プッシュプルは本当に低歪みか

(MJ 1994.6 所収)



 今回、私がこのような疑問を抱くようになったのは、本誌に藤井秀夫氏が、「深いAB級やB級プッシュプルでは、2次歪みがそっくり3次歪みに転化する*1」と書かれているのを読んだのがきっかけです。プレート電流がカットオフするような動作領域では、確かに奇数次の高調波歪みが増加しますが、ではA級プッシュプルならばそのようなことはないのでしょうか。ひょっとしてA級プッシュプルでも似たようなことが起きているのではないかと思いついたので、検討してみることにしました。。

特性曲線にロードラインを引く

 ご存じのように、出力段がシングルとプッシュプルでは、Ep−Ip特性曲線上でのロードラインの引き方が全く異なります。図1は6CA7(3結)のEp−Ip特性曲線*2上に、シングル出力として、Ebb=350V,Ec=-26V,RL=2.5kΩの条件でロードラインを引いたものです。ロードラインはもちろん直線で、丸印で示した点が動作基点となります。これに対して図2は、プッシュプル出力として、シングルの場合と等しいEbbとEcに対して、RL=7kΩのロードラインを引いたものです。この場合、Ep=Ebb,Ip=0の点から、RL/4に対するロードラインを引き、合成曲線との交点から立てた垂線が対応する特性曲線と交わる点を結んでいくと、出力管一本あたりのロードラインが得られます。図2の丸印がこれで、一般になめらかな曲線で表されます。プッシュプルの場合、RLを7kΩに選んだ理由は、最大プレート電流をシングルと同じ150mA程度にしたかったためです。


シングルとプッシュプルの比較

 動作基点とプレート電流最大の点を等しく選んだので、シングルとプッシュプルの違いは、この2点を直線で結ぶか曲線で結ぶかという違いになります。両者を比較すると、シングルの場合は波形が非対称で、2次歪みが非常に大きいことがわかります。これに対しプッシュプルの場合は、片側の出力管だけを取り出した段階でも、すでに2次歪みは減少しています。そのかわり、両端において波形の山がとがる方向にあり、3次歪みがかなり多くなっているものと推定されます。シングルの場合の3次歪みの大きさは、2次歪みに隠れてしまっているので、グラフからはわかりません。はたしてシングルとプッシュプルでは、どちらの3次歪みが多いのでしょうか。


プッシュプルは3次歪みを増加させる

 特性曲線を使って、パソコンに歪みを計算させるプログラムを以前から使っているのですが、これを使って歪みの成分を分析してみると、興味深い結果が得られました。最大出力時の全高調波歪み率は、もちろんシングルの方が断然多いのですが、表1に示すようにその成分はほとんどが2次歪みであり、今回の条件では3次歪みはごく僅かです。これに対しプッシュプルでは、波形の合成により2次歪みは計算上0になりますが、3次歪みはシングルに比べて増加しているのです。この動作例はA級プッシュプルですが、AB級やB級プッシュプルでなくとも、やはり3次歪みの増加がみられることがわかりました。


3次歪みの打ち消し条件を求めて

 以前、真空管の動特性曲線から3次歪みの打ち消し条件を考察したときには*2、3極管でも5極管でも、もともとの3次歪みは波形の山をつぶす方向だと思っていたのですが、以上の考察から3極管のプッシュプルでは必ず波形の山をとがらせる方向の3次歪みを、かなりの量発生することがわかりました。こうなると、プッシュプルが波形合成により歪みを低減していると自信を持って言い切ることはできなくなります。これは全くの思いつきですが、歪み率のことだけを考えるならば、プッシュプルにするよりも、図3のように2台のシングルアンプを出力トランスの2次側で合成した「バランスド・シングルアンプ」の方が、低歪みとなる可能性があるように思われます。2台のシングルアンプに逆相の入力を加えて出力で合成すれば、2次歪みは打ち消されて0となり、3次歪み率はシングルの場合と同じになるからです。3次歪みの打ち消しについてはいろいろ検討中です。

*1 MJ,1994/1, p.237

*2 MJ,1994/1, p.235

*3 MJ,1993/7, p.136-137