投函された一通の手紙
連載第12回 (秩父市 三木久幸)


 たこいさんへ。

 こんにちは。

 糸納豆が届きました。有り難うございました。今回はものすごく分厚くて、力作でしたね。そうそう、私のページのレイアウト! 感涙にむせびました(笑)。

 記事の中では、まず、「C.A.R.E.」が面白かったです。「ポップ」と言う言葉を、「商業的」という程度にしか捉えていなかったのですが、読んで考えさせられました。「ポップ=商業的」という捉え方が更新されたというのではなく、商業的であることの芸術性、を指摘されたという感じがしました。

 そういえば、前回の手紙でドラゴン・アッシュと尾崎豊について書きましたが、尾崎豊よりは佐野元春と対比すべきじゃないか、という気がして来ました。それは切迫感とバランスをとるためのユーモアの感覚があると言う点です。ドラゴン・アッシュは「ビバ・ラ・レボリューション!」ですから(笑)。このユーモアの感覚こそ、佐野元春が持っていて、尾崎豊に欠けていたものでしょう。尾崎豊に「ビバ・卒業!」と言えるユーモアの感覚があれば、あんなに追い込まれることは無かったと思うのです。代わりに、カリスマにもならなかったかも知れないけど(笑)。

 それと「お楽しみは〜」が久々の昔のマンガがネタだったんで、面白く読みました。最近のマンガと少女マンガには疎い私ですが、昔のマンガなら少しはノれます(笑)。

 「未来史」と聞いて、私が思い出したのは松本零士の「キャプテン・ハーロック」とか「銀河鉄道999」とか「1000年女王」とか(笑)。「あれは未来史というよりはスターシステムじゃないか?」とか「未来史とするなら何年生きてるんだ、ハーロック!」とか「だいたい何か恥ずかしいんだよなあ、松本零士」とか(笑)、いろんなリアクションが飛んできそうですが(笑)。何を隠そう、恥ずかしながら、私は松本零士が好きだったんですよ(笑)。松本零士と石ノ森章太郎が、人格形成の中学生時代の愛読マンガでした。

 1、2年前、「エヴァンゲリオン」の影響か、永井豪が再評価されていましたよね。世紀末と言えば確かに永井豪、でもそれじゃあハマリ過ぎかなあ。と言うわけで「永井豪の対極に居るマンガ家は誰だ?」と考えたことがありました。手塚治虫という「神」から産まれた「悪魔」が永井豪なら、「天使」とは誰なのか。それは、やはり石ノ森章太郎でしょう。でも石ノ森章太郎は、ちょうどその「エヴァ最盛期」に死んでしまった。いつか再評価される、と思っていただけに凄く残念でした。まあ、石ノ森章太郎が最後に行き着いたのは「HOTEL」だった訳で、石ノ森風のロマンチシズムは、オヤジっぽさと裏表だったことは否めない気はします。今の時代はこういう感性をヌルいと感じてしまうかも知れない。それでも私は「石ノ森章太郎の再評価を!」と叫びたい。

 特に私が好きだったのは、80年頃に少年サンデーで連載されていた「サイボーグ009」です。アニメの放映に合わせて連載が開始し、始めこそネオブラックゴーストとの戦いを描くものの、途中からは「サイボーグの日常」が描かれる短編が続き、ネオブラックゴーストは忘れられてしまうのですよね。そして、その短編の内容も「ジョウが、老人に乱暴した不良を殴ってしまう」とか「フランソワーズが、不調のテニスプレーヤーを立ち直らせる」とか、心の問題に根ざした内省的なものでした。一見、サイボーグって設定はどこに?という感じですが、どっこい、根底に「サイボーグであることの淋しさ哀しさ」が流れているのです。そう、サイボーグはヒーローとして描かれるのではなく「人間ではない」と言う意味での孤独な存在として描かれるのですね。この辺は石ノ森章太郎の真骨頂ですが、この作品では、それが「戦い」の要素を介さずに描かれるのです。「サイボーグ私小説」とでも呼びたい(笑)。素晴らしいのは、出発点を孤独にしながら、終わりは身近な幸せを発見する形で終わるところです。もちろんそこら辺が、最後に「HOTEL」に行ってしまうオヤジっぽさと直線で繋がっているわけですけれど。でも、きちんと「HOTEL」まで行き着くことができたのって、人間として正しいことだ、とも思うのです。

 最近読んだ、宮部みゆきの「クロスファイア」もまた、人間ではない孤独な存在の哀しい話でした。しかし、その筆致はもっと激烈で、世間への怒りがベースになっています。この世の悪を超能力で根絶させようとする、孤独な超能力者の話です。しかも、その対象となる悪は「世界征服」などではなく、凄く身近なもの。

 この作品は宮部作品の中で、問題作と言われるべき作品ではないでしょうか。宮部作品は良く「人情派」とか表現されるのですが(私もそう読んでいました)、実は内部に凄く濃い毒を含んでいる作家です。そして、「この世には善人と悪人がいる」という世界観を感じさせます。このことは、宮澤さんがHPで指摘されていますね。(多くの作品で悪人が若い女性である点と、その時の筆の冴え方が、作者の深層心理を想像させるけど、それはまた別の話。)

