悪かったチームは翌年、成績が大きく
向上する傾向が強い。要するに来年もまたいい成績を収める可能性があるのだ。New Englandは
同じAFCにいるだけに嫌な話である。
 結果としてChampionshipはAFCがPitts @ Denver、NFCがCarolina @ Seattleとなった。
本命Indyが消えたので繰り上がりで本命Seattle、対抗Denverと見るのがいいだろうが、残る2
チームの勢いも侮れない。問題は、残ったチームがどれも正直嫌いなチームばかりという点(敢
えて言えばCarolinaがマシ)。まあ好き嫌いは別として面白い試合をしてほしいものだ。
 プレイオフ以外ではHCが続々と決まっている。JetsはよりによってManginiをHCに採用。
New Englandのディフェンスを崩壊させた張本人、かもしれない人物を採用しようというのだか
ら、なかなかのチャレンジャーだ。というかBelichickを取られた恨みかも。代わってDCに昇
格したのはLBコーチのPeas。DLコーチであるPepper JohnsonがDCになるという話もあった
そうだが、私の記憶にあるJohnsonはLT(Tomlinsonじゃないぞ)と一緒にLBをやっていた選
手のイメージが強いので、その彼がコーチとしてここまで評価されているのは感慨深い。OCを
どうするかという話はまだ聞こえてこないが、実質OCだったJosh McDanielsが引き抜かれでも
しない限り彼が責任を負うのであろう。
 他のHCも続々決まっている。DetroitはTampa BayのDLコーチだったMarinelliをHCに決
定。New OrleansはDallasのアシスタントPayton、St.LouisはMiamiのOC、Linehanをそれぞれ
HCとしている。St.Louisのようにオフェンス畑のHCを採用し続けるのは首尾一貫しているの
で評価できるが、Detroitは正直どうなんだろう。Mariucciをクビにして次がディフェンス畑と
いうのは、首脳陣の腰が据わっていないことを示すのではなかろうか。ファンがFire Millenと
騒ぐ気持ちも分からなくはない。
 いずれにせよ、泣いても笑っても実質あと3試合(Pro Bowlは試合とは言えない)。ファンと
しては例年より早いオフシーズン入りとなってしまったが、残りも楽しませてもらいたい。閑話
休題。


 Robert Goetzの"1805: Austerlitz"を読了。会戦200周年で出版された数少ないアウステル
リッツ本の一つだが、いや実に面白かった。一応、戦役の経緯なども書いているが内容の3分の
2近くはアウステルリッツ会戦そのものに焦点を当てている、まさにアウステルリッツ本。そし
て、この会戦について新しい知見を得られる本でもある。
 色々と取り上げたい部分は多くあるし、その中には「大陸軍 その虚像と実像」で紹介する予
定のものもあるが、まず一つ書いておきたいのはプラッツェン高地を前にナポレオンとスールト
が交わした会話に関する点だ。ナポレオンがスールトに、あの丘に登るにはどのくらいの時間が
かかるかと問いかけ、彼が答える場面なのだが、Goetzは「10分」と答えたと書いている。
 これを読んで私は一瞬、戸惑った。これまで読んだ本では大半がスールトの回答を「20分以
内」だったと伝えている。どうして10分という数字が出て来たのだろうか。気になって脚注を
調べてみると、セギュールの回想録にそう書かれているそうだ。
 たまたまそのセギュールの回想録"Memoirs of an Aides-de-Camp of Napoleon"も購入してい
たので早速確認。確かにTen minutesと書いてある。できればフランス語の原典まで確認したい
ところだが、残念ながらGallicaにこの回想録は収録されていないようだ。ここはとりあえず翻
訳者を信用してセギュールは「10分」と書いたものと見なす。
 では、他のアウステルリッツ本の著者はなぜ「20分以内」と書いたのだろうか。まず英語圏
ではアウステルリッツ本の古典にもなっているChristopher Duffyの本を調べてみる。Duffyが何
を根拠に「20分以内」と記したのかを見ると、脚注に出てくるのはティエボーの回想録だ。そ
して、幸いにこちらの本はGallicaに収録されている。同書第3巻の当該ページを見ると、そこ
には確かに"vingt minutes"という文字が出てくるのだ。
 セギュールは10分と書いている。ティエボーは多くて20分と記している。一体どちらが正
しいのだろうか。まずそれぞれの本の出版年をNapoleonic Literatureで確認してみよう。する
