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我が家の近所の鉄道廃線跡

陸軍宇治火薬製造所引込線

(京都府宇治市)

私は小学生の頃、京都市伏見区の自宅から宇治市の学習塾へ、京阪電車宇治線に乗って通っていました。京阪木幡駅の手前で、列車が走っていない線路の橋桁と立体交差していることに気づき、不思議に思っていました。当時の地図にも、京阪線と並行して走っている国鉄(当時)奈良線の木幡駅から京阪線に直交する線路が伸びているのが明記されていました。中学生になった昭和51年に、私はこの線路の正体をつきとめようとカメラを持って現地調査に赴きました。当時、現地には線路のほかに、柵で閉鎖されたプラットホーム跡も残っており、廃墟の街の如き様相を呈していました。

それから何度か私はその地を訪れ、写真を撮ってきました。

この引込線は、戦前に陸軍が設置していた「宇治火薬庫・宇治火薬製造所」の遺構だったと思われます。

【参考になる文献】本引込線について直接触れられているわけではありませんが、宮脇俊三編著「鉄道廃線跡を歩くV」, pp.119-121(JTBキャンブックス ISBN4-533-03002-5)に、「大阪陸軍造兵廠の軍用側線」として、同類の側線についての記述があります。

本ページに掲載した写真は、「人権と民主主義を考える高校生の集い 全国代表者学習交流会」(於:京都)において実施された宇治川沿いの戦争遺跡フィールドワークの報告の一環として、京都府立田辺高校文化祭において展示・活用されました(1999年)。

本ページに掲載した図や写真を、鎌倉学園中学校考古学部に、学園祭や研究発表会で活用していただくために提供いたしました(2006年)。

本ページに掲載した写真を、山城近現代史研究会会報No.54(2020年6月)の特集「京都府宇治市の戦争遺跡 宇治火薬庫・宇治火薬製造所」に提供いたしました。


1976年4月撮影


1979年1月撮影


1990年撮影


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1997年12月1日開設
2020年5月27日最終更新
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