【道成寺攷 参考資料】

【道成寺歌謡 資料】

【金巻 番楽】

五、金巻

金巻とも鐘巻道成寺ともいう。能作品と構想は同じだが、詞章は全く別である。
旅の女が金巻寺を拝もうとしてやってくると、別当坊が、この寺は五不思議七不思議の寺で、
女人を禁じているため、来てはいけないと制する。
しかし女は押して通り、鐘の緒をとって自身の体に巻きつけ、鐘を撞こうとすると、
却って鐘に撞き込められ、忽ち蛇身になる。
そこへ旅の山伏が出て、間語りをなし、且つこの蛇身のものを祈り伏せるという筋であるが、
最後に蛇身のものが成仏の体で、女姿に戻って舞う所もある。
番楽の方では詞章はあるにも関わらず多く鐘入りがなく、中入り後の舞いのみを伝えている。
ただ一ケ所、興屋ののみは、奇古な舞に仕組まれていた。
番楽では多く最後の打ち出しとして演ずる。(興屋では新築祝い等に演ずるという。)

詞章

羽山本を底本とし、菅原氏本及丹内本を参照L、また、圓萬寺・田子の両本の部分をも参照す。

【金  巻】



幕出し
ようよう急ぎ行く程に行く程に、金巻寺に着きにけり。

と囃子になり、ながし歌で、黒頭巾、かざし、女面、振袖の上臈が後ろ向きに出、
正面向きになほり、袖を左右にひろげ、浮き沈みあり、幕前、胴前の間を舞う。

ほのぼのと ほのぼのと
よさい よさい
うきしずみ うきしずみ
よさい よさい
たちなほれ たちなほれ
よさい よさい

と、胴前に合図の右足をトンと踏んで決まると、正面に向き、扉を開き、一振りあって、語りになる。

女(胴前):日本なあらあら、みめぐり申ては候え共、音に聞く、ゆらの開山、金巻寺を拝み申したたる事はなし、
漸々急ぎ行く女にて候得しか、別当御坊は内に御座ましかよのう。

と、この間に楽屋の者1人が、支えの棒に黒紋付の衣裳、若しくは黒ふろしきをかけ、
上方をくくって鐘の體にこしらえ龍頭に当るところに赤のしごき帯の一端を結び、
その帯を畳んでかけておいたものを持って出、幕前下手寄りに支え持ってひざまづいている。
上臈は扇を前に、左手はその袖を垂れて、袖の後にしたまま、ぢっと立っている。

別当:(楽屋)ヲゝさん候、此寺と申すは、そも貴き寺の事なれば、男参れと、女の参らん寺なれば、女の身として夫よりすぐすぐかえらせ玉へ。

女:此御寺と申は、そも貴き御寺の事なれば、男参れと、女の参らん御寺故.女の身として是よりかえれとのたまうかよのう。

別当:ヲゝさん候。

女:男となって百日の行、女となって千日の行を勤て参るのに、何の不思議のあるべきに。
別当:おうさん候、ここに五つの不思議あり。

女:五つのふしぎにとりてハそも。

別当:五つのふしぎにとりては、木をだに男木立ど女木立たず、鹿か参れと、女鹿参らず、
雄鳥通えど、雌鳥通はず、男虫通えど、女虫通はず、男参れど女の参らん寺なれば、女の身として夫からすぐすぐ返らせ玉へ。

女:木をだに、男木立ど、女木立ず、鹿か参れと、女鹿参らず、男虫通えど、女虫通はず、
雄とり通えと、雌とりかよわず、男参れと女の参らん御寺ゆえ、女の身として是からすぐすぐ返れとの玉うかよのう。

別当:又ここに七つの不思儀あり。

女:七つの不思議にとりてハそも。

別当:雨降れ共軒端につゆの落る事もなし、柵理なけれど内に風の入る事もなし
、庭に草はえて花ハ咲けとも実ワならず、金の龍頭の切る事もなし。読経の声ハすれども姿の見ゆる事もなし、
香をたけども煙りたつ事もなし、池の鳥々は何にと遊べと声立る事もなし、
是七つの不思議の寺なれバ、女の身としてそれから、すぐすぐ帰らせ玉え
女:参らんといえし御寺へ参り、をさんといえし金の緒押したるか故ヲ以て、如何なる風情にてもなつたるようすをも承て候かよのう。
別当:さん候、愛宕鞍馬も近ければ、大天狗、小天狗天天下り、忽ち蛇身となったるようそうも承って候ぞよのう。
女:先の世に
(と、胴をドンと打込み以下節になる。上臈は右足を前に扇をまるくまはす。)
ふし 如何成罪を
(と袖をひらき、振あり)
つくり置き
(と進み出る體で扇を合せ開きし、)
女と生れし
(と右足を引き、左足も引き、袖を前にして沈む)
無念さよ無念さよ。

と是より囃子をかぶせて、歌となる。

胴前楽屋 やああ、それはともあれかくもああれ、参れや鐘の緒バおさんとする。
諸行無常の鐘のをハ、やすまばやすめ、忽ち蛇身とならバなれ、参れや鐘の緒バ押さんとする。
それはともあれかくもあれ……

