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『角谷美知夫/腐っていくテレパシーズ』

(KADOTANI MICHIO/KUSSATTE IKU TELEPATHIES)

《1991年発表》(PSFレコードPSFD14)

1.テレパシーなんかウンザリだ 2.俺のそばに 3.青い再会 4.エスケイプ・アウェイ 5.LIVE at JAM  '82年2月5日 6.LIVE at ぎゃてい '82年4月28日 7.LIVE at Goodman '82年1月7日 8.死ぬほど普通のふりをしなければ 9.砂 10.同時の2人 11.現実 12.無題  「角谷美知夫」という男がいる。いや、男がいた。略歴によれば1959年に生まれ、90年 に死去している。生きた時間は31年。そのうち77年から88年ぐらいまで歌手・音楽家とし て活動していた。俗にいうアンダーグラウンドなミュージシャンである。日本で彼の名前 を知る人間はおそらく500人にも満たないのではないだろうか。(その昔、吉祥寺「マ イナー」で演奏していたことのある僕の職場の同僚も彼の名は知らなかった)。かくいう 僕自身もライブハウスなどに通うようになったのは、80年代初頭くらいからで、東京ロッ カーズ以降のニュー・ウェーヴ、テクノや当時盛り上がりつつあったハードコア・パンク のシーンには傾倒していたものの、それらのアンダーグラウンドな潮流より更に周縁に位 置する彼のことに関しては、その名前は聞いたことはあっても、どんな音楽をやっている かなどは皆目見当がつかなかった。  とはいうものの、例え同時代的に聴いていても、おそらくわからなかっただろうという のが正直な感想だ。「わかる」「わからない」などというのは不遜な言い方か。人の個的 な時間の蓄積の折に、抗いようもなく身心の奥窩に谺してしまう音楽もあるということ。 それはまったく個的な事情である。  生前の音源をもとに関係者により編集されたCD『腐っていくテレパシーズ/角谷美知 夫』がリリースされたのは91年。4、5年前初めてプレーヤーにかけたときは、チープな リズムボックスの反復にエフェクト処理され脈略なく崩れていくようなギターと、これま た崩れていくようなボーカル、「ウンザリだ、ウンザリだ、光にもウンザリだ」と繰り返 す歌詞のフレーズにただただ「なんじゃこりゃ?」の感想しか持てなかった。相当変な音 楽を聴いていたという自負(?)はあったものの、この「だらしなく崩れていく」という 印象がダメだったのだ。エッジ鋭く状況に対して毅然と屹立するようなロックのイメージ にまだ魅了されていたから。結局シャッグスと日本的なドロドロ情念を足して水で薄めた ような感慨しか持てず、以降長らく自宅のCD棚に放置されるのみになった。  彼の音が劇薬のように作用するようになったのはつい最近だ。仕事を終えどうしようも なく疲れているとき、何故か知らぬが大音量のヘッドホーンで前記のCDを聴いていた。 以前一、二曲以降殆ど聴いていなかったのが、気付くとTOTAL1時間を一気に聴いて いた。凄まじさに部屋で一人呆然としていた。腕や足を動かすことがしばらくままならな くなってしまった。口がまともにきけない状態になった。  徹底的に「崩れる」こと、どうしようもなく「崩れて」しまうことによって開示される 真実。それは統御的に自己を措定していく状況への対峙の仕方とは異なるではあろうが、 生きることに対する誠実さには変わりはない。いな、むしろ人は統御していてすら、何か を切り捨てる痛みを抱え込まざるをえない。彼の言葉−発声はこの「痛み」の渦中に身を 曝すことによって「生」のいとおしさを逆説的に照射させる。        ゆめゆめ うたがうことなかれ        大変な状態になっているんだ        狂った状態になっているんだ        俺の中に外が入ってくる        ゆめゆめ うたがうことなかれ        死ぬほど普通のふりをしているけれど        俺の中にはヨソモノが入りこんでいる        自分のかっこや 派出所や        ここがいったい何処なのかわからないということが        恐怖して 君に会えない        金もなく 徹底的に1円玉と5円玉が        足の裏についているだけ        この屈じょくを死ぬほど普通のふりをして耐える                     (−「死ぬほど普通のふりをしなければ」)  彼が活動していたのは、70年代後半から80年代初頭にかけての日本のパンクムーブメン トの最中であり、同時代の発語ににおける優れた破壊者、狂気の体現者として、町田町蔵 の名を挙げることもできる。実際、CDの解説書に散りばめられている角谷の生前の写真 を見ると、その顔貌、特に見開いた眼の光が、町蔵を想起させないでもない。(余談であ るが、スナップの一つに「INU」のレコードジャケットが写されている)。ただし、相 違を挙げるとするならば、町蔵の詞が角谷と同様「痛み」を凝視させる種のものでありな がら、凝視すること自体をどこか笑い飛ばし突き放すことを通じて、危うい平衡を保ち続 けているという点である。海面の波濤すれすれに飛行しているような、「どうせくだらん のなら走ってまえ」といった世間的な強さが町蔵には感じられる。角谷の詞、言葉−発語 においては、その平衡すらない。ただ凝視のみがある。波濤に墜落しないのは単なる偶然 のように思えてくる。  中学を中退し、住所不定でヒッピーになり、やがてパンクスとして「オッド・ジョン」 や「腐っていくテレパシーズ」といったグループで演奏活動を行うも、躁鬱気質で常に幻 覚、幻聴に悩まされ、ドラッグにはまり、膵臓炎で死去。ある意味で絵に描いたような「 パンク」の軌跡である。しかしそういった略歴はただの略歴でしかない。今現在僕の手元 にあるCDから聴こえてくるのは、狂おしいまでのマイナスのエネルギーであり、究極へ の意志であり、生への不定形ないとおしさである。「死」から演繹して人を規定すること は、単なる物語の捏造であり、簒奪でしかない。たとえ本人が「あの世」との振幅を絶え ず奏でていたとしてもだ。  CDライナーに寄せられている東玲子の文章の一節。 「彼が死んでしまった結果として、人は彼を、そんな自分の生き方を貫いた人として見る かもしれない。でも、人間は誰も、なにかを貫くことなどできはしない。どこにも至れな い思いを常に抱えながら、生きてゆくしかない。そのことは、彼自身よく知っていた。だ から、終わりたいというような言い方を万一したとしても、死にたいという直接的なこと ばを使ったことは最後までなかった……」  実際の彼を知る関係者の外部であるが、この言葉が何か胸にこたえる。 −*本文章は運動系ミニコミ「ながれ星」第2号に掲載予定のものを改編して転載。 1999.7.21 芳仲 和彦 kazupon@zd6.so-net.ne.jp

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