---えどめぇるまがじん--- 

〜開かれた秘境への誘い〜
江戸老舗探訪記 その壱「駒形どぜう」

<取材・文:福島 朋子>


どぜうなべ1

「どぢやう汁 内儀食ったら忘れ得ず」の川柳が「誹風柳多留」に詠われているように、どじょうは江戸時代から庶民の味として親しまれてきた一品です。今回、えどまが復活記念号第一弾では、この「どじょう鍋」の老舗、浅草・「駒形どぜう」さんを訪ねてきました。そこには、さすがとうなる老舗のこだわりが盛りだくさん。しばし、今に残る江戸の食文化をご堪能ください。


社長メイン
六代目店主 越後屋助七こと
 渡辺孝之氏
 昭和14年(1939年)生まれ。
 「伝統とかね、のれんとかね、そう
 いうものはクリエイティブが なかっ
 たら続かないよ」独自の発想を打ち
 出しながら、江戸を愛し、 江戸の食
 文化を守り続ける。

 

 

「どぜう」の三文字のヒミツ
 「うちは、素材にはとことんこだわってますよ。大変ですよ、もう。でもお客様に昔からのものを伝えていきたい、その心意気でやってます」
 と語るのは「どぜう鍋」の老舗と名高い「駒形どぜう」六代目店主 渡辺孝之氏。いや、こちらのお店では代々創業者の名を襲名しているというから、「六代目 越後屋助七さん」と呼ばせていただいたほうが、お江戸な感じが出るってものかもしれない。
 この「駒形どぜう」の歴史は古く、創業はなんと享和元年(1801年)。嘉永元年(1848年)に出された『江戸名物酒飯手引草』*にもその名が記されているから、その当時からすでに「名店」であったことが窺える。さて、この文献にも残っている「どぜう」の名称、実は造語なのだが、これを考えたのも「駒形どぜう」の初代、越後屋助七だという。
 「もともとは『どぢゃう』とのれんに書かれていたものなのですが、文化3年(1806)の江戸の大火によって店が類焼した折りに、「どぢゃう」の四文字・偶数文字では縁起が悪いということで、当時の有名な看板書き「撞木屋仙吉(しゃもくやせんきち)」に頼み、縁起のよい奇数で表現した結果、『どぜう』となったのです」
 そうして江戸末期には、この「駒形どぜう」の繁盛にあやかろうと、他の店も相次いで看板を『どぜう』に書き換え、それが世間に広く流布していったのだという。

どじょうさん、ごめんなさい
 まあ、能書きはその辺にして、とにかくその「どぜう」をいただいてみることにしよう。この「駒形どぜう」の看板料理といったら、なんといっても、丸のままのどじょうをキュッと煮込んだ「どぜうなべ」1400円也。
 生きたままのどじょうをザルにとり、水をきり、深めの鍋に入れ、上から酒をかけてやる。一貫目のどじょうに酒は2合程度。初めのうち、浮かれて跳ねまわるどじょうも、7〜8分すると酔いがまわってすっかりおとなしくなってくる。そこに甘みそ仕立てのみそ汁を用意して、酔い加減のどじょうを投入。時間にして30分ほど煮込んだら、今度はしょうゆ味のタレで煮込み、薬味として刻みネギをかけて出来上がり。そして、この熱いのをハフハフといただく、といった寸法だ。
 このしょうゆ味のタレで煮込むときには、卓上に備長炭を用意してくれるので、客が自分で仕込む楽しみもある。ほどよく煮込まれた「どぜう」を箸でつまむと、その柔らかいことといったら、箸をうまく使わないとつかめないほど。口の中に勢いよく放り込めば、その甘辛さとほどよく合った、「どぜう」の柔らかさがほろほろと心地よく広がる。「あたし、オサカナの骨なんて食べられな〜い」なんていう若い女の子も、ここの「どぜう」に出会ったら、思わずこれまでのことを反省するのではないだろうか。
 実は、私もぎりぎりではあるが、まだ若い女子といわれる年齢であるのだが(!?)、祖父がどじょう好きのため、昔はよく食卓に「どじょうの煮込み」がのった記憶がある。しかし、そこらの魚屋から買ってきたどじょうは、やはり骨が硬く、はっきりとわかる泥臭さがあって、お世辞にもおいしいものとは感じられなかった。しかし、それは「本物」を知らなかったがゆえの不幸である。この「駒形どぜう」の「どぜうなべ」と出会ってしまったからには、その誤った記憶を塗り替えなくてはならないだろう。どじょうさん、今までごめんなさい! 本物を知らないというのはホントに罪深いことである。

