お楽しみはこれからだッ!!
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第33回 “390円の幸福”
 掲載誌 TORANU TあNUKI 167〜169号
 (通巻第55号)
 編集/発行 渡辺英樹・原科昌史/アンビヴァレンス
 発行日 1994/9/30


 いやー、はははは(笑)。TT読者のみなさま、お久しぶりです。今年はがんばるなどど年頭に宣言しておきながら前号もまた原稿を落としてしまいました。今回は催促の電子メールまでもらってしまったので(笑)、真面目にやりたいと思います(笑)。

 で、今回のお題ですが、前々からやるやるといっていて手をつけていなかった“現代りぼんに残された最後の希望(笑)”谷川史子を取り上げてみたいと思います。題して“390円の幸福”。

「じゃ、やっぱり想像どおりの人だったの?」
「………そうでもない。
 わりと子供っぽいし口悪いしダジャレなんかも実は好きで水虫の疑いがあって」
「………」
「でもね。それがいやじゃないの。
 あの人のことひとつひとつわかってくたびに、ああ、ほんとはこんな人だったのかって、びっくりして、うれしくなる。
 もしずっと話せずにいたらわからなかった彼のいろいろを、あたしは知っちゃったんだな───って…」

 台詞は谷川史子の最新刊、オムニバス短編集『君と僕の街で』より。

 谷川史子のデビューは昭和61年なので、実はもうけっこうキャリアは長い。でも初めのうちは年に一作くらいの活動ペースだったので(うむむ(笑)。TT誌上で取り上げてるマンガ家ってそんなのばっかだな(笑))作品数はそんなに多くない。それでもここ数年は年に一冊くらいは単行本が出ているので、いいペースで仕事をしていると思う。


 『君と僕の街で』は5つのエピソードから成るオムニバス短編集なんだけど、一話目のヒロインの親友が第二話のヒロインで、第二話で登場人物達が食事していたうどん屋の娘が第三話のヒロイン、その友だちが第四話のヒロインで、さらにその妹が第五話のヒロイン……といった具合で、同じ舞台設定の中で次々と主人公が交代するオムニバスという形式は田渕由美子『フランス窓便り』あたりを覚えている人にとってはちょっとたまらないくすぐりである(笑)。

 谷川史子は実は前にも『各駅停車』という3話のオムニバスでおんなじスタイルを使っている。基本的に短編型の人らしく、同じ主人公で単行本一冊分くらい話が続いているような作品では短編作品と比べやや生彩を欠くといった印象がある。と、いうことで、りぼん本誌に連載された『きもち満月』『くじら日和』は悪くはないんだけど初めて谷川史子を読むという人にはあんまりオススメではないかな(笑)。その代わり、それ以外の短編集『花いちもんめ』『きみのことすきなんだ』『各駅停車』『君と僕の街で』はすべて超オススメ。今、一冊390円でこんなに幸福な気分を味わわせてくれるマンガ家はちょっといないぞ(笑)。

「離れてなんていくなよ。
 道場もやめるな。
 美葉と結婚しても、お前がそんなんじゃ俺つまんないよ。
 美葉と結婚しようって決めた時、ああ、幹が、俺の大好きなこの子が妹になるんだって気づいてうれしかった。
 ほんとうに、すごく、うれしかったんだよ…」

 えーと。台詞はやはり『君と僕の街で』から。ま、今回はくだくだしいあらすじ紹介とかはやめときます(笑)。

 谷川史子の画風は、全体としてはシンプルで簡潔といっていい絵柄なんだけど、一本一本ていねいに描き込まれた髪の毛の線。定規をまったく使わずにフリーハンドでちまちまと描き込まれる背景。必要最小限だけど効果的なトーン処理。そのすべてが渾然一体となって一つの完成の域に達している。少なくとも今の“りぼん”のマンガ家でこんな繊細な絵を描く人はいない。

 作風は“りぼん”の伝統的な乙女チック路線の延長上に位置づけられると思う。ただ、往年の乙女チックマンガが(とりわけ全盛時の陸奥A子あたりの作品のように)閉鎖系の小宇宙とでもいうべき乙女チック世界にどっぷり浸り込むような印象があったのと比べると、谷川史子はもっとずっと抑制が効いている。きめ細かな心理描写の積み重ねで乙女チックな気分をうまく演出しているとでもいうのかな。実際、虚構の極みともいうべき“乙女チック小宇宙”は現代においては、たとえ“りぼん”誌上であっても存在することのムツカシイ恐竜の如き存在だと思う。だとするならば、乙女チックマンガの一つの理想的な進化形は谷川史子ではないか、とこう考える次第である。


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