海軍大尉 小灘利春
高知県海岸の基地回天隊
平成18年 1月13日
四国南岸の室戸岬から西は伊の岬までの土佐湾の沿岸を防衛する水中、水上特攻部隊は第二三突撃隊であった。
回天は2隊24基、震洋4隊175隻、魚雷艇3隊14隻が配備され、蛟龍隊、伏態隊も進出準備中であった。
本部は須崎町に置かれた。
司令は有名な漫画家の兄弟「横山隆一、横山奉三」一の兄である横山喜一大佐であった。
副長兼特攻長は堀之内芳郎少佐。大神訓練基地の特攻隊長近江誠大尉が土佐湾配備の回天隊の隊長として
五月六日に着任し、兼務して二三突の特攻隊長に任せられ、所属各特攻部隊の態勢を整備した。
電探基地の隊長は戦艦大和乗組で生還した「吉田 満」少尉であった。
のち七月二十日、呉鎮守府管轄の第八特攻戦隊が設置され、二三突はこの指揮下に入った。
第四回天隊の他の搭乗員7名は光の訓練基地から五月二四日と六月四日、「須崎基地」に進出した。
搭乗員8名の氏名は次のとおり。
大尉 近江 誠 兵学校七〇期 茨城県
少尉 江口友之 兵科一期予備生徒、対潜学校、 香川県
ー飛曹 坂田秀則 第十三期甲程飛行予科練習生出身下士官(土浦空) 山梨県
〃 栗山博文 〃 ( 〃 ) 和歌山県
〃 魚田 功 〃 (奈良空) 大阪府
〃 姫野綱生 〃 ( 〃 ) 大分県
〃 近藤伊助 〃 ( 〃 ) 滋賀県
〃 実松正二 〃 ( 〃 ) 岐阜県
近藤伊助一飛曹は着任後に乾性肋膜炎に雇かり体力が落ちたため、交代員として同姓の近藤仁志一飛曹(群馬県)
が七月二十日に光から着任した。
しかし伊助兵曹は「自分の艇は明け渡さない。死ぬのなら回天で死ぬ。病人から先に死ぬのが本筋だ」と頑張り
抜くので、止むなく搭乗員が一人余分にいる形になった。
土佐湾に面した須崎は深く入り込んだ良港であって、海に迫った崖に回天の格納壕などが多数整備されていた。
第六回天隊は平生訓練基地で下記の搭乗員8名で編成され、高知県の「浦戸基地」に五月二一日と六月一日に
進出した。
第四、第六回天隊とも兵器および整備員、基地員は輸送艦で到着した。
搭乗員たちは旅館に宿泊するか、基地に近い民家や別荘に下宿した。
中尉 那知 勧 機関学校五四期 東京都
少尉 小林秀雄 兵科四期予備学生、水雷学校、中央大学 山形県
一飛曹 桜木豊吉 第十三期甲程飛行予科練習生出身下士官(土浦空) 東京都
〃 外山研次 〃 ( 〃 ) 北海道
〃 仁科伸一 〃 ( 〃 ) 岩手県
〃 米沢 博 〃 (奈良空) 富山県
〃 刈田吉郎 〃 ( 〃 ) 新潟県
〃 富江正造 〃 ( 〃 ) 滋賀県
浦戸基地は高知市の南で土佐湾に臨む名勝「桂浜」を北に担った浦戸湾に面して設けられていた。
須崎と同様、回天は海に近い格納壕から直ちに内湾の静かな海面に入って発進し、土佐湾に出ることが出来た。
第七回天隊は光訓練基地の搭乗員8名で編成され、当初は須崎と浦戸の中間にある「宇佐基地」に配備される
予定であったが、地形などの条件が回天には不向きなので中止となり、他の2基地に分割配備された。
六月二十日に出撃壮行式が挙行され、搭乗員は盛大な見送りを受けて光駅から鉄道で赴任した。
回天は潜水艦に積載されて進出した。
(須崎)
中尉 桜井 勝 兵科三期予備学生、航海学校、 大阪府
一飛曹 石田正美 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(土浦空) 愛知県
〃 河崎春美 〃 (奈良空) 山口県
〃 樋口幸彦 〃 ( 〃 ) 愛媛県
(浦戸)
少尉 中山 弘 兵科一期予備生徒、水雷学校、高千穂高商 愛知県
一飛曹 菊地清吾 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(土浦空) 大分県
〃 秋月辰雄 〃 (奈良空) 長野県
〃 久野達明 〃 ( 〃 ) 福岡県
第二三突撃隊が出撃する機会は終戦前、敵機動部隊接近の報により発進待機し、あと敵が遠ざかり解除となった
例があった。
終戦後も再び同様なケースが発生したが、結局回天が実際に発進する事態は訪れなかった。
更新日:2008/02/17