陸軍 潜航輸送艇

 

正式名称を陸軍潜航輸送艇、秘匿名称を「まるゆ」と呼ばれた、陸軍のための潜水艦があった。

当時の陸軍が、航空に次ぐ優先順位で総力を挙げ建造に取り組んだ「決戦兵器」で、民間のボイ

ラー工場や鉄工所等で建造され、昭和18年12月に一号艇が完成、以後終戦までに40隻が就

役し、さらに10隻が建造中であったと云われている。

武器は前部上甲板に搭載された戦車砲の改造型のみで、食糧・弾薬・医薬品等の物資輸送を

任務とした。

40隻中、3隻が比島レイテ湾で、1隻が下田港で戦火に沈み、また1隻が荒天により遭難し、

終戦時には35隻が残存した。

戦死者は300人を超すと思われるが、正確な人数は判明していない。

 

大浦八幡宮

静岡県下田市

○ゆ八号艇「鎮魂」碑

碑文

太平洋戦争で南海に孤立した将兵に海中を潜航して食糧や医薬品等を補給する排水量350屯の

潜水輸送艇を陸軍が建造して○ゆと称し その数は40隻に達した 東京派遣の○ゆ2隻は硫黄島

輸送の出船準備中に玉砕の悲報を受け作戦は中止となり本土防衛に転じ 下田港を前進基地にし

た伊豆諸島への輸送に当り6隻に増強した 八丈島輸送から戻り鍋田に仮泊中の八号縦は終戦二

日前の昭和20年8月15日早朝に米軍機の空爆を受け当直の10霊位が艇と共に戦死した 50年

祭に鎮魂の碑を建て平和を祈念する

 

金毘羅神社

愛媛県伊予三島市

○ゆ陸軍潜水輸送教育隊記念碑

 

海上挺身戦隊

更新日:2003/08/10