管球式NF−CR折衷型プリアンプの設計と製作

---- MJ 1988.9 所収 ----



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5.定電圧電源の設計


 管球式アンプでも最近は電源に凝ったものが多くなってきました。電源まで管球式で統一しているものも多いようですが、定電圧電源はTrを使う方が高性能のものができます。±200Vの電源が必要なのですが、高耐圧のTrはNPN型の方が一般的なので、200Vの電源を2段重ねにすることにしました。このため、電源トランスの2次巻線が、2回路用意されていなければなりません。

 電源を設計する上で重要なのは出力インピーダンス特性です。直流のインピーダンスが低いだけでなく、周波数特性もよい必要があります。インピーダンスが十分に低ければ、当然リップルも少なくなっているはずです。本機では、電源のインピーダンスを重視して、イコライザー段まで一つの定電圧電源で直接駆動することにしました。従って電源に対する要求は当然厳しくなるわけですが、それでも直流でのインピーダンスを0.1Ω程度まで下げれば十分のようです。ゲインを大きく取るために、増幅段をOPアンプで構成する例もありますが、周波数特性の点からは図8(1)に示すような1段アンプが良く、この構成でいかにして利得を稼ぐかを考える方がよい結果が得られます。今回は200Vの電源が必要なのですが、高耐圧のTrはhfeが低く、ダーリントン段で利得を稼げないので、(2)に示すような回路を考案しました。こうするとhfeの高いTrを前段に使うことができます。高域特性を良くするには分割抵抗を低くし、差動増幅段をカスコード接続にすると良いのですが、それよりも配線のインダクタンス分による高域のインピーダンス上昇が大きいのでそこまではやりませんでした。もしそこまで性能を追求するならば、電源からの配線法に一工夫必要でしょう。出力側には、100k〜1MHz領域のインピーダンスを下げるためと、各ユニットアンプ間の干渉を少なくする意味でコンデンサーを入れてあります(図9参照)。また各ユニットアンプの基板にも、コンデンサーを載せています。コンデンサーは共振周波数の異なるものをいくつか組み合わせれば一般品でも十分よい結果が得られます。当然のことですが、各ユニットアンプへは電源の出力点から別々に配線しないと、干渉が起きます。


 ヒーター電源に関しては普通のリップル除去回路です。スイッチONの時のラッシュカレントが大きいので、時定数を大きく選んであります。SRPPの場合、ヒーター・カソード間の耐圧が問題となることが多いのです。本機では、ユニットアンプ1段目上側の球のカソード電位が+90V、2段目下側の球が−200Vであり、ヒーターは片側を接地しているため、球の最大定格をオーバーしていますが特に問題はないようです。少し負バイアスを掛ければ定格内(±180V*2)に収めることが出来ます。電源をONにした時の雑音が出力に出ることを防ぐため、タイマーリレーによるミューティング回路が付けてあります。

*2 テレフンケン規格表による.

6.使用部品の選択

 使用部品については、なるべく標準品の中から信頼性が高く入手し易いものを選ぶようにしました(といっても最近ではなかなか入手しにくいものがあります)。真空管はテレフンケン製です。ソケットはプリント基板用のものを使うのですが、国産品にはあまり良いものがありません。これはシューター社のものが断然優れています。みるからに信頼性の高さを感じさせます。抵抗は入手しやすい興亜の金属皮膜型を使っています。コンデンサーは用途によって各社のものを使い分けています。電源用は一般的なもので、日本ケミコンの電解、パスコンに指月のポリエステルフィルムを使っています。信号用は、カップリングに松下と日通工のポリプロピレンフィルム、位相補正に日通工のディップドマイカ、イコライザー用に富士のスチロールを使っています。トーンコントロール用は、日通工のディップドマイカとWIMAのポリカーボネートフィルムを併用しています。信号用は音質への影響も大きいので、誘電体損失が小さい材料で、機械的にも丈夫そうなものを選びます。マイカ系のコンデンサーは高域特性は良さそうですが形が大きくなるので、容量の大きいカップリング用はフィルム系から選ぶことになります。松下のものは外側ががっちり固めてあって叩くと金属的な音がします。しかし、最近ではあまり出回っていないようなので日通工のものを併用しています。イコライザー用にはE24系列で値が選べると言う理由から、当然スチロールとなります。ただし誤差は5%です。それでもイコライザー偏差は十分小さくできます。プリント基板はガラスエポキシの両面基板を用い、片側を全面アースにして誘導雑音を最小限に抑えることにしました。もっともそのため、配線の浮遊容量が増加し、試作したときに比べて、思ったほど高域特性は伸びませんでした。