とセギュールの本が1873年、ティエボーの本は1893年から95年にかけて出版されたこ
とが分かる。いずれもアウステルリッツからはかなり時間が経過している。もっと言えばセギュ
ールの没年は1873年で出版と同じ年、ティエボーに到っては没1846年で死後の出版とい
うことになる。
 普通なら出版時期の古いセギュールの方が蓋然性が高いということになるのだろうが、このケ
ースではそうとも言い切れない。何しろティエボーは1846年には死んでいるのであり、当然
彼の回想録もそれ以前に書かれた筈になる。となると実はティエボーの本の方がセギュールより
古く、それだけ信頼性が高い資料ということになるかもしれない。一方、ナポレオンとスールト
が会話を交わした現場にいた可能性が高いのはティエボーよりセギュールの方だ。ティエボーは
スールト麾下第4軍団の旅団長であり、この時には帝国司令部ではなく自分の部隊と一緒にいた
と見られるのに対し、ナポレオンの副官であったセギュールはナポレオンとスールトの会話を実
際に耳にすることができたと考えられる。ただ、最終的な出版時期を考えるなら、正直どちらも
頼りにするには新しすぎる本ではある。
 それに、そもそもこの挿話の元ネタがこの両者の本だと断言するのは難しそうだ。Chandlerの
"Campaign"にも同様に「20分」という話が載っているのだが、彼が参考文献に挙げたのは、実
はナポレオンの書簡集なのである。ナポレオン3世の時代にまとめられたこの全32巻の資料は
文字通りナポレオンの書簡と、それ以外に公報やセント=ヘレナでの回想などをかき集めて作ら
れた重要な文献なのだが、私の手元には存在しない。こちらのサイトにはその一部が掲載されて
いるが、1805年12月前後を調べてもナポレオンとスールトが交わした会話に関する記述は
発見できなかった。ただ、ナポレオンの書簡集に元ネタが存在すること自体は、こちらのサイト
にこの挿話が出てくる点からもほぼ間違いなさそう。
 要するにセギュールもティエボーも、ナポレオンの書簡集に載せられたナポレオンの書簡だか
公報だか回想あたりから引き写しただけ、という可能性が高いのだ。となると残る問題は二つ。
そもそもナポレオンの書簡集には「10分」と書いてあったのか、それとも「20分」と書いて
あったのか。この問いに対する答えはおそらく「20分」でいいだろう。Chandlerを疑うだけの
理由はない(安易に信じるのも問題だが、確認の手段がないのでとりあえず信用する)。ナポレ
オン自身はスールトの答えが「20分」だったと唱えていたのであろう。
 ではもう一つの疑問、セギュールはなぜ「10分」と書いたのか。単に勘違いでそう回想録に
記してしまっただけなのか、それとも「10分」と信じる理由があったから(あるいは自らそう
スールトが答えるのを聞いたから)そう書いたのか。このあたりになるともはや真相は藪の中。
スールト自身の回想録に答えがあれば面白いのだが、残念ながらスールトの子孫はいまだにアウ
ステルリッツを含む時期の回想録は出版しようとしないらしい(それより前と後は出版済み)。
なお、実際にプラッツェンの丘に登るには30分ほどかかるとか。
 他にこの本に関しては、Duffyが紹介している「ナポレオンは当初はプラッツェンでの中央突
破を考えていなかった」説を採用しているという特徴もある。会戦が始まった時点でナポレオン
は連合軍右側面を叩くことを考えていたが、連合軍の対応が予想外だったために途中で方針を変
更。中央を突破してそこから連合軍左翼を包囲する作戦に切り替えた。GoetzがDuffyと違う点と
しては、Duffyが主にバグラチオンの対応ゆえにナポレオンが方針変更を余儀なくされたとして
いるのに対し、バグラチオンだけでなくリヒテンシュタインやコンスタンティンといった連合軍
右翼の各部隊指揮官のそれぞれの対応が結果としてナポレオンの作戦を狂わせたと見ている点。
特にリヒテンシュタインの騎兵による朝方の突撃とその後の騎兵戦が長引いたことがランヌの移
動を遅らせ、作戦全体の変更につながったようだ。
 また、プラッツェン高地を巡る戦闘が通説より1時間ほど長く続いたと指摘しているのも注目
される。もっとも一般向けの書物ではそもそもプラッツェンはほとんど戦闘もなく占領されたか
のように描かれているのが大半なので、この1時間程度の差は普通の読者が読んでもさして感銘
を受けないかもしれない。
 何より最も面白いのは、ロシア近衛部隊に関する説明だろう。一般に描かれているのとはかな
り異なる動きをしていたとGoetzは唱えている。このあたりは上にも記した通り「大陸軍 その
虚像と実像」で取り上げるつもりだ。