海軍大尉 小灘利春
豊後水道の基地回天隊
平成18年 1月15日
昭和二十年四月一日、米軍が沖縄本島へ上陸を開始した。
続いて本土での決戦が不可避の趨勢となって、大本営は四月八日「決号作戦準備要綱」を出し、敵の来攻を
予想される地域の沿岸に各種の水中、水上特攻兵器を展開する対抗策を指示した。
回天の場合、基地によってはこれより先の二十年初期から既に場所が選定され、設営隊や現地海軍部隊が
日数のかかる格納壕の掘削作業のほか、軌道、発進用斜線などの諸施設の構築に着工していた。
五月以降、豊後水道に面した九州南部の宮崎県海岸と、四国の高知県海岸の陸上基準を最優先して、
整備でき次第、兵器と搭乗員が展開していった。
五月十日、佐世保鎮守府管轄の第五特攻戦隊が開設され、所属する第三三突撃隊が宮崎県南部の油津(現・日南市)
に本部を置いた。第三、第五、第九、第十回天隊の4隊、回天計26基がこの三三突に配属されて次々と進出した。
第三回天隊は大津島基地で訓練した次の9名の搭乗員で編成され、「油津基地」に第一陣の羽田中尉たち4人の
搭乗員が五月五日、次いで塩津少尉たち4人が六月二日に出発した。
大津島の先任搭乗員であった隊長の帖佐 裕大尉が正式に着任したのは六月八日である。
第三回天隊以降の基地回天隊の出撃では、四箇所の回天の訓練基地すべてを統括する第二特攻戦隊司令官の
長井満少将が壮行式を執行、出撃搭乗員は菊水の朱印に「七生報国」と湊川神社の宮司が揮毫した鉢巻きを
付けて貰い、御神酒を受けたが、連合艦隊司令長官直筆の「護国」の短刀は伝達されなかった。
第一回天隊の沖縄、第二回天隊の八丈島は離島なので潜水艦と同様の外地出撃扱いであったが、
以後は国内の転勤と看做されたためと言う。
回天は第二〇号一等輸送艦に積載され、整備員、基地員が便乗して進出し、搭乗員は陸路で赴任した。
数本の格納壕が油津港の東岸を形成する半島に、豊後水道を背にして掘られていた。
大尉 帖佐 裕 兵学校七一期 長崎県
中尉 羽田育三 兵学校七三期 富山県
少尉 塩津礼二郎 兵科四期予備士官、水雷学校、早稲田大学商学部 三重県
一飛曹 浅野 豊 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(土浦空) 大阪府
〃 佐藤 登 〃 ( 〃 ) 福島県
〃 奥山繁勝 〃 ( 〃 ) 宮城県
〃 高野 進 〃 ( 〃 ) 北海道
〃 井手籠博 〃 ( 〃 ) 北海道
〃 夏堀 昭 〃 ( 〃 ) 北海道
井手籠一飛曹と夏堀一飛曹は七月十七日、内海基地へ開設支援のため赴いた折り、米空軍P−51戦闘機の
機銃掃射と爆撃を受けて戦死した。代りに次の二人が大津島から七月二二日、着任した。
一飛曹 稲永 真 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(奈良空) 福岡県
〃 前田轍部 〃 ( 〃 ) 鹿児島県
第五回天隊も同じく大津島から次の7人の搭乗員が六月一七日陸路出発、宮崎県南部の「南郷栄松基地」へ赴任した。
中尉 永見博之 兵科三期予備士官、水雷学校、 鳥取県
一飛曹 小原隆二 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(土浦空) 岩手県
〃 中村憲光 〃 ( 〃 ) 北海道
〃 多賀谷虎雄 〃 (奈良空) 群馬県
〃 緑川武男 〃 ( 〃 ) 長野県
〃 高館孝司 〃 ( 〃 ) 新潟県
〃 蔦村照光 〃 ( 〃 ) 大阪府
回天は六月二日に伊一六二潜及び伊一五六潜が、また五日に伊一六二潜が大津島で二基づつ積載して輸送した。
現・宮崎県南男阿部南郷町の外浦港の東側を囲む栄松の半島に基地があり、港を向いて掘られた格納壕に
収納された。
第九回天隊は光基地で次の6人により編成され、七月二二日「内海基地」(現・宮崎市南部)に進出した。
少尉 重岡 カ 兵科四期予備士官、水雷学校、慶応大学法学部 広島県