 機構部品は価格的にもピンからキリまでありますが、私は超高級部品はあまり好きではないので、ぜいたくはしていません。ピンジャックはモガミの金メッキ、スイッチ類は全てアルプス製です。プッシュスイッチはSUE型、レバースイッチはSLR型、ロータリースイッチはSRY型の特注品を使いました。回路図で分かるとおり、あまりトーンコントロールに凝らない場合には特注する必要はありません。可変抵抗はアルプスのWKH(ニューデテント)型ですが、チャンネル間の連動誤差が小さいので使いやすいと思います。最近のものはさらに改善されているようです。シールド線は少し細目のOFCのタイプを使用しています。配線のし易さと、電源からの誘導を防ぐために使っていますが、線間容量が大きいのが欠点です。リレーは電源用、タイマーリレー共にオムロンのものです。電源用にリレーを使った理由は、スイッチの配線を引き回しているため、配線に流れる電流をなるべく小さくするためです。どうしても電源スイッチを右側に持ってきたかったため、電源トランスと一番離れた位置に置きました。タイマーリレーはPDX−2C−30Sというタイプで、0〜30秒まで自由に設定できるので便利です。機構部品は全てサトーパーツの標準品の中から選びました。電源トランスはタムラの特注品ですが、前に述べたように2次側の巻線が2回路に分かれている必要があったからで、性能の点ではPEST型という普通のEIコアのものに電磁シールドを施しているだけです。プリアンプ用の市販品でもB巻線が2系統に分かれているものならば使えるはずです。


 ケースは自作アンプの場合最も頭の痛いところですが、わざわざ作る以上一番凝りたいところでもあります。特注すると高価になるので市販のケースを改造し、パネルは自作することにしました。使用したケースはリードのYT−370です。14球のアンプにしては小さいケースですが、私は小さいアンプが好きなのでなんとか詰め込むことにしました。しかし、調整や修理の時に分解するのが大変なので、その点を考えればふた回りぐらい大きいケースにゆったり作った方がよいでしょう。パネルは高級感を出すために、タカチ電機のアングル材を加工して使いました。パネル下側をヒンジ・パネルとして開閉ができるようにしました。このためパネルデザインがすっきりしました。アマチュアでここまでやる人はあまりいないかも知れませんので、この部分の機構を図11に詳しく示します。ヒンジ・パネルを保持するため、家具の扉などに使うマグネットをプッシュスイッチに接着して取り付けました。パネルはヘアライン仕上げの後アルマイト加工をしています。自分でやったので少しむらができてしまいました。パネルの文字入れにはインスタントレタリングを用いましたが、好きな字体が選べるので良いと思います。上からスプレーしておけば強度の点でもあまり問題はありません。ツマミはたまたま秋葉原で見つけたものです。デザインのバランスを考えて、ツマミはパネルから少し沈めて取り付けてあります。

7.測定結果と評価

 イコライザー段の利得は40.4dB、トーンコントロール段の利得は19.1dB、合計で59.5dBとなりました。



 イコライザーのRIAA偏差特性を図12に示します。超低域では減衰させ、可聴帯域内では±0.5dB以内に入れています。イコライザー部の歪率特性を図13に示します。グラフから分かるように、イコライザー部は最大出力電圧が大きいため許容入力には十分余裕があります。最大出力を80Vとして約800mV(1kHz)の許容入力です。特にNF−CR型の特徴として、低域から高域まで歪率特性のカーブに殆ど違いのない点は注目に値すると思います。高域で歪み率のカーブに段がついているのは、前段と後段のユニットアンプ双方の歪が干渉しているためで、さらに周波数が高くなると前段が先に歪むようになります。残留雑音の主成分は低域のフリッカーで、イコライザーアンプの入力換算雑音はJIS−A補正で−118dBV程度と十分小さい値です。


 トーンコントロール部の周波数特性を図14に示します。レベル調整を切り替えると、インピーダンスが上昇して、図に示すように高域特性が悪化しますが、それでもカットオフ周波数(−3dB)は90kHz程度で、管球式としてはかなりの広帯域でしょう。トーンコントロールの変化特性を図15に示します。変化量は設計値の±6dBよりも少し少なくなりました。超低域が持ち上がるのは、NFB回路に直流をカットするコンデンサーが入っているためで、トーンコントロールを入れることにより、インピーダンスが上がるために、やはり高域特性の悪化がみられます。図16に示す歪率特性は大変素直なカーブで、歪の主成分はきれいな2次高調波です。入力換算雑音は無補正で−103dBV程度と小さくなっています。



 さて肝心の音質はどうかということですが、作った本人がいいと思うのは当然で、私にとっては宝物のようなものです。管球式としては珍しい低域の締りの良さが感じられるのは、強力な電源のおかげでしょうか。

おわりに

 単に特性を良くするだけでなく、動作が単純な回路構成を採用することで、安定度の高いアンプを作るという所期の目標は十分達成できたと思っています。ここで採用したNF−CR折衷型の構成は、長所が多いのでもっと使われて良いのではないでしょうか。最後になりましたが、完成した当時いろいろと貴重なアドバイスを頂いた湯島オーディオクラブの方々に、誌上を借りてお礼申し上げます。

図・表の一覧


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