『ねっぱり一座/俺が居る』

(THE STICKIE TROUPE/I'M ONLY ONE AROUND)

《オリジナル発売1984年〜1987年》
《CD化、1996年》
  1.破局家族/2.頑張っている/3.君とひとつに/4.はねられ即死/
  5.無言の帰宅/6.立腹音頭/7.抜け娘/8.明るく/9.残侠渡り鳥/
  10.あぁ一般/11.俺が居る/12.オロロン波止場/
  13.¥100ライター/14.普通というのが流行る/15.消去/
  16.支那人の首/17.逆上ラプソディー/18.くたばれ関西人/
  19.鮮やかな耳/20.弦も買えずに/21.ラブ・キャンサー/
  22.出勤/23.お萩/24.貧しき食文化・即席ラーメン

このバンドの関係者がちょっした知り合いなので多少ほめすぎと思われる かもしれないが、これは凄いアルバムだ。 凄いというより恐ろしいアルバムといってもいい。 僕がいちばん気に入っているのは、ネガティブかつ反社会的でありながら、 反社会的だからこそ普通に暮らしている感性では出てこない鋭いメッセー ジを持つ「頑張っている」という曲。  生きる為に立てた青筋も  死ぬ為に立てた墓石も  皆様頑張っている  (中略)  頑張らなくても済む者に  私はこのままなりたいが  頑張らなくても済む者になる為に  頑張らなくてはならないのならば  頑張るのは御免だ     作詞/曙 嬰介 作曲/曙 作造 「頑張っている」 ライナーによると、当時の彼らは無職で「家族が仕事に出かけたのをみは からっては自室にドラムセットやアンプを並べ」「昼の日なかからアルバ ム制作に没頭した」らしい。 前向きに生きようとする人々に対して唾を吐く反社会的な毒を持ったこの メッセージは、単に世捨て人のたわごとではすまされない本質が隠されて いるように思う。 いくつかの曲は犯罪者をテーマにしているが、このバンドの存在自体があ る意味では社会に対して犯罪的である。  こんな社会で何出来る  勝ち誇った奴等の面を見るだけ  審判なんか当てにならず  正当なんか怪しいもの     作詞・作曲/曙 作造 「消去」  芸も無ければ能も無い 資格も免許もありゃしない  つまるところはいなくても 誰の損にもなりゃしない  そんな一人に選ばれて ナカヅトバヅでただ生きる  俺の演じる役の名は 取柄の見つからぬ一般  どういう訳でここにいるのか 俺にもわからぬ一般稼業     作詞/曙 嬰介 作曲/曙 作造 「あぁ一般」 自虐的ともいえる歌詞には、普通でいようとする小市民的な感情を揶揄し てやろうという「悪意」が見られる。 なんでもかんでも明るければいいとされた'80年代を批評したといえる 「明るく」もおもしろい。  なんと明るい地域社会 明るい者ならそれだけで  全て許される 全て許される  明るく ひたすら明るく 暗くなければ何でもいい     作詞/曙 嬰介 作曲/曙 作造 「明るく」 音をお聞かせ出来ないのが残念だが、この歌詞をバカバカしいぐらいに暗 く歌うのだから、つい嬉しくなってしまう。 反社会的でも基本的にユーモア精神はあるのだろう。関西弁でわめき散ら す「くたばれ関西人」には爆笑してしまった。 それでありながら「支那人の首」などという戦争犯罪人を徹底して告発し た曲もある。 また、三上寛が彼らの曲「俺が居る」を取り上げた事からもわかるが、小 林旭〜三上寛といった歌謡曲風の曲も多い。  それが夢でもそうで無くても  この歌を普通にしたい  社会の迷惑にならない  普通の歌にしてやりたい     作詞/曙 嬰介 作曲/曙 作造 「普通というのが流行る」 後半はインストゥルメンタルなどもあり、バンドとしてのコンセプトが揺 れ動いていたのを感じる。 世捨て人的な生活を送っていた時期だからこそ出来たといえるこの『ねっ ぱり一座』は、普通に生きている自分に冷水を浴びせてくれる。 それにしても「このアルバムが好きだ」なんて社会に対して言っちゃって いいのだろうか。(笑)                 1996年12月23日 BXD01655 小林アツシ

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