え? どじょうがいない?
 しかし、この「どぜうなべ」をおいしいと思うのは当たり前、なにせ、それ相当のこだわりと手間暇がかかっているのだから。先ほど、簡単に「どぜうなべ」のできるまでを紹介したが、随所にとてつもないこだわりが隠されているのである。
 まず、どじょうを酔っぱらわせるという酒。これは、どじょうの骨を柔らかくするためのものだが、実は江戸時代、酒は貴重品だった。にもかかわらず、うまいものを食べてもらいたいということで、この調理法を考えた初代 越後屋助七は本当にエライ! その心意気を守り、今でもこの店では、吟味に吟味を重ねた日本酒を使っている。確かに江戸時代に比べたら、今は酒も簡単に手に入る。しかし、その一方で、今度は良質のどじょうそのものが手に入りにくくなっているという現実がある。
 「どじょうもね、みんな問屋がなくなっちゃって、残っていてもどじょうをもう集められない。だからうちでは、自分で作ってる。湯布院や屋久島、台湾なんかでも作ってます」
 なんと、このどじょうは、あの湯布院温泉の清らかな水の中で優雅に泳いできたものらしい。
 「どじょうは、汚い水の中で生きるものと思われがちですが、とんでもない。きれいな水と、いい餌がなければ、いいどじょうなんて育たないんですよ」

炭実験
備長炭を吹くと先端から細かな泡が……
炭、鍋、そして卵まで!
 次に、「どぜうなべ」を煮るための炭。「駒形どぜう」では備長炭を使用しているが、これもそんじょそこらの備長炭ではない。江戸の頃からずっと使われてきた和歌山県の「馬目樫(うばめがし)」を用いたもの。普通の炭だとタレが吹きこぼれてかかると消えてしまう。しかし、それでも消えないのがこの備長炭なのだ(ゆえに高価である)。
 「ちょいと、見ておくんなさいよ」
 そう言って、六代目は先端に石けん水をつけた備長炭を目の前で吹いてみせてくれた。
 すると、先端から、見る見る細かい気泡が出てくるではないか。これは、備長炭の内部に細かな管が通っている証拠。よい炭の証拠である。これが、ボコッと大きな気泡が出るようでは、
よい炭とは言えない。管が大きいために、すぐにもろく崩れてしまうのだ。

たまご
注目! 串刺しに耐える強靱な黄身
 「『どぜうなべ』を作る鍋は薄さ3mm程度。本当はね、もう少し深い鍋ならタレもこぼれないのかもしれないんですが、そこは江戸っ子、気が短いの。すぐに食べたいの。深い鍋で気長に煮るなんて待ってられませんよ。それに、これだけ薄いと常に割り下を加えながら煮ないといけない。そのおかげで最後まで味が変わらないんですよ」
 とにかく、ここのお店に出るものは何でもすごい。ネギやゴボウ、白米、そしてみりんといった調味料はもちろんのこと、卵一つとっても、店主自らが発案した飼育法で育てた鶏の卵を使っている。これまた最高級の卵で、その名も「千年のたまご」。見てほしい、楊枝を何本その黄身に突き立てても崩れることがない!

