Welcome! My name is Kyoju Teshima. Sory,Japanese only.

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いらっしゃいませ!Since July 30 1997

Last update Nov.  15  2009



♪さぁ〜!お祭りです! "だし・わぁ〜るど" です!

  そうです! お祭りです。
お祭り、と聞けば誰もが懐かしい思い出をいろいろと 、お持ちでしょう。豆絞りの手拭いを頭や首に巻いて、さっぱりしたお揃いの浴衣や 法被姿(はっぴすがた)で、白足袋に藁草履(わらぞうり)と、粋な姿で、ある人は、 笛や太鼓の祭囃子に、自ら腕を振るわれたことでしょう。 又ある人は、御神輿を担ぎ、煮えたぎる肉体の熱気で、振りまかれる水が湯気にな って飛び散る様子に、若き血潮を益々たぎらせた時を、鮮明に覚えておられることでし ょう。

さて、これから皆様に、ご紹介しますお祭りの山車(だし)と、山車囃子は、私が今日迄生まれ育った、最愛の古里である上州,そうです、年輩の方にはお馴染みの国定忠治と赤城山、かかぁ天下と、空っ風の、あの上州、群馬の県都前橋に隣接する北関東の交通と文化の拠点都市,たかさき。その高崎市の"高崎まつり"が舞台なのです。高崎 の一町内であります成田町をベースに、高崎の38基の山車と山車囃子にこだわってみたいと思います。

そして、永い歴史を持つ我が国日本には、優秀な日本の伝統文化に彩られた祭礼が、今も日本の各地で行われてますことは、本当に素晴らしいことと思います。これから、各地の山車祭りにも出掛けて、見学させて頂いた各地の山車と山車囃子の様子を山車祭り見聞録として、ご紹介させて頂きますので、これからも是非、お立ち寄り下さいませ 

・・・このホーム・ページの作者からのお願いです・・・

本ホームページの作者は、自分の生まれ育った愛着の強い"まち",高崎のことを多くのひとに知って貰いたいのです。そんな動機で、平成12年の一年間に行われた市制施行100周年の記念イベントの内容と、今の高崎がどんな"都市(まち)"の様子なのかを高崎・市制施行100周年"Hello 2000 in Takasaki"で、皆様にご紹介致しておりますので、ここをクリックなされて、ご覧下さい。

 高崎山車ばやし保存会

このホーム・ページ "山車とお囃子のだしわぁ〜るど" の管理者が所属する高崎山車ばやし保存会です。

高崎山車ばやし保存会は、高崎に伝わる長谷川流山車囃子を、その伝統に基づき往時のものを崩さずに後世へ伝承して行こうと、日頃より保存・演奏の研鑚を積んでおります。近々の保存会活動状況を、別途、高崎山車ばやし保存会のホームページ"篠笛"でお伝えいたしておりますので、画像をクリックしてご覧下さい。尚、ブラウザーは、IE v5.0 以上をご使用下さい。

平成14年9月8日、長谷川流の山車囃子の全曲目、17曲のビデオ収録を行いました。@ 山車囃子の教材 A 当保存会の活動記録  B外部へのPR など、多目的に活用が期待出来るビデオ内容であります。

 収録した全17曲の太鼓と笛の演奏が、高崎山車ばやし保存会のホームページで動画にて、ご覧頂けます。

画像をクリックして、高崎山車ばやし保存会のホームページを是非、ご覧下さい。

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"だし わぁ〜るど"公開のあたって

この Kyoju's Home Page "だし わ〜るど"で、ご紹介しますお囃子の曲目 の種類や、笛、太鼓の練習などのお囃子の実演上の解説は、高崎市成田町の青年会の山 車囃子のリーダーでおられる宮崎文男さんからご指導を頂いた内容で、同氏の監修の上 、公開いたしたものです。また、この外の「高崎まつりの歴史」などの"だし わ〜るど"の内容は、このホームページの発行者が現に見聞した事柄、本人の幼少時からの体験の記憶を、高崎図書館蔵の市史の資料と照合し整理したものや、郷土の民俗歴史を長年に渡って研究され、山車祭りに造詣の深い高崎市に在住の土屋喜英氏のお話、そして高崎市市役所商工部商工観光課,同、総務部市史編纂室,同、歴史民俗資料館より貴重な資料を閲覧させていただいたり、ご提供を頂きましたものをまとめたものです。

    手島 杏樹 
  群馬県高崎市 在住 
   
    E-mail   uh9k-tsm@asahi-net.or.jp 

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リンクの際にご利用ください。


相互リンク

高崎って何処? はじめに、作者の生まれ育った高崎を紹介させて下さい。

高崎市は、関東平野の西北、鶴舞う形の群馬県の中心部にあり、これから先は、新潟、長野との境となる山岳地帯に入ろうとするところに位置しますが、東南方向の視界は、広く関東平野が拡がる平坦地であります。東京から100qの地点にあって上信越、東京間の関所的位置になります。上野の始発で新潟、長野方面を結ぶJR上越線や信越線は高崎までは、高崎線と呼ばれてます。快速に乗れば1時間半で高崎です。上越新幹線、長野新幹線でしたら50分で高崎到着です。関越自動車道、上信越自動車道の開通で、東京と新潟長野間が車でも、日帰り圏になりました。高崎郊外丘陵の白衣観音像は高崎のシンボルです。画像をクリックして下さい。

山車とか、屋台って何? 山車は、"出し" がルーツ!