と、だんだんと早目になって行く此の囃子歌の繰り返しのうちに、扇を振り、左足を引き、又扇を前方に振り、
かくて進み出る様に静かに振あり、クと後を見、その場にめぐり、扇の振あり.進み出る心持で静かに振あり、
鐘に進み、龍頭の緒をとり、これを扇に持ち添えて、左方角に向いて拝をする。
次にクと首を返し、右方角に向き、同じく拝し、なほり、正面向に拝ス。
次に退り、振あって、緒を投げかけ、小まはりし、鐘の方を見込みつつ、扇の振あり、幕前にしゃんと坐し、
扇を前に置き、ぢつと両袖をとり、.右を見、左を見、次にクと右方を見、右袖をあげ、しほる如く首を下げ、
次にクと左方を、クと右方を見、またクと左方を見、袖を上げ、しほる如くくびを下げ、くびを起し、クと右方を見、左方を見、
正面になほし、.左袖から散米をとり出して、鐘に向って二度程まく。
更に袖から数珠をとり出し、両手にとり、合せ、右を見、左を見、又右左と見て、数珠を左右にし、
扇にパタとふせて拝し、首をふるはせつゝはげしくし左右を見、房を右手にとり、打震えつつくびをおこし、
叉震えつつ立ち、退り、.少し進み、歓珠は手にかけ、扇持つ手をふるはしつつ、小めぐりし、しやんと坐し、
鐘の方を見込んで立ち、ふるえつつ退り、進み、鐘に思い入れあり、ふるえつつ、進みかねる様に進み、又進み
、鐘に近より、帯をとり、扇に持ちそえ、退って右方に向いて拝し、なほし、また左方に向いて拝し、なほし、
正面に拝し、浮き沈みをし、タタタを踏み、帯のはしをもって、右に、左に打つ様に振り、
次ぎに帯をとったままその場に順にめぐり、帯びを身にからむ。
からまったま、左右に振あり、めぐりかえしてほぐれ、なほり、帯をとったまま坐し、拝する。
震えつつくびをおこし、鐘を見、震えつつ立ち、進み退り、坐し、震えつつ又立ち、進み、
帯を鐘にかけて、小めぐりし、はなれ、扇の振あり、順に小めぐりし、扇をつぼめて帯に収め、進みよって緒をとり、浮き沈みし、
上げ下げして緒の先を右に左に打ち、帯にからまり、左右をきり、ほぐれ、坐し、伏す。
次にふるえつつくびをあげ、立ち、進み、坐し、ふるえつ立ち、つと小めぐりしつつよると、鐘持が鐘をかぶせる。
そのまま、幕を押出し、これにかぶせる。

[山伏をがみ]
幕出し
熊野参詣の御客僧。

と囃子になり、幕の中で足踏あり、一しきり幕を振り動かすことあって、甲、鉢巻、直面、襦袢のぬぎだれ、襷、裁著様の袴、帯刀の山伏が、
右手に扇を開き持ち、数珠も持ち添へ、左手は刀の柄に手をかけて出る。
振きびきびと、一舞あり、扇を右にとり、左にとり、左右をきり、タタタも踏み等、一しきりあって墓前に立つ。

楽屋
ヲゝうおん前に立たる客僧をば、如何なる客僧と思召

(と進み出る、扇の振あって、一舞いあり、次の詞章を口早にいう。)

我ハ是大峯三十三度、葛城三十三度、羽黒ハ三十三度、合て九十九ツの峯を難無く掛たる客僧にてましませば、天飛鳥を祈り落そう共、
(と進み出、扇の振あり、又幕前になほり)

地這虫の足をとどめよ共、枯木に花を咲せよう共、音羽の滝に絵を書留めよとも、石にはぐをうだせよう共、
自由自在の客僧にてましませば、聞けバまことやら、伏屋の長者の一人の姫とやら、参らんといえし御寺に参り、押さんといえし、
金の緒を押したるが故に、愛宕鞍馬も近ければ、大天狗、小天狗舞降り忽ち蛇身となったるようそうも、
承って候ほどに、一加持致し、ちゃうちゃう人々の御目にかけバや 

と振り有り、囃子が入ると大いに振り有り、此の時幕をふるはせて、蛇面のものがざい、ぬぎだれ、脚絆の支度で、
橦木を持ち、ピーピーと、うきと称するニ片のうきの木の間に桜の皮を挟んでつくったふくみ笛を鳴らしつつ出る。

胴前:南無西方には行者行者……

と両名は互いに入れ代わり合い、激しく渡り合う。

とど一度は客僧が負け、二度目には蛇が見事に足がらみで胴前に伏せられ、再び立つが、また、転ばされて入る。
客僧も続いて入る。息もつかせぬ見事な型であった。中入り前が二十二分、祈りの段が約六分である。



【(二)大償、晴山の錘巻】



大償のは、型が余程忘れられているのだと思う。
晴山にあった様な美しい型がこちらにはないからである。
即ち晴山では、鐘に近づいては幾度かその場をめぐり、たぢたぢと震えつつ斜かいに幕まで後すざる。
鐘の緒をとってはこれに三まはりくるまり、ほぐれてはまた打ふるえすさる。
いよいよ鐘入りの段になると、舞っているうちに次第次第に、腰帯や広帯がとけ、振袖がぬげおち、
白無垢の細帯一つとなり、鐘に入らんところび、又ころび、きっと鐘に眼をつける。
執心の心持がよく出ていたが、これはまた同時に、大層色っぽくもあった。
尚、ここ大償、晴山の伝では、鐘をかぶったまま早替りで、あけまきを乱髪に、
女面を鬼面に(大償は又ぬぎだれに)改えることがあった。
これは、やはり古くからの工夫を面倒がらずに残したものであらう。
大償では、早替りの後、うき笛を鳴らしつつ、狂言の「とって喰うはう」一式の振が色々あった。
台本は、岳のとくらべ、大体は同じであるが、言いまはしや修飾に異同が有る。

<本田安次著『山伏神楽・番楽』より>

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