 「どぜうなべ」をいただいたあと、この卵をこれまたこだわりの白米にかけてするするといただけば、もう、思い残すことはない(というくらい幸福な気分になれる)。

部分食<全体食でどじょうの圧勝!
 「どじょうはね、『一物全体食』。目玉から足から全部食っちゃうんだから。いくらやフォアグラなんて『部分食』じゃないですか。そんなのばかり食ってたら体がおかしくなりますよ。人間だって一つの物体なんだから、やっぱりこういう『全体食』を食べたほうが体にいい。だからこそね、素材にはとことんこだわりたいと思うんです。
 昔、どじょうというのは貴重なタンパク源で、食べずにはいられないものだった。でも、今はもう、どじょうなんか食べなくても生きていける。でも、やっぱり、どじょうを食べたら、こんなに違うんだっていうのをお客様に感じていただければと思います」

 ひとたびのれんをくぐれば、そこには上がり座敷が広がり、江戸の昔さながらの時間が流れる。さらに、店主はじめ従業員の一人ひとりが、その美しい所作でこの空間を江戸の空気に染め上げている。ここでは、野暮に「すいませーん」などと大声を上げて注文をしないでほしい。「ちょいと」と声をかけながらパンパンと手を二つ打つだけでよい。そうすれば、お店の人たちが穏やかな笑顔で迎えてくれるだろう。
 おいしい「どぜう」と酒にしばし酔いながら、江戸の疑似体験をどうぞごゆるりとお楽しみあれ。

『江戸名物酒飯手引草』*
これはいわば、江戸時代の名店ガイドブック。江戸にあるおいしい店の住所を書いただけというシンプルなものだが、当時の人気店がわかっておもしろい。ちなみに当時好まれていたのは、「ウナギ」「茶漬け」「どじょう」「すし」「そば」のようだ。

どぜうなべセット 柳川 どぜう汁
どぜうなべ (1400円)
どぜうなべにはネギが欠かせない。もちろん、このネギも季節によって産地を変えるなどこだわりの素材。そのしっかりと太いネギがまたこの鍋の魅力の一つ。「駒形どぜう」ではこのネギもサービスのうち。なくなってしまったら気軽におかわりできるのがうれしい。
柳川 (1200円)
これに入るゴボウが、また逸品。ゴボウには4〜5月まで品質が落ちる端境期がある。「駒形どぜう」では、店主の発案により、土ごと保管する方法を用いて常に良質のゴボウでこの柳川を提供している。
どぜう汁 (300円)
一番小さなどじょうを合わせみそでしばし煮たみそ汁。こだわりの辛みそと甘みその絶妙な合わせ具合から、深く濃厚な甘さを堪能できる。これで300円は安い!

店舗
「駒形どぜう」
こだわりの素材を用いながらも、気軽に食べられるお値打ち価格で江戸の味を今に伝える。
住所:東京都台東区駒形1-7-12
営業時間:午前11時〜午後9時
     年中無休(ただし、大晦日と元日は休業)
電話番号:03-3842-4001(代)

ホームページ:http://www.dozeu.co.jp/

江戸文化を学ぶ「江戸文化道場」
 「駒形どぜう」では、江戸の文化を少しでも広めたいという店主の思いから、2か月に一度、本店地下に作られたホールで、江戸にかかわりの深い人たちを招いての勉強会を開いている。江戸東京博物館 館長を招いての「江戸の大人マンガ〜『黄表紙』の世界」など興味深い講演が盛りだくさん。勉強会といっても、楽しいもので、お話を聞いたあとには「駒形どぜう」の自慢の料理が振る舞われる。会場はいつも盛況でぎゅうぎゅうに人が集まるそうだが、「ちょっと、そこ詰めとくれ」ってなもんで、江戸時代からの「膝送り」といった風習が随所に見られるとか。残念ながら、現在は会員が多く、なかなか参加するのは難しそうだが、どうしても! という方は足繁く「駒形どぜう」さんにお通いください。

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