海軍大尉 小灘利春

 

回天のハッチ

平成11年11月

 

「回天のハッチは、聞められると内からは、絶対に聞かない」とは、よく聞く言葉である。

事実は正反対なのに、である。

 

「鳴咽しながら整備員が、ようやくハッチのボルトを締めた。盲蓋が堅く閉じられた。

海水が一滴も入らないように。そして、永遠に開くことがないように。

厳粛なハッチ閉鎖の儀式が終わった」という類の、悲壮な記述が繰り返される。

 

だが回天には、外から締める「ボルト」も「盲蓋」なるものも、全く存在しないのである。

回天を扱ったテレビ番組や図書は数多いが、「外から閉められたら、搭乗員が泣いても喚いても、開けて貰えない」

「脱出装置を中止したため、艇外に出られず殉職した」などと記している。

このような記述ばかりであるから、多くの人々そのとおりに信じ込み、「特攻兵器なら当然、そうなっているのだろう」と、

寧ろ納得している節があるが、次の事実から簡単に否定されるほどの、幼稚な誤認、歪曲である。

 

回天の上下二カ所にある出入口「ハッチ」の蓋は、開閉ハンドルが、いずれも艇の内側だけについている。

外側には、ハンドルがないのである。このことは回天の実物や写真、図面を見れば一目瞭然ではないか。

大体、水の中を30ノットの高速で走るのに、無用の突出物があれば、抵抗が増えるだけである。

搭乗員は、乗艇してのち、頭のすぐ上にあるハッチの開閉ハンドルを、ぐるぐる廻して自分で閉め、

出るときも自分が、ハンドルを逆に廻して開ける。

これが基本の操作である。

ただ、ハッチ口の後ろに立ててあるハッチ蓋は、鋼製なので重い。

閉鎖するときは、最初にこれを倒して、ハッチロに披せるが、艇の上に立っている整備員が、この作業を手伝ってくれる。

また、搭乗員が中からハンドルを回して、ハッチを閉鎖したのち、ハッチ蓋の上にある二つの小さな窪みに、

専用の細い金具を上から嵌めて廻し、閉鎖が完全かどうかを確認してくれる。

これも、あくまで搭乗員の介添え役として行う「補助作業」である。

 

昭和19年9月の初め、人間魚雷・回天部隊が創設され、山口県徳山湾外の大津島基地に集まった海軍兵学校、機関学校

出身士官と兵科三期予備士官、あわせて三四名の搭乗員が、初めて回天の操縦訓練に入るとき、

創始者のひとり仁科関夫中尉(当時階級)から、

「いいか、ハッチは自分で閉めるものなんだぞ。開けるときも、自分で開けろ」と念を押された。

私どもは「それが武士のたしなみであろう」と素直に受け入れ、操縦席に座って海面に降ろされる前に、

ハッチの開閉ハンドルを自分で力一杯、碓実に締めつけたし、

訓練が終わってハッチを聞けるときも、クレーンで水面から引き振げられて魚雷調整場の架台の上に据えられたあと

それを確認して、ハンドルを廻して開き、自分で外の空気の旨さを味わった。

回天の内部は、鉄錆の臭いが強く、高圧の気蓄器や、その配管が多数あるため内部の気圧が時間とともに

どうしても上がって来る。

ハッチ蓋を緩めた途端「シュッ」と音がして艇内の空気が抜け、時には白い煙が立つほどである。

酸素量も減っているので、搭乗訓練を終えて外気を吸う喜びは、潜水艦乗りが長時間潜航後に浮上するときと同じであろう。

整備員がハッチの閉鎖状態を確認するのは、若しも不十分のまま潜航し、水圧がかかってくると、

搭乗員の頭の上から海水が噴出して、ずぶ濡れになるからである。

親切のための作業であるのに、遠くからこれを見た人間が、「外からハッチを閉められる・‥」

「中からは開け閉め出来ないのだろう」と思い込む可能性はある。

この閉鎖確認の作業を「増し締め」と言ったが、勿論中からハンドルを充分に廻してあれば、それ以上は締まらない。

雑誌、新聞などに「回天搭乗員の手記」と称するものを散見するが、「ハッチは中から開けられない」と書いたものが少なくない。

著者が偽者であることを、自分で証明しているのである。

 

横抱艇がすぐ側にいる浮上状態の艇から、操縦者と同乗者の2人がハッチを開けて飛び出したために、

回天を沈没させた事件があった。

論外の失態ではあるがハッチを中から聞けることが出来る証明にはなるであろう。 

訓練中、事故で沈んだ艇から、ハッチを開いて睨出した例が幾つもある。海底に沈んだ場合は、強い水圧がハッチ蓋に

かかるので、そのままでは開けにくいが、損傷箇所があって浸水してくると、艇の内外の圧力がバランスするので、

それを待って、ハッチを手で押し開けて外に出ている。

「外からハッチを締めつけるボルト・ナット」とか「上から取り付ける盲点」とか。

そんなものが回天に存在するかどうか、物を書く人は図面や実物を、一度見てからにしてほしい。

「外から閉じ込められる」「中からは開けられない」という話は、みずから生命を大いなるものに捧げる「特攻兵器」の性格からも、

構造上からしても、あり得ないのである。

我々が特攻兵器「回天」の搭乗員になったのは、自らの判断、希望からである。自分の使命、生き甲斐に納得しての搭乗である。

「軍部に強制されて」「人間魚芯の操縦席に、無理やり押し込められる」、ひどいのになると「殴りつけて特攻をやらせた」と書く者が

いるが、そのような性格の兵器では毛頭ない。

そんなことで操縦できる「回天」ではないし、ましてや命中できる筈がないではないか。

回天は搭乗員が「自分自身」で乗り込み、自分の意思で突撃するものである。

殊更に、中から開けられない仕組みにする必要も、意味もない。

それにしても、事実の逆の主張をするということは、回天を「非人道的な兵器」と、殊更に印象づけようとの企画であろうか。

それは、民族と国土の破滅を防ぐため、進んで自らの生命を錐げた純粋な若人たちを侮辱するものである。

このような記述が、現在および後世の、「特攻」に対する認識を狂わせてしまう懸念がある。

 

これら兵器の構造上の問題のみならず、隊の運営など回天についての同様の錯誤、乃至は作為の歪曲が、

各種の刊行物に多数見受けられる。

放置すれば他の刊行物に次々と引用されて、誤った「事実」が固定することになりかねないので、

生き後った搭乗員の一人として、これからでも種々の誤解に対し是正に立ち向かう責務を覚える。

 

海軍大尉 小灘利春

更新日:2007/09/30