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大熊亘 インタビュー Part-6


「どんな編成でも……自分たちにとってのリアリティのあるような、
ウソっぽくないアレンジとか持って行き方ではやってるからね。」


小林: ええと、生まれは山口県……広島でしたっけ?
大熊: 広島県の岡山より。
小林: で、関西が多いんですか?
大熊: 9年づつ広島県と関西にいて、で、高校のあとは東京に出てきたんだけど。
小林: それは……、
大熊: 親の関係だよね。仕事の関係で……、
小林: 新聞記者でしたっけ?
大熊: それは中川君(笑)(注)。うちは繊維メーカーのサラリーマン。
小林: じゃあ、メーカーなんでそういう地方異動みたいなのがあったんですね。
大熊: 広島の三原って街に大きな工場があったんだけどね。'70年前後に人絹っていうか化学繊維、化繊業界にすごい大不況があってね。工場の部門ごとパーッとある日消滅したりしてね。それまででっかい工場でいっぱい人がいたところが、ある日、ガランとしてて建物とかに繊維のクズばっかりが充満して窓から見えてたりとか、それで、友達とかみんな引っ越してっちゃったりとか、そういうのはなんか記憶にあるけどね。で、まあ、自分も引っ越しちゃったんだけどね。
小林: じゃあ高校で東京に来たってのは別に東京に来たくて来たわけじゃなくて……、
大熊: 高校を出るまでが関西だったんだけどね。とにかく親はどっちみち東京に引っ越す事になってて、でね、関西の私大も一個受かってたんだけどね。
で、そこにもし行ってたらチンドン通信社の林君達(注)と必ず知り合ってたなって……(笑)。
小林: 結局やってる事は同じと。
大熊: いまごろ通信社で川口君(注)といっしょにやってたかもしれない。



小林: 野戦の月(注)は、なんかこう、ジンタっぽくなってるというか……。
大熊: そう……だね。
小林: 曲なんかも、こわれてく感じの曲とか多いじゃないですか、演奏もあえてそういうふうにしてるんじゃないかって感じがするし。
大熊: まあ、そうだな、どんな編成でも……自分たちにとってのリアリティのあるような、ウソっぽくないアレンジとか持って行き方ではやってるからね。
そういう意味では……その僕たちのテイストっていうか、やりくちだと思うけどね、そういうの。
小林: 野戦の月のほうは、けっこういろんな人が曲書いてるみたいですけど、桜井さんの曲とかもわりと多いですよね。
大熊: うん。
みわ: 小間くん(注)とかも、いい曲書いてるよね。
小林: あれは、みんなで曲を持ち寄って、みんなでやったって感じなんですか?
大熊: いや、あれはね、お芝居の音楽なんで、いちおう指名があるんだよね。今年は誰と誰に書いてくださいとかね、発注があって。アルバムの時はどうだったかな……いちおうね、発注があってこっちが受けて書くっていう形なんだよな、野戦の月はね。
小林: 持ち回りじゃないけど、そうやっていろんな人が書いてるうちにたまってきたのを集大成みたいな。
大熊: そうだね。ま、ライヴやる時はあんまりこだわんないけど、新曲を書き下ろしたりとかっていうことはめったにないバンドだよね。



小林: A-MUSIK(注)、(笑)CD出るんですよね。
大熊: ついに(笑) 何月何日っていうとこまでは行ってないんだけど……。
レーベルが移籍になりまして、京都のFMNっていうレーベル、石橋君って人がやってるレーベルなんだけど……、
小林: A-MUSIKは何年ぐらいから初めたんですか、大熊さんは……。
大熊: ええとね、今みたいに最近のレギュラーでやってるのは4年くらい前かな? 大昔ね、'81年くらいにゲストで何回か出た事あったし、みんな友達だったんだけど。
みわ: 一枚目(注)には入ってるよね。
小林: あ、名前載ってましたね。
大熊: 一曲入ってるんだよね、コーラスでね。キャーキャー騒いでるんですけど。
小林: 「反日ラップ」(注)でしたっけ。
大熊: そうかな? で、まあ、知り合いだったんだけど、録音するにあたって10何年もやってるバンドで客観的に見れるメンバーがいないんで僕がゲストでありつつちょっと第三者な目でプロデュースできないかって話だったんですよ、最初。4年ぐらい前かな? だから、録音するためにっていう事で……、
A-MUSIKの演奏風景
小林: 参加したと。
大熊: うん。
小林: それって、今回のCD……?
大熊: そう。
一同: (爆笑!)
大熊: 気が付いたらレコーディングのプロデュースだけじゃなくて……なんかね。
小林: いつのまにかバンマスにさせられたというか(笑)。
大熊: バンマスだとは思ってないよ、やっぱり竹田賢一(注)だと思うけどね。まあ、バンドの番頭ですね。
だから、録音してミックスしてマスタリングできました。それで僕の仕事は「やったー」って終わったつもりになってたんだけど、なぜか終わっていないという、これはなんなんだって(笑)いうのはね、僕も不思議なんだけど。まあ、そこが、A-MUSIKってバンドがふつうのバンドじゃないところですね。
小林: 演奏の時はけっこう大熊さんがコンダクターっぽい感じ(注)になってますよね。
大熊: 時々ね(笑)。
小林: (レコーディングでは)中川さんをボーカルで呼んできたり(注)とかしたんですよね?
大熊: そうだね。
小林: 最初、別に中川さんも知り合いじゃなかったんですよね。
大熊: ちょうど知り合った頃だね。むしろベースの小山哲人が知り合いだった。彼はバルコニー(注)とちょっと付き合いがあって、ユニオンの元の事務所でね、そっちで小山君のほうが先の知り合いで。
小林: 小山さんと大熊さん長いんですよね。
大熊: 長いっすよ。小山くんはルナパークの初代のベーシストだし、で、ルナパークアンサンブル自体も小山君が集めたバンドだよね。
小林: 今度CD出るんですよね(注)
大熊: そうなんですよ。アナログをまとめて……、
小林: 実は僕、聞いたことがなくて、……名前だけはね、自主制作盤紹介コーナーみたいので知ってたんですけどね。……もう15年ぐらいたちますもんね。
大熊: '83年から'89年までやってて、アナログは'86年に出したのが最後だから15年ぐらいたつのかな?
小林: (笑)すごいジャケットですね。これとLPとあるんですか?
大熊: そこに全種類ありますけどね。ええと10インチの33回転と12インチの45回転、全部変則盤だよね。
小林: そういう……盤も変則的なのが好きだったんですか?
大熊: そう、もう変則で……決めるっていう(笑)。
小林: とにかくヘンな事をやろうと。
大熊: 俺達ゃ変則だぜ……人生変則だぜって。
小林: なるほど。
CDジャケット
大熊: まあオムニバスだけに入ってた曲とかも入れて未発表曲も入れて、……まあそういう話があったんで。
小林: あの頃、'80年代とかって、まだインディーズっていう名前になる前で、自主制作盤そのものがまだそんなに多くなかったから、名前はみんな知ってるんですよね。絶対零度とかって音は聞いた事なかったですけど名前は……、
大熊: 名前は意外とみんな知ってるよね。
小林: 自主制作ひととおり見ましたからね。やっぱりむこうのパンクの影響とかそういうのがあって、'80年代の頭って日本の音楽シーンが……、
大熊: 急にバーって出てきたもんね。


[インタビュー、Part-7]

[注]

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