ー飛曹 小川乾司 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(奈良空) 福岡県
〃 片岡 信 〃 ( 〃 ) 奈良県
〃 金子忠二 〃 ( 〃 ) 新潟県
〃 真部虔司 〃 ( 〃 ) 新潟県
〃 山口仁之 〃 ( 〃 ) 広島県
現在のJR内海駅の裏山に掘られた三本の格納壕から内海港内にある斜路まで、レールが鉄道線路と国道を
越えてゆくことになり、回天を搬出する距離が長いことに運用上の問題があった。
第十回天隊は油津の南の「大堂津基地」(現・日南市)に大津島で編成した搭乗員4人が八月十四日に進出した。
少尉 佐賀正一 兵科一期予備生徒出身、水雷学校、北海道大学 北海道
一飛曹 青木修義 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(土浦空) 東京都
〃 本橋邦男 〃 ( 〃 ) 静岡県
〃 野村栄造 〃 ( 〃 ) 東京都
大堂津港の北東岸、下方岬の崖に、港を向いて4本の回天格納壕があり、七月二七日に伊一六二潜、
七月二八日に伊一五八潜が各二基づつ、大津島から輸送した。
第八回天隊は佐世保鎮守府管轄、第五特攻戦隊の第三五突撃隊に配属され、宮崎県中部の「細島基地」(現・日向市)
に、平生基地で編成した搭乗員12名が七月八日と一四日に進出した。
中尉 井上 薫 兵学校第七三期 鹿児島県
少尉 山崎 論 兵科四期予備士官、水雷学校、東京大学文学部 静岡県
少尉 赤松初司 〃 〃 関西学院大学 兵庫県
一飛曹 落合義夫 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(土浦空) 山形県
〃 加藤芳司 〃 ( 〃 ) 埼玉県
〃 真壁三男 〃 (奈良空) 新潟県
〃 岩部承志 〃 ( 〃 ) 香川県
〃 青柳恵二 〃 ( 〃 ) 長野県
〃 唐木田学 〃 ( 〃 ) 長野県
〃 中島武義 〃 ( 〃 ) 岐阜県
〃 野寄 孝 〃 ( 〃 ) 福岡県
〃 浅井逐朗 〃 ( 〃 ) 愛知県
細島港は古来から知られた良港であり、その北岸、畑浦の崖に掘られた教本の壕に回天が分散格納された。
輸送は12基すべて平生から潜水艦で行われた。
各訓練基地からの回天輸送に従事した潜水艦は第三四潜水隊所属の伊一五六潜、伊一五七潜、伊一五八潜、
伊一五九潜、伊一六二着であり、指定地点で潜航、沈座したまま回天を切り離し、浮上した回天を基地の
舟艇が格納壕まで曳航した。
一部の潜水艦は回天との間の交通筒を整備しており、伊一五六潜は第三三潜水隊の伊一五五潜とともに
回天発進訓練を併せて実施した。
八月下旬には両艦とも回天を搭載して大津島から出撃する予定であった。
伊一五九潜は神洲隊の一艦として終戦直後の八月十六日、平生基地から出撃している。
第十一回天隊の回天八基は愛媛県南部の「麦が浦」(現・南宇和郡愛南町)に、大神基地から第二十号一等輸送艦
に積載されて八月四日到着した。
配属先は呉鎮守府管轄の第八特攻戦隊に所属する第二一突撃隊であった。
本部は四国南西岸の宿毛町にあって、回天のほか蛟龍隊、震洋隊が配備されていた。
第十一回天隊は四月二五日開隊した大神基地からは唯一の出撃隊である。
中尉 久堀弘義 兵科三期予備士官、航海学校、 兵庫県
少尉 中谷 章 兵科一期予備生徒出身士官、航海学校、 福岡県
一飛曹 大岩正一 第十三期甲種飛行予科練習生出身下士官(奈良空) 愛知県
清水哲郎 〃 ( 〃 ) 愛知県
塩月昭義 〃 ( 〃 ) 東京都
高橋道彦 〃 ( 〃 ) 大阪府
長谷川安正 〃 ( 〃 ) 大阪府
原村 正 〃 ( 〃 ) 埼玉県
宿毛湾北岸の麦が浦半島に設けられた北向きの格納壕に回天8基が収められた。
突然に輸送艦が入港しての急速揚陸であったが、地元の人々多数の協力によって作業が迅速に進行し、
兵器、資材の揚荷作業が短時間で終了した。
第二十号輸送艦は直ちに瀬戸内海に戻ったが翌五日、光沖の小祝島付近で米軍が投下した磁気機雪に触雷し、以後回天の輸送に従事できなくなった。
更新日:2008/02/17