海軍潜水学校

 

沿革

大正 8年 7月 1日 海軍省軍務局に臨時潜水部設置

大正 9年 6月  日 呉防備隊、軍艦「厳島」を仮校舎として潜水学校生の教育開始

大正 9年 9月  日 潜水学校設置(呉)

大正13年 3月  日 呉鎮守府司令長官に隷属

昭和17年 4月15日 大竹分校設置

昭和17年11月23日 大竹を本校とし、従来の本校を分校とす

昭和19年 4月 1日 柳井分校を設置

昭和20年 6月 1日 七尾分校を設置

 

教育要領(昭和17年 2月 4日改正)

種別

採用資格

教育目的

甲種 海軍少佐もしくは大尉 潜水艦長
高等科第一班 海軍兵学校出身者 水雷長または小型潜水艦長
高等科第二班 海軍機関学校出身者 機関長
普通科第一班 海軍兵学校出身者 潜水艦乗組兵科将校、特攻関係要員
普通科第2班 海軍機関学校出身者 潜水艦乗組兵科将校、特攻関係要員
特修科 特に必要と認める者 潜水艦職員として必要なる事項を習得
専攻科 海軍将校中の適任者 特に研究項目を指定

 

 

アレイカラスコジマ(烏小島)

広島県呉市

  

海上自衛隊 潜水艦桟橋

魚雷クレーン

 

コンビナート地区

広島県大竹市

大竹港

 

  

潜水学校の遺構

上と右の写真は潜水学校の通信司令室   ※ご尊父が潜水学校の教官だった篠原雄二氏のご教示による。

 

潜水学校 柳井分校跡

山口県熊毛郡平生町

終戦後、少年院として使用されていたが現在は廃屋。※平成13年3月に取り壊された。

  

 

術科学校

更新日:2005/09/03