革命政府のプロパガンダ



 大衆を巻き込んだ戦争の時代においてはプロパガンダが重要な役割を果たす。フランス革命戦争の時代もそれは同じで、革命政府は様々な手法で自らの正当性を国民に訴えかけた。もちろん、対象となる「国民」の中には戦場で戦う兵士たちも含まれていた。

 兵士たちに対する革命政府の宣伝手法として、最もよく使われたのが新聞の配布だ。パッシュが軍務相だった1792年12月にまず"Bulletin de la Convention Nationale"の配布を始めたのが最初で、後にブーショットが軍務相になると数多くの革命派の新聞が軍隊内に配られ、集まった兵士たちの前で読み上げられたという。

 代表的な新聞としてはエベールが出版していた"Pére Duchesne"が上げられるが、他にもマラーの"Publiciste de la Révolution Française"も短期間ながら軍内で配布されていた。エベールだけで11万8000リーブルの予算を軍務省からもらって180万部もの新聞を配ったそうだ。こうした新聞が兵士たちに対する革命理念教育の道具に使われていた。

 やがては各方面に展開する軍が内部で作成する新聞なども登場したという。これなどは後にボナパルトが自らの宣伝媒体として活用するようになった各種の「公報」のはしりと言えるかもしれない。面白い新聞としてはカルノーが特に兵士向けに作った"Soirée du Camp"がある。親しみやすい言葉で話し掛ける元兵士Va-De-Bon-Coeurが登場するのが特徴だが、カルノーの立場を反映してテルミドリアン寄りの主張が掲載されていたようだ。

 新聞と並んで広く配布されたのが、革命歌だ。簡単な旋律に乗せて歌うことができる革命歌は、革命イデオロギーを兵士たちに深く浸透させるには絶好の手法だったと言える。実際、この時代には新しい歌が次々と作られた。89年に116曲、90年に261曲、91年308曲、92年325曲、93年590曲、そして94年701曲といったペースだ。

 こうした歌もまた軍務省の手によって印刷され、配布された。有名な歌としては"Carmagnole"や"Ça Ira"などがある。もちろん、クロード=ジョセフ・ルジェ・ド・リルの"La Marseillaise"もよく歌われていた(回想録などには戦闘中に歌ったと記しているものもある)し、エティエンヌ=ニコラ・メユールが作曲した"Le Chant du Départ"もよく知られた歌である。

 革命イデオロギーを広めるために強力した芸術家は別に作曲家だけではない。たとえば多くの画家が様々な革命関連の絵を描いてそのイデオロギー流布に協力している。兵士たちの姿を描いたものとしてはマレの"Le départ d'un volontaire"などがあるが、ここでも有名なのはジャック=ルイ・ダヴィド(後にナポレオンの御用画家となった)だろう。彼が1793年に描いた"La mort de Bara"は、王党派との戦闘で死んだ少年Joseph Baraの姿を描いたものだ。ロベスピエールはこの少年を革命の英雄が葬られているパンテオンに埋葬しようとした。

 フランス革命期の兵士たちに対するプロパガンダとしては、他に各種のイベントや演劇なども使われていた。前線近くの町では兵士たちが招かれて革命イデオロギーと愛国心を高めるような演劇が行われたし、最高存在の祭典のような各種の祭でも、国民衛兵のような兵士たちが重要な役割を果たした。政府があらゆる方法で大衆を動員しようとした様子が窺える。

 もっとも、兵士たちがこうしたイデオロギーを素直に受け取っていたのはごく限られた期間にとどまっていたようだ。Alan Forrestによると愛国心が大きな役割を果たしたのは普通の市民が兵士になると決意する段階や、戦場にやって来た最初の数ヶ月に過ぎなかったという。やがて、兵士たちが戦争の現実に気づくようになると、愛国心だけでは戦えなくなる。彼らの根底に祖国に対する義務感があったとしても、それは戦争という殺し合いに対する嫌悪感を消すまでには至らなかった。多くの兵士たちは早く戦争が終わり故郷へ帰れる日が来ることだけを心待ちにするようになる。

 むしろ、この手のイデオロギーは平和な時代の方が大きな影響力を持つようだ。フランス革命時に使われたイデオロギーは、後に第三共和制の下で広く国民教育の過程で使われる。上に紹介した少年Baraや、同様に王党派との戦いで戦死したAgricol Vialaとは第三共和制時代の教科書に登場し、若者の愛国心高揚に使われた。そうしたプロパガンダに触発された若者たちが、1914年の夏には熱狂的に戦争を支持し自ら前線に向かったのだ。



ジョセフ・バラ(1780-1793)



アグリコル・ヴィアラ(1780-1793)



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