海軍大尉 小灘利春

 

第二回天隊実記・断章 Aの補遺

平成 8年 7月

 

◎八丈小島の天然洞窟

追加配備されて来る回天四基の為、第三〇五設営隊長の早川 精技術大尉と一緒に回天隊の四輪駆動乗用車や

大型サイドカーで、新基地建設の適地を求めて島内全部の海岸を丹念に探して迫った。

海中の火山が険しい山頂だけを海上に覗かせた八丈小島には、以前人が住んだ小さな部落が残っていた。

水が出ないので屋根に降った雨を受ける大きな水槽が各戸にある。

その為に蚊が発生し、線虫を媒介して伝染する「表皮病」が昔はあった。

日本では此処だけの風土病であり、それが無人島になった主因と言う。

 

この小島の南端に天然の大きな洞窟があった。

入り口が海面すれすれに低く、左右には広く開いている。

外海から見えない広い空間は回天の整備に充分であり、海水を通して外から入って来る日光で内部は

結構明るいのである。

発進は昼間でも、波が多少あっても、此処ならば随時出来る。まるで戦争映画の要塞とか、

SF映画の秘密基地のような、回天基地に絶好の場所こ思われた。

設営隊長はしかし、乗り気ではなかった。

船着き場と云うものが無い上、地形が険しいので陸上から洞窟に入る道はあるが狭くて急であり、

工事用の資材、器具を搬入するのは無理との事。

なんとがならないものかと思ったが、確かに陸側の入口も、身体を斜めにして巨大な岩の間を

やっと通れる程に狭かった。

後で聞いた話では、海軍警備隊の副長木場少佐がこの場所に来て「絶対、ここに人間魚雷の基地を作れ」と命令。

早川隊長が「当隊は小なりといえとも横須賀鎮守府の直轄部隊である。その命令ならともかく、貴方の言葉には従えぬ」と

拒絶した所、少佐は腰の日本刀の柄に手を掛けたと言う。

それほどに、価値もあれば困難もある場所で会った。

八丈小島を守備した陸軍部隊の隊長前川東洋男中尉も、この天然の洞窟を活かして特攻機地を作ろよう強硬に

進言したと聞くが、結果的にこの大洞窟の回天基地は幻となった。

 

◎回天のトレーラー発進法

敵艦隊が島の西側海域に出現した場合、東海岸にある既設の基地から西側に廻るだけで可なりの航続距離の

損失になってしまう。

「黒瀬川」と言う島の南北を洗う黒潮本流の流速も馬鹿にならない。

敵の出現する海面次第で、また風浪次第で、回天が八丈島の東岸、西岸どちらからでも発進でき、

しかも艦砲射や爆撃に対して発進の時まで確実に回天を防護するにはどうすればよいか、と思案した。

最善の策は、島の内陸に爆撃にも耐えるような堅固な壕を構築し、トレーラーに回天を乗せてそれに格納しておき、

いざと言う時はトラックで牽引して、急速移動すれば良い。

東西の両岸に斜路を用意しておいて、その上をトレーラー毎海中に突っ込めば、発進作業が一挙にやれる。

斜路だけなら、砲爆撃で破壊されてもすくに直せる。戦術的に理想であろうと考えた。

 

卜し−ラーの要件は、

@戦闘になれば凹凸になってしまう道路上を、安定走行するために大型、幅広の低圧タイヤを使用する

A幅を小さくして、しかも転覆しないよう、極力重心を下げる。

その為に荷台の底を車軸よりも低くする事であううと考えて色々と図面を書いたりして思案した。

しかし、八トンもの荷重に耐える大型車両を出来れば八台以上、製作する事が果たして現状可能がどうか。

島内の工作能力では勿論、横須賀工廠でも無理と思われたが、それならば言い出す事が人心撹乱になるだけである。

残念ながら胸の中に仕舞込むほか無かったが、見取り図だけは最近まで手元に残っていた。 

 

◎沈座発進法

また、発進する最適チャンスの選択が基地回天にとって最大の課題である。

早過ぎては敵艦隊に会えない中に航続力が切れる。

遅すぎては基地を叩かれて、発進できない状態になる可能性がある。

空襲を受けている最中では発進作業が出来そうには無い。

あれこれ考えると、急速発進が何時でも出来るようにする対策としては、海中で待機する沈座発進が良いであううと考えた。

敵艦隊の来襲を予見したら、事前に回天を海に下ろして前後二組の沈錘とワイヤーで海中に繋ぎ止めて置く。

いよいよの時、目印の浮標を付けたロープを海面から牽いて、回天をワイヤーに留めた閂を引抜き、

外れて浮き上がって来る回天に、搭乗員が乗り込んで発進すれば良い。

しかし、波を遮る島も防波堤もない八丈島で、外洋に向って沈座しているうちに荒天になれば、此処の強い波浪では

例え錨を増やしても、回天が岸の岩に打ち上げられてしまう懸念が大きい。

八月、九月になると、そのリスクは一層高くなるであろう。

斜路にたって波を眺めながら思案して、結局実行を暫く見合わせ、状況を見て改めて検討することにした。

 

◎偽装、迷彩対策

基地への敵の攻撃を避ける為に偽装や迷彩が必要であろうと、海軍の参考図書を大津島を出発する前に

請求し、八丈に持ち込んだ。

底土の基地についてびっくりしたのは、壕から海中まで白い綺麗なコンクリートの道が続いており、

しかもレールが敷設してあることだった。

これでは飢空写真を撮るまでもなく、上空から見ただけで何等か重要な設備を造った事が一遍に判ってしまう。

そこで直ぐ、ペンキで道を周辺と同じような色と模様に塗り、上に大小の石を多数置いて目立たないようにした。

また壕の入口が判らないよう、予め手配していた緑色の偽装用ネットを張り、木の枝を切って挿した。

面倒でも枯れた枝は取り替えないと却って目立つし、効果のほども確信が持てなかったが、

少しでもプラスになることを願っていた。

なお、鉄のレールが敷いてあるとは知らないので、車輪が付いた台車を用意して来なかった。

徳山湾内で訓練した時は、砂浜に根を敷いて、その上に木材の大型コロを並べ、回天を載せた架台を移動させる

方式であった。

八丈ではレールがあるので、やむなくその上に板を乗せ、回天を載せた架台の下にこの大型コロを挟んで、

神楽桟で引き揚げた。

赤い芯材の頑丈なコロであったが、乗量に耐えすパけバリと音を立てながら、次々と潰れて行った。

なんとか格納を終えた後、早急に車輪付き台車の製作を手配し、受領後これに回天を載せ替えた。

 

海軍大尉 小灘利春

更新日:2007/09/17