電源のシミュレーション

(MJ 1994.3 所収)



 最近、真空管パワーアンプを設計しているのですが、電源の負荷変動の影響を少なくしたいと考えています。定電圧電源を使わずに簡単に負荷変動率を改善できる方法としてチョーク入力があります。チョーク入力は整流管の時代にはよく使われていましたが、ダイオードが使われるようになってからは、めったに使われなくなり、雑誌での製作例も少ないようです。電圧変動率がよいのならば、むしろダイオード整流にしてこそ真価を発揮するはずなのにどうしてでしょう。何か重大な欠点があるかもしれないので、実際に作って実験する前に、簡単に性能を見積もっておきたいところです。

P−Spiceによるシミュレーション

 このような目的には、回路シミュレーションプログラムがぴったりです。私が使っているのは、P−Spiceというプログラムの評価版(注1)で、回路図入力もついた使いやすいものです(もっとも、高機能なので使い方を理解するまでは結構苦労しました)。比較したコンデンサ入力とチョーク入力の回路を図1に示します。電圧変動率を改善するのが目的ですから、もちろんダイオードによるブリッジ整流を想定します。Rs(20Ω)は電源トランスの等価巻線抵抗、Rch(50Ω)はチョークコイルの直流抵抗を表しています。入力交流電圧は一応どちらも実効値400Vとしておきました。整流用のダイオードとしては、ライブラリに入っている標準ダイオードを用い、コンデンサ入力とチョーク入力のそれぞれについて、負荷条件を変えて過渡特性を計算し、求めた負荷変動特性を図2に示します。


チョーク入力の長所と短所

 グラフからわかるように、チョーク入力の長所としては、出力電流が75mA以上の範囲において、直流でのインピーダンスが72Ωと低く一定であることです。これは、RsとRchの和(70Ω)にほぼ等しい値です。わずかな差は、ダイオードのON抵抗でしょう。コンデンサ入力の場合は、負荷によって直流インピーダンスが120〜180Ω程度で変動します。確かに変動率という点では、性能に大きな差があるようです。またチョーク入力では、ダイオードに安定して電流が流れるため、パルス性雑音が激減します。短所としては、コンデンサ入力に比べ、リップル電圧が大きいことで、図1の定数ではチョーク入力の場合、0.6Vp-p程度のリップルがあります。これでも出力段用としては何とか使える値ですし、大きさは電流によらず一定です。これに対し、コンデンサ入力では出力電流に比例してリップル電圧が増加しますが、500mA流しても0.04Vp-p以下と1桁以上低い値です。従って、チョークコイルをもう少しインダクタンスの小さなもの(例えば1.5H,20Ω)に変更しても十分な性能です。それによって、直流インピーダンスも少し改善できます。また、同じ交流入力電圧ではチョーク入力は出力電圧がコンデンサ入力の65%程度に低くなってしまいます。

 さて、実際にチョーク入力を使用する場合に困るのは、チョーク入力に適した高いB電圧用巻線を持った電源トランスが市販品にないことです。タンゴの標準品では440VのMS-380Dや、450VのMS-250CTが最大級であり、これでは最終的なプレート供給電圧が380Vくらいになってしまいます。タンゴでは一個から特注品を製作するとのことなので、それが一つの解決方法でしょう。また、スイッチ投入直後は負荷につながった真空管がヒートアップしていないために電流が流れず、コンデンサに高電圧がかかります。したがって、その保護対策も必要でしょう。これは整流管の時代には考える必要のなかった問題点です。このように考えてくると、チョーク入力の製作例が少ない理由も納得できるような気がします。しかし、性能的には優れた面がありますから、長所を生かして積極的に採用してみたいものです。

注1 商品名は、The Design Center 評価用プログラム(Windows 版)

   (サイバネットシステム株式会社)