ジュールダンから総裁政府への手紙
1799年1月13日



[総裁政府への手紙、雪月24日、1月13日]

 市民総裁殿、18日付の手紙で伝えれられたオーストリア兵の移動に関する情報を受け取りました。伝えていただけたのと同じ情報を私のスパイからも知らされました。オーストリア兵がアディジェ沿いで合流し明白に彼を攻撃しようとする配置をしたことを告げるジュベール将軍の手紙を、マセナ将軍が伝達してきました。また6万人の軍がレッヒ川沿いに布陣しました。あらゆる状況から見てオーストリア軍は敵対行為の再開をもくろんでいます。
 私は既に、しばしば陳情書を通じてあなたに軍の真の状況を知らせています。現下の状況において可能な限り簡明に軍の現在の状態の実情を描写するのは私の義務だと考えます。
 軍は現在12個の歩兵半旅団で構成されており、それは24個第一線大隊と12個守備大隊を含んでいます。
 守備隊用の12個大隊はデュッセルドルフからフンニンゲンまでライン河沿いの様々な場所に分散しています。その一部のみが武器や装備を備えています。彼らは武器や衣服が到着するまで必要なものを与えられていません。
 第一線の地域には食糧の備蓄もなく、それを満たすというあらゆる約束にもかかわらずあらゆる物が欠けていることをあなたに知らせねばなりません。現時点ではメンツの食糧は尽きてしまいました。(伏字)
 私が様々な報告で既に伝えているように、軍の武器弾薬も同様の状態を続けています。軍は日々かろうじて持ちこたえている状態で、それもしばしば極めて異常な手段によってそうしています。上及び下ライン県の行政官らによる熱心な努力と住民の善意がなければ、兵たちが目的地にたどり着いた瞬間に軍務が完全に失敗するに違いないということも付け加えなければなりません。
 私は既に軍が24個大隊を持っていることを述べました。それに加えて9000頭の馬匹と5000の砲兵がいることも付け加えます。
 エーレンブライトシュタインの降伏後、行動に入ることができる軍の数は約3万3000人に達するでしょう。(伏字)
 霜月1日(12月1日[11月21日?])付の大臣の手紙によってその移動と軍事作戦を管理する役目が私に与えられたフランスのエルヴェティー方面軍は、13個歩兵半旅団、軽騎兵4個連隊、軽砲兵4個及び徒歩砲兵10個中隊で構成されており、軍務に就くことができる兵力は約3万人です。
 スイスで何が起きているか認識することは私にはできないため、マセナ将軍が彼の軍をどのように配置するか私には分かりません。スイスにいる13個半旅団から派出された守備隊13個大隊がその国の安定を維持するのに十分かどうかに関しても同じです。しかし市民総裁殿、そうであったと仮定したとしても、サン=ゴッタルドからデュッセルドルフ間で自由に使える共和国の全軍は2つの軍で構成されており、合わせて6万3000人以下の戦力しかないことは認めてもらわねばなりません。
 市民総裁殿、かように我々の現有戦力の実情についてお伝えしたうえで、敵が我々に対してどのように対抗するかについて一言述べることをお許しください。
 私に届いた様々な報告によれば、オーストリアの現有戦力は32万人にのぼります。さらにロシア軍団の素早い接近を疑う理由もありません。(伏字)
 この記述で理解したに違いありませんが、もし敵が20万人をイタリアに行軍させたとしても、メンツとエルヴェティーの軍に対してなお非常な数的優勢を確保することができます。外交上の機密について教えてもらうふりをするつもりはありませんが、あなた方が共和国のこの国境の安全のために喜んで委ねてくれた司令官という地位に基づき、もし我々がラインに監視軍を置かないまま我らの兵をティロルやバイエルンへ行軍させるのは極めて軽率であろうという意見を述べることが私の義務だと感じています。監視軍なくしては、オランダも、我々のライン国境も、そしてベルギーも(伏字)、要するに軍の連絡線は確実にマイン河に接近すべくボヘミアを出立してくるであろう敵兵の攻撃に晒されます。
 陸軍大臣は霜月21日(12月11日)付の手紙で、メンツとエルヴェティー方面軍は第一線歩兵90個大隊、騎兵30個連隊、騎馬砲兵18個及び徒歩砲兵18個中隊に強化されるであろうと私が希望することを助長しました。もしそれだけの兵力を戦役開始時に麾下に置けることが期待できるのなら、私は共和国の戦歴に新たな栄誉を加える希望に元気づけられたでしょう。しかし増援の到着はスイス半旅団及びフランスでのいくつかの半旅団の徴兵と組織化、武器及び装備の支給にかかっていました。私が得ていた情報からよく知っていたように、これらの準備はとても遅々として進んでいませんでした。またオーストリア軍が敵対行為の再開を遅らせないであろうと思わせるあらゆる状況が存在しました。大臣の約束の達成が遅すぎるのではないかと恐れるだけの多くの理由があったのです。しかし市民総裁殿、いずれにせよ私は自らの権限の中で与えられた兵力と伴にあなたの信頼に足る存在であることを証明すべく最大限に取り組むことでしょう。そしてもし私が与えられた不十分な手段で希望をかなえることができなかったとしても、敵の優勢な戦力を食い止め我らが勝ち取った占領地を保持するだけの幸運に恵まれることを期待しています。(伏字)

google book "Memoir of the Operations of the Army of the Danube, Under the Command of General Jourdan" p36-42


――1799年ドイツ・スイス戦役史料集に戻る――