海軍大尉 小灘利春

 

回天隊の機密保持

 

「回天」は奇襲兵器であるから、事前に存在を敵が知り、対策を講じられては効果が無くなる。

人命を代償にしてまでの作戦も成果が挙がらなければ、搭乗員は犬死にで終わるのである。

そのため、生産する工廠は勿論、訓練部隊である大津島基地に於いても異常なほど機密保持には神経を使った。

浮桟橋を上がった直ぐ右には、白ペンキに赤い縁取りをした高札に「海軍大臣の許可なき者、立ち入りを禁ず」と、

黒々と書かれていた。

九三式酸素魚雷と同様、回天は最高機密の「軍機兵器」であった。

 

大津島の沖は機帆船など民間の小型船の常用航路であるが、回天の訓練中は、追従艇が回天と民間船との間に

割って入るようにして、極力それらの眼に触れないよう、追従艇指揮官は神経を使った。

回天搭乗員は昭和十九年のうちは上陸禁止であった。

 

一般の海軍部隊のつもりで、事前の連絡もなく立ち寄れば、士官といえども咎められて当然である。

他の基地の搭乗員であっても、見知った顔でなければ、まず先任士官に届け出ないかぎり、

不審者と見られても仕方がないであろう。

 

搭乗員の志願者を募集する際に「必ず死ぬ兵器ですよ」とはっきり言えば、新兵器の性格を早くから宣伝する

ことになる。

世間に洩れて、敵側に対抗策を採られたら、志願者が捨てる折角の生命が無駄になるではないか。

「海軍は《必死》と明言しなかった。騙して俺を人間魚雷に乗せた!」と、今頃になって叫ぶとは、

お粗末である。

 

海軍大尉 小灘利春

更新日:2008/08/17