溶液の理論



 <理想溶液>

 「理想気体」に似ているが,異なる概念である。

 理想気体 … 分子間力が「ない」。
 理想溶液 … 成分間の分子間力が「等しい」。分子の性質が似ていて,混ぜても発熱しない。

 理想溶液の定義式は,
 G(混合液体)=G(純粋液体)+RTlnX
 すなわち,
 G(混合液体)−G(純粋液体)=RTlnX
 ここで,Gは成分iの1molあたりの自由エネルギー,Xは成分iのモル分率である。

 なぜなら,混ぜると,自由エネルギー変化は,

 ΔG=RTΣnlnX … @
 ΔS=−(∂ΔG/∂T)=−RΣnlnX … A

 @,Aより ΔH=ΔG+TΔS=0

 また,ΔV=∂ΔG/∂P=0

 さらに,ΔU=ΔH−PΔV=0 〔一定圧力下〕

 混ぜても発熱しないし,体積変化すらしない。

 理想溶液では,成分Aの蒸気圧は,純粋なAの蒸気圧PにAの物質量の割合Xをかけたものになる。
 P=P

 成分間の分子間力が等しければ,蒸気圧はその成分の割合(数)で決まってしまうという法則である。
 この式(ラウールの法則,1887年)は理想溶液でなくても,「希薄溶液の溶媒」であれば成り立つ。

 高校の参考書を見ると,希薄溶液の性質の説明で,「溶質どうしの分子間力がなくなる」と書いてあるものが大半である。

 しかし,その本質は,「溶媒だらけ」になって,あたかも「溶質と溶媒」の分子間力が「溶媒どうし」の分子間力に等しいと近似できる。
 すなわち,溶質がきわめて少数派になり,「溶質の個性がなくなってしまった」ことを意味する。

 実際にあった入試問題で,
 
 Q.希薄溶液の蒸気圧降下の原因を説明せよ。

 A.× 溶質分子が溶媒粒子を「強く引っ張る」から。
     もちろん「引っ張られて」いる。しかし,「理想溶液の定義」を見れば,「良くない」解答である。

   〇 界面で蒸発する溶媒分子の「割合(数)」が減る。
     没個性化(束一性)を正しく説明している。



 <ヘンリーの法則>

 「一定温度で,一定量の溶媒に溶けることができる微量の気体の物質量は,その気体の分圧に比例する。」

 大学入試によく出る法則である。

 [熱力学による証明]

 溶液中の溶質Bは気相と液相で平衡状態にある。

 G(g)=G(l) ← Gは1molあたりとする。

 溶質Bの物質量の割合をXとすると,希薄溶液では理想溶液と近似できるので,

 G(l)=G(純粋液体)+RTlnX(l)

 G(g)=G(純粋気体)+RTlnX(g)

 この2つの式は,理想溶液の定義式である。
 従って,

 X(g)=exp[(G(純粋液体)−G(純粋気体))/RT]X(l)

 両辺に全圧Pをかけると,

 PX(g)=P=Pexp[(G(純粋液体)−G(純粋気体))/RT]X(l)

 ここで,Pexp[(G(純粋液体)−G(純粋気体))/RT]は定温・定圧下では一定であるのでKとおくと,

 X(l)は,希薄溶液中のモル分率であるので,

 X(l)=n/(n+n)≒n/n

 P=Kn/n

 ∴ n=(n/K)P

 証明された。



 <凝固点降下>

 高校の授業では,希薄溶液の凝固点降下度が質量モル濃度に比例することが示されるが,その証明はなされない。

 この証明からすると,凝固点降下度は溶質の「モル分率」に比例するので,べつに「質量モル濃度」でなくてもよいが,
 希薄溶液なので,近似して「溶媒1000gあたり」が便利である。溶液の質量とすると,「モル分率」との関連がなくなる。

 [熱力学による証明] ← 「沸点上昇」も全く同じように証明できる!

 凝固点では,溶液中の成分Aとその固体Aが平衡状態にある。

 G(s)=G(l) ← Gは1molあたりとする。

 成分Aの物質量の割合をXとすると,希薄溶液では理想溶液と近似できるので,

 G(l)=G(純粋液体)+RTlnX=G(s)

 ΔG=G(s)−G(純粋液体)とすると,

 d[ΔG/T]/dT=Rd(lnX)/dT

 d(ΔG/T)/dT=−ΔH/T(ギブズ‐ヘルムホルツの式:圧力一定)を代入して,

 −ΔH/T=Rd(lnX)/dT

 −[ΔH/R]∫1/TdT=∫d(lnX

 1→X,すなわちTfp(純溶媒の凝固点)→T(凝固点降下温度)で積分して,

 [ΔH/R][1/T−1/Tfp]=lnX=ln(1−XB)≒−XB ← マクローリン展開した。

 ただし,ΔH=H(s)−H(純粋液体)(<0)で,この微小な温度範囲で一定であるとする。
 また,加えた溶質を成分Bとし,溶液は希薄溶液である。

 ここで,1/T−1/Tfp=[Tfp−T]/TTfp≒ΔT/Tfp
(ΔT=Tfp−T,分母はTTfp≒Tfpと近似した)とすると,

 [ΔH/R][ΔT/Tfp]≒−XB すなわち,ΔT≒−(RTfp/ΔH)XB

 ΔH<0なので,ΔT>0。従って,Tfp>T。凝 固点は降下している。

 希薄溶液では,XB≒質量モル濃度m/溶媒1000gの物質量n

 ΔT≒−(RTfp/ΔH)m

 「凝固点降下度は質量モル濃度に比例する」というよく知られた式が導かれた。



 <浸透圧>

 半透膜を挟んで,溶媒と溶液がある時,溶媒から溶液へ溶媒が浸透するが,溶液側に圧を加えると浸透が阻止される。
 この圧を溶液の浸透圧という。

 ΠV=nRT が超有名な式。

 [熱力学による証明] ← 凝固点降下よりカンタン!
 
 半透膜を挟んで,溶媒Aは化学平衡にあるので,溶液の圧力をP,溶媒Aの圧力をPとすると,

 G(P)=G(P) ← Gは1molあたりとす る。

 溶媒Aの物質量の割合をXとすると,希薄溶液では理想溶液と近似できるので,

 G(P)=G(圧力Pでの純粋液体)+RTlnX=G(P

 ΔG=G(圧力Pでの純粋液体)−G(P)とすると,
 
 ΔG=−RTlnX … @

 (∂G/∂P)=V の両辺をPからPまで積分すると,溶媒Aの体積はほぼ一定なので,

 ΔG=∫VdP=V(P−P)=VΠ … A ← Πは浸透圧

 @にAを代入して,

 −RTlnX =VΠ

 lnX= ln(1−XB)≒−XB なので, ← Bは溶質。マクローリン展開した。

 RTX=VΠ

 希薄溶液では,XB=n/(n+n)≒n/n

 RTn/n=VΠ

 Vは溶媒1molあたりなので,V=V とすると,

 ΠV=nRT

 これが有名な「ファント・ホッフの法則」である。
 これが第1回ノーベル化学賞とは…。

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