伏龍特別攻撃隊

資料提供:門奈 鷹一郎様(乙飛22期出身、伏龍特攻隊員)

 

伏龍

潜水服・圧搾空気ボンベを装着した隊員が十人で一隊を編成し、長さ2メートルの棒の先についた

機雷で敵艦船の船底を突き撃沈させるという、特攻隊のなかでも最も悲壮な部隊だった。

 

開発

昭和20年2月、日本の主要水路はB29から投下された磁気機雷などにより封鎖され、潜水員

が機雷に爆薬を仕掛け遠隔操作で爆破処理する方法が計画された。

当時、海底で自由に行動できる簡便な潜水器具は無かったが、横須賀海軍工作学校研究部に

よる不眠不休の研究・開発により、3月中旬には実用化の段階にこぎつけた。

一方、海軍軍令部ではこの潜水器具を特攻作戦に使用する構想が生まれ、横須賀防備戦隊

石川司令官は3月11日で、研究・生産体制・要員育成についての具体案提出を命じている。

軍極秘第十四号「横須賀防備戦隊命令」

一、簡易潜水衣を使用し特攻兵器又は舟艇襲撃隊等より発進、碇泊又は漂泊中の敵艦船を

二、水中より攻撃する方策に関し簡易潜水衣、水中攻撃用兵器並び攻撃法

三、舟艇総武装用簡易兵器

四、水際に於ける上陸舟艇撃滅用簡易兵器

横須賀海軍工作学校では実験を開始し、4月末に「実験報告書」を提出。

「成果概要」

イ、海上よりの送気装置を要せず無気泡にして隠密性大なり

ロ、浮揚沈降懸吊共に極めて容易且水中に於ける行動軽快にして諸兵器の携行容易なり

「初見」

現在迄に得たる成果は深度15米潜水時間5時間にして従来の潜水器に比し運動性

極めて大にして隠密性あり特攻用として利用価値大なると共に普通潜水器としても画

期的考案と認む

5月26日、この潜水器具は特攻兵器として正式に採用され「伏龍」と命名、3,000人分

を整備する命令が下された。

 

作戦

昭和20年4〜5月にかけ伏龍特別攻撃隊の編成が行われ、6月に先遣部隊要員480

名が選抜された。部隊の主力は海軍飛行予科練習生であり、横須賀対潜学校に集合し

て本格的な訓練が開始された。

7月18日、軍令部発機密第525号「伏龍隊急速整備展開要領」

一、主として敵上陸用舟艇を水際に奇襲之を撃滅するの目的を以て本兵力を急速整備、

予想来攻正面に展開す

二、整備兵力

10月末展開整備を目途として次の兵力を整備す

    鎮守府

    横須賀

    佐世保

    舞  鶴

    兵  力

    五ヶ大隊

    二ヶ大隊

    二ヶ大隊

    一ヶ大隊

三、配属区分

大隊毎に予想来攻正面突撃隊に配属するを建前とし其の配属区分は別命す

鎮守府

横須賀

佐世保

舞  鶴

編  成

第71突撃隊

第81突撃隊

川棚突撃隊

舞鶴突撃隊

訓練編成

久里浜

情  島

川  棚

横鎮派遣

時  期

/15〜8/10

/ 1〜9/ 9

/10〜9/ 9

/ 5〜9/ 5

/ 5〜9/ 5

/ 1〜9/30

/ 1〜9/30

 

/ 1〜9/20

 

 

  

上記のように、8月15日までの隊の編成は一部にとどまり、実戦に至ることなく終戦を迎えた。

野比海岸/神奈川県横須賀市

  

              情島/広島県呉市                 川棚/長崎県東彼杵郡

 

戦没・殉職者

訓練期間中、複雑な呼吸法、空気清浄缶の破損などにより、多数の殉職者を出したと言わ

れるが、実数は把握されていない。横須賀だけでも10名の殉職者がいたという事である。

 

昭和20年6月10日、土浦海軍航空隊がB29爆撃機を含む艦載機群の攻撃をうけ、折りし

も本土防衛の水上特攻要員(伏龍)編成中の第14期甲種飛行予科練習生・練成中の同第

15・16期、後輩の訓練に当たっていた第13期生及び教官・教員ほか隊員ら281名が、隊

内及び周辺で散華した。

鹿島神社/茨城県稲敷郡阿見町

法泉寺/茨城県稲敷郡阿見町

 

伏龍特攻隊

更新日:2002/04/20