有機電子論を勉強するにあたって



 一部の予備校では,有機電子論を使って解説をするようである。有機電子論を理解するためには,以下の2つの効果を理解しておく必要がある。
 なお,有機電子論は,量子力学誕生以前の理論であり,結構「いいかげんな」所もあるので注意されたい。

 <共鳴効果(R効果)>

 電子は波であり,広がると安定化する性質がある。これは,広がって振幅の小さな波になったほうがエネルギーが下がるからである。
 例えば,ベンゼンのπ電子は,ベンゼン環の上下方向に電子の波(p軌道)が重なって,広がりやすいことが分かる。このように,共鳴効果を得るためには,軌道が重ならなければならない。

 <誘起効果(I効果)>

 電気陰性度の大きな原子に電子が引き付けられる。この効果は,隣の原子だけではなく,数原子にも及ぶ(効果は弱い)。核磁気共鳴装置により分子の電子分布が分かるので,数原子にも及ぶこの効果が測定できる。

 なお,I効果とR効果は全く別である。なぜなら,電気陰性度は電荷の偏り(イオン結合)に関係するものであり,R効果は電子軌道の重なり(共有結合)に関係するものだからである。電気陰性度は,もともと単結合の結合エネルギーをもとに決められたものであるので,

    π結合の電子の非局在化 ⇒ 共鳴
    σ結合の電子の片寄り ⇒ 電気陰性度

 とざっくり考えてよい。



 <具体例(電子の流れ)>

 (例1) CH=CH-CH=CH
 二重結合と単結合が交互にあると,混成に関与していないp軌道が重なり,π電子が動きやすくなる。したがって,共鳴効果により,π電子は広がって安定化する。

 (例2) CH=CH-CH
 CH結合のσ電子とCC結合のπ電子の軌道が重なり,共鳴を起こし(超共役という弱い効果),電子は広がってわずかに安定化する。しかも,Cに比べてHは電気陰性度が小さいので,CHのCより,CHのCがマイナスになっている。そこで,電子はわずかに左に流れる

 (例3) CH=C=CH
 π電子が動きやすそうな気がするが,π結合が連続すると,p軌道が重ならず直交する。したがって,π電子が共鳴を起こさず,π電子は安定化しない。

 (例4) CH=CH-CH=O
 共鳴効果で電子は広がる。さらに,酸素の誘起効果により,電子は右に流れる

 (例5) CH=CH-OH(存在しないエノール形) → CH−CH=O(ケト形)
 誘起効果で炭素から酸素に電子が流れるが,酸素に非共有電子対があるので,共鳴効果が優先され,電子は左に流れる。酸素のp軌道には電子が2つ,炭素のp軌道には電子が1つあり,電子密度の小さい方向に電子が流れるのである。なお,一般的に,誘起効果より共鳴効果のほうが大きいとされる。
 電子が左に流れるので,OHのHがはずれて,左端のCにつき,ケト形になる。
 ケト形になると,共鳴を起こさなくなるが,C=O結合はその強い極性により極めて安定であり,逆反応はまず起こらない。



 <補足>

 結合が弱い(柔らかい)ほど,電子は動きやすく,広がりやすい。

 例1)  C=S(第2周期と第3周期) ⇔ C=C(第2周期どうし)
        弱い       ⇔       強い
     原子の大きさが異なると,電子波が重なりにくい。化学結合の強さは,電子波の重なりの度合いで決まる。

 例2)  非共有電子対>π電子(二重結合の2本目)>σ電子(単結合,二重結合の1本目)
       柔らかい        ⇔       硬い
     電子が原子核から離れて分布していたほうが,柔らかく,電子が動きやすい。

 例3)  I>  Br  >  Cl  >F
      柔らかい      ⇔       硬い
     原子が大きく,電子が広く分布していたほうが,柔らかく,電子が動きやすい。

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