 「クロスファイア」を、似た状況を含む北村薫のある作品、真保裕一の「ボーダーライン」の2作品と比較してみると、最も「ヒューマンな」展開を出しているのは、実は真保裕一です。クールでハードボイルドな作風な印象の強い作者なのに。で、最も激情に駆られたストーリー展開なのが、宮部みゆきです。北村薫の世界観も、基本的には宮部みゆきに似ています。「問題作とか言うけど、こういう勧善懲悪ものって良くあるじゃない」と言う声もあるでしょう。私もこれが「作・武論尊 画・原哲夫」の作品ならショックを受けたりしないのです(笑)。宮部みゆきが書いたってところが問題作の所以です。

 問題作問題作と言ってますが、私はここで、この作品を批判しようとしているのではなく、宮部みゆきの正直さに感動しているのです。過去のある作品で、善良な市民である脇役にそっとハッピーエンドを用意する作者と、「クロスファイア」で、おいしい思いを企む小悪党に正義の鉄槌を下す作者には、何の矛盾も無い。宮部みゆきは、宮部みゆき流の「人情派」は、こういう、かなり独善的な勧善懲悪の思想と表裏一体だってことを、自ら読者に突きつけたのです。そして、この作品の主人公は、実は根本的な疑問を思い悩んではいない。そのことに気づく人は多いでしょう。根本の問題は読者にバトンタッチされたのです。我々は、今後そのことの留保無しには宮部作品を読むことはできなくなってしまった。宮部みゆきは、ただの「人情派」ではなく、エキセントリックな勧善懲悪思想の持ち主でもない。非常に誠実で聡明な作家なのです。

 例えば、森博嗣や京極夏彦の作品を読んでいると「善人も悪人も同じ人物の中に居る」という世界観を感じます。そして、篠田真由美の「建築探偵」シリーズでは、「善人が、ある状況下で悪人になるだけだ」という世界観、更に、島田荘司の死刑廃止論に基づくある作品には、もう一歩進んで「世の中に悪い人はいない」という世界観を感じる時さえあります。でも、私はちょっとそこまでは無理です。そこまでは人を信じられない。

 しかし、横に並べて議論しようとすると、書名すら書けないとは(笑)。やはりミステリの感想を書くのは難しいです(笑)。

 その森博嗣の新シリーズは、益々凄いです。反則技のオンパレード。例えは古いですが、このシリーズは森博嗣の「ザブングル」なのかも(笑)。そのうちに「そうか、あえて掟破りをするシリーズなんだ」と慣れて来るような予感さえします(笑)。実際、私は(ちょっと脱力気味ですが)好きになってきました(笑)。

 森博嗣と言えば、「すべてがFになる」を読んだのは、五十嵐さんのHPに出ていた書評で興味を持ったのもあるのですが、文庫版の解説の瀬名秀明の文章が素敵だったから、というのもあります。そして最近、私は「解説者としての瀬名秀明」を非常に高く評価したいのです。この人は、読者の視点で解説を書く人ですね。とは言っても、評論としてのレベルが低いと言うわけではなく、上手く使い分けてる感じ。簡単に言うと、非常に優れたバイヤーズ・ガイドです。例えばSFマガジンに出ていたグレッグ・イーガン合評に、「よみづらい」と書いた勇気(笑)。

 その瀬名秀明が解説を書いていたので読んだ本がもう一冊あります。R・J・ソウヤーの「ターミナル・エクスペリメント」。これも当たりでした。瀬名秀明が解説で言ってるとおり、「またSFが読みたくなる1冊」です。そして、そのまま本屋を漁って「さよならダイノサウルス」「スタープレックス」と読んで、すっかり気に入ってしまいました。グレッグ・イーガンよりもずっと好きです。現代の科学知識を使った、黄金時代風のほら話。でも、ソウヤーの作品でいま手に入るのは現在はこの3冊だけなんですよね。解説などを読むと、他にも2冊くらい出版されているようなのですが、絶版です。仕方がないので、出張のときなど、田舎の本屋を覗いて地道に探しています。でも、たった10年前の本が絶版で姿を消してしまうなんて...。

 「SFとしての面白さ」とか言い出すと色々大変ですけど、ソウヤーの本には、素直に「面白い!」と言えるものがあります。ちょっと古いタイプのソレですが、センス・オブ・ワンダーってヤツでしょうか? 前にこれを感じたのは、梅原克文の「ソリトンの悪魔」を読んだときです。でも、梅原克文の新作「カムナビ」は、破天荒な設定と「ここまで踏み込むか?」と言いたくなる展開は健在ながら、ディテールで納得できない要素が多すぎました。逆に、そこを「どうでも良い」と思わせるだけの破天荒さにも欠けるわけです。例えば、ソウヤーにも「ちょっとなあ」と思わせる部分が無いわけではない。「スタープレックス」のブタ型宇宙人ってどう見ても日本人ですよ。「で、イルカは人間の友達? ケッ」なんて(笑)。でも、そういう部分を凌駕する面白さがあるから良いのです。イルカも最高に可愛いし。

 そんなこんなで。ソウヤーの影響もあってか、SFへの情熱がちょっと蘇りつつある最近の私です。ちょっと遅いリアクションかも知れないですが(笑)。

 ところで、瀬名秀明が解説を書いてる本って他に知りませんか? 実は、探してるんです(笑)。

 そういえば、「ハイペリオン」四部作も完結したのですね。段々分厚くなるんですよね(笑)。私は「エンディミオン」迄は読破しまして、あと1冊を残すのみとなりました。楽しみです。

 次の「糸納豆」も楽しみにしてます。HPも頻繁にチェックしてます。表紙の写真が良いですね。特に風景の写真が好きです。

 それでは、また。

2000.2.25. MIKI


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