[ある見学者の記録]

AI・HALL演劇学校1日体験入学

◆1995年6月10日「リビング東阪神」某記者の記録◆
レッスンメニュー
ランニング⇒歩行⇒芋虫⇒ダルマ⇒リラクゼーション⇒課題「アニマルエクササイズ」
「郡読 草野心平詩集より、『誕生祭・1万年の誕生祭 』」


練習を終わって帰るころからなんとなく腰のあたりがだるい。
いやな予感は的中し、次の日は肩からももまで全身筋肉痛の苦しみが……。
手のひらも痛い。「お芝居は大好き。でも演じてみたことはない」。
好奇心を胸に秘め、Al・HALL(アイホール)演劇学校の初年度クラスに1日入学。
とりあえずは体力第一ということを体で知りました。
でも、演じることのすごさ、素晴らしさも、ほんのちょっとだけれど感じることができた……かな。(某記者談)

演じること、生きることの素晴らしさ実感

1.いきなりオドされてビクつきながら稽古開始

毎週木曜日の夜7時、初年度クラスの授業が始まります。
生徒は18歳から30歳くらいの社会人や学生約30人。中には主婦も。
「ふだん使わない筋肉を使いますからね。明日あたり、つらいですよ」。
講師におどされ、ちょっとビクビクもので稽古場に。
ランニング
ランニングランニング
はじめはランニング。5〜6人が輪になって走りだし、1人ずつその輪の中に加わっていきます。
ただ走ればいいのではなく、足音が全員同じになるように、リズムをとりながら走るのが目的。
ドタバタと音をたててもダメ。舞台での演技を想定したレッスンなのです。
「まわりの人の足音をよく聞いて、前後の間隔もきちんとあけて」と講師が声をかけます。
周りと協調しながら走る練習

2.名実ともなわない“いも虫……”

「じゃ次は“いも虫”やろうか」???
筋肉痛の原因は実はこの、聞いただけではわからないレッスンのせい。
腕たてふせの姿勢になりおなかの力を抜く。
腕だけで体を支え、おなかを左右にブラーンブラーンと3回振り、4回目で「ハッー」と気合を入れて横に飛ぶ。
これがいも虫…。幼稚園でした記憶のある楽しくて気楽ないも虫ごろごろとはやっぱり違うか、
とひそかにうそぶきながら列に加わりました。
腕で体を支えるのがやっとで、おなかをブラブラさせることも難しい。
ましてや横に飛ぶなんて。ククク、と踏ん張る私に思わず「フフフ」とみんなから笑いが。
気合だけでは無理なようで、みんなと同じようにはできないまま、”いも虫……”は終了。
講師は「結構ハードでしょ?」とニタリ。しかし、負けるもんか。家で必ず練習しようと独りで決意。

3.歩き方には人生が表れる!?

5分間の休憩の後は歩く練習。30人が見守る中を1人、円を描いて歩きます。
シーンと静まり返る稽古場。歩く私の足音だけが聞こえてきます。
2周、3周と歩いたところで「ハイ」と講師がストップ。
「あなたは足首から下だけで歩いているんですよ。一番楽に、悪くいえばずるい歩き方ですね。
それは今までそういう歩き方をしてきたってことです。ではひざを曲げないようにして歩いてみて」。
いわれる通りにしてみると、足首がだんだん痛くなってくる……。
「ひざを曲げないようにして歩こうとすると足は横でなく前に出さざるを得ない。けりが入るんですね。
しかしあなたの場合はふだん、足を横に出して楽に歩いているんです」。
やはりいい歩き方ではない?「あなたが歩く分にはいいけれども、舞台ではいろんな人を演じなければならない。
役者は歩くことがすべてなんですよ。なんの印象も与えない、けれども思い出してみるときれいだったな、
そういう歩き方もできるんです。能を始めた50歳の人が習得した例もあります。
年齢は関係ないですよ」。歩き方にはその人の生き方や人生が見える。隠そうとしても…。
“演じる”ためにしているレッスンが1人の人間を浮き彫りにしていく。
たった数分のこのレッスンがそんなことを感じさせてくれました。

4.