東京都昭島市の多摩川にかかるJR八高線の鉄橋の傍には、昭和20年8月24日の朝に起きた列車正面衝突事故の残骸が今も残っています。100名以上の死者を出した大事故ながら、終戦直後の混乱期に起きたために人々の記憶に残ることも少なく、今日に至っています。
【参考になる文献】読売新聞都内支局連載・特集「さびた車輪 八高線多摩川鉄橋事故」(2002年8月13日-15日付)
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車輪越しに八高線の鉄橋を望む。手前は多摩川の濁流。 | 昭島市側の河岸に、事故の説明板が建っています。 |
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モニュメントの設置を記念して2004年3月27日(土)に昭島市役所で開催された、同事故の真相を追っているノンフィクション作家の舟越健之輔氏の講演会を、聞きに行ってきました。 講演後の質疑では、父親をこの事故で亡くし多摩川河原で荼毘に付した婦人、事故列車の最後尾車両に乗っていて助かった婦人(定説に反し、事故時は雨は上がっていたと新証言)、河原で多数の遺体を荼毘に付した男性らの発言が会場から相次ぎ、60年近く昔の生々しい証言に圧倒されました。 |
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八高線多摩川鉄橋は、線路脇にガードレールが全く無い平均台のような橋で、電車が丸裸で通過するのを川岸から見ているだけでもハラハラします。強風が横から吹いたら転落するのではないかと。。。 | 鉄橋上の枕木は木製なんですね。首都圏の鉄道としては今や珍しいのでは? |
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鉄橋の刻印を望遠レンズで見ると、「昭和六年」「汽車製造株式会社製作」「鉄道省」といった文字が見えます。昭和6年というと八高線が開通した年です。終戦直後に大惨事を引き起こした当時の鉄橋が今も現役なのです。 |
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鉄橋脇の河原に、こんな金属片が落ちていました。大人がやっと引きずれる位の重量があります。60年前の事故車の残骸でしょうか?... |