昔人は、少しでも天に近い山をまねて、土を盛った臨時の置山や、樹木、岩石、花笠、人形などを先端に取り付けた柱状の突起物(これを"だし"と呼んだのだそうです)を、祭礼時に作りました。これは、神霊が招き寄せられて乗り移る「依り代 よりしろ」にする為でした。昔人は、災厄を祓ってくれる神霊が地上への降臨してくれるのを願ったのです。その"出し"(だし)と呼ばれた出っ張り(突起物)を唯、定位置に置くだけでなく、台に載せて手で担いだりして、移動できる様にしたもの全体を"出し"と呼ぶようになって、次第に山車の原型となった、と云われてます。呼び方は、関東では"だし"、地方によって山、鉾(京都)、山車でなく逆さの車山で"やま"(犬山)、曳山(富山)、さんしゃ など、今でもいろいろと異なる名称で呼ばれております。

元禄期以降、江戸では「屋台」という曳き物が大発展した。大型で豪華に装飾された屋台の舞台では歌舞伎芝居が披露され、屋台行列の先頭を山車が請け持つ複数の曳山の形式の風潮が広まったそうです。しかし、幾度かの幕府の華美禁止令から、江戸後期になると屋台は廃れ、山車が曳き物の主流に戻った。しかし、江戸周辺や地方では華麗な刺繍や金糸の幕を彫刻に換えたりして、仕様の工夫変更をして屋台の保存を図ったお陰で、現在も地方各地には屋台が現存しておるのです。左の画像は、京都祇園、岐阜高山と並んで、日本の3大曳山祭りのひとつ、秩父夜祭りでの埼玉県秩父市中町の屋台です。秩父の屋台は今でも歌舞伎を舞台で披露してます。秩父屋台歌舞伎場面A場面B場面C。尚、山車を"だし"ではなく、"やたい"と呼ぶ人もおりますが、その土地での呼び方が最優先で、山車と屋台の折衷型も現に各地に見られますので、山車と屋台の区別にこだわるのはナンセンスと思います。画像をクリックして下さい。  

 
高崎の山車囃子ってどんなもの?

郷土史家の土屋喜英氏は、講演や著書の中で、次のように述べておられます。高崎の山車囃子の元は東京の神田囃子といわれている。その神田囃子に元曲があり、それは葛西囃子(かさいばやし)といわれている。葛西囃子は古くから葛西方面に伝わるもので、亨保の始め頃、葛西領鎮守香取神社(現、葛西神社)の神主、能勢環によって創始された囃子なのだ。土屋氏の了解を得て、高崎の山車と囃子の部分を引用掲載しましたので、ご参考にして下さい。

左の笛方は、我が成田町の山車囃子の師匠の宮崎氏です。氏の演奏する高崎の山車囃子をお聴き下さい。画像をクリックして下さい。

高崎まつりの今昔    道祖神まつり 高崎まつりの変遷

ウン十年前の私が子供の頃の 話です。新年を迎えることで一番楽しかった記憶になっているのが松小屋です。正月の七草が過ぎると、自分の家、近所の家の玄関、門、通用 口に飾り付けてある門松を貰い請けて、子供達で"松小屋"を作ることでした。こうやって、道祖神(どぅそじん)祭りの準備が始まるのでした。 画像をクリックして下さい。

明治維新迄は、高崎藩の氏神の頼政神社のお祭りが高崎の最大の祭りであったのですが、廃藩の後、統一された祭りは廃れてしまったそうです。その経過を高崎市の市史のなかで見つけましたので、市役所の了解を得て、高崎まつりの歴史として、引用掲載しましたので、ご参考迄にご覧下さい。

"お祭り情報掲示板"オープン  その他

山車祭りわいわい掲示板

 <謹告>今までの「山車祭り情報掲示板」を、2000年12月20日より「山車祭りわいわい掲示板」に衣替えいたしました。この山車祭りわいわい掲示板は、「門前町」(このページの相互リンク欄に掲載)の作者のハンドル名"へんぼらい"氏が作成されておるものをリンク致しました。へんぼらい氏の『同じ祭りを愛するもの同士でお祭り談義を繰り広げられたらと言うのがこの掲示板の趣旨・・』とのお話に共感して、掲載させて貰いました。
ご自身のサイトがなくても、この掲示板に自由に参加できますので、山車・屋台まつり愛好者の皆さんのアクセスをお待ちいたしております。

高崎芸能祭り

市民に、地元の郷土芸能を広く知って貰って、 その伝統を守って行こう、との趣旨で始まった「高崎伝統芸能祭り」も、平成10年で第4回目とな った。収録されてますのは、第3回のものです。西暦2000年が高崎市の市制100周年になります。各伝統芸能の神髄を市民だけでなく、広く世間に知って貰う絶好の機会と思います。

山車見聞録

皆様の町の山車まつりをレポートさせて下さい。

自己紹介

お読みにならなくても、よろしいです(笑い)。 


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