『ソウル・フラワー・ユニオン/エレクトロ・アジール・バップ』

(SOUL FLOWER UNION/ELECTRO ASYL-BOP)

《1996年10月21日発売,KI/OON SONY KSC2 164》
  1.エエジャナイカ/2.海行かば 山行かば 踊るかばね/
  3.月が笑う夜に 導師はいない/4.平和に生きる権利/5.闇夜の太陽/
  6.満月の夕/7.フォギー・デュー・フローズン・ブラス/8.霧の滴/
  9.進軍ラッパエレジー/10.あまの川/
  11.アマノガワ・フローズン・ギター〜チェジュドタリョン(済州島打令)/
  12.サルマワシノワラウ/13.向かい風

 ソウル・フラワー・ユニオンの新作『エレクトロ・アジール・バップ』。
 まだ発売して間もないしこれから聴き込んでいくうちに自分自身の感覚
 も変わっていくかもしれないが、最初に聞いて抱いた感想は「いまいち
 かな」というものだった。

 僕自身が発売前からつい過剰な期待をしすぎたきらいもあるし、このア
 ルバムの前に出たのがベストアルバムだという事もあるので、少々辛口
 すぎるような気もするが、セカンド・アルバムの『ワタツミ・ヤマツミ』
 と比べてもいまいちなんじゃないかと思ってしまった。

 たしかに、『エレクトロ・アジール・バップ』はモノノケ・サミットの
 成果が生かされている。日本的な要素を意欲的に取り入れた作品ではあ
 る。

 ただ、僕自身が『ゴースト・ヒッツ 93〜96』について書いた時、「日本
 的なものを意識して取り入れると、どうしても際物っぽくなってしまった
 り陳腐になってしまったりしがちだが、彼等の場合は非常に成功してる」
 と書いたが、その観点からすると『エレクトロ・アジール・バップ』は微
 妙な線といえる。

 個人的にはモノノケ・サミットも好きだし、日本のむかしの歌も嫌いじゃ
 ない。
 しかし、はたしてこれがこれまでのソウル・フラワー・ユニオンのファン
 やロック・ファンに受け入れられるのかというと確信は持てない。

 『エレクトロ・アジール・バップ』には、セカンド・アルバムの「もの
 のけと遊ぶ庭」や「アイヌ・プリ」といった曲にあった、ロックとして
 のグルーブ感やドライブ感に欠けている気がする。

 ライヴはアルバム以上に迫力があり、彼等自身がロックのグルーブ感を
 失っているわけではない。次回作あたりは、ぜひライヴアルバムも期待
 したい。

 ひょっと彼等は、すでに「スタイルとしてのロック」のファンに受ける
 アルバムを作ろうなどとは思っていないのかもしれない。
 また、いつまでもセカンド・アルバムと同じような作品を作る事は前向
 きじゃないともいえる。

 ただ、取り組みの姿勢よりも、音楽そのものを評価すべきであるなら、
 僕としてはもっといい作品を期待したい。


 ここまで書いて、もう一度確認の意味で『エレクトロ・アジール・バッ
 プ』を聞いたら、すでに自分はこのアルバムが気に入ってきてる事がわ
 かった。今後、どう思うかはわからないが、とりあえず最初の印象を書
 いたこの文章は記録しておく事にする。


 先行シングルの「向かい風」。とても気に入ってはいるが、曲はそんな
 にすばらしいかというとそうでもなく普通だと思う。

 しかし、僕が彼等を支持し、聴けば聴くほど「向かい風」が好きになっ
 てしまうのは、あの歌が、困難に立ち向かおうとする意志に溢れ、彼等
 自身そして僕等を鼓舞し勇気づけてくれるからにほかならない。


  風に乗って 進めない 向かい風のゲーム
  片や ずっと休まない なびく群のゲーム
  救世主や神秘を待っても
  風に舞う答なんて なかった

   沈むな なげくな 向かい風でも
   燃え上がる空 クールな大地

  (作詞・作曲:中川敬 「向かい風」)


                     1996年11月8日 小林アツシ


○「アジール」「モノノケ」に関する考察はこちら
 『海賊版電子魂花時報』内の「FAQ of Soul Flower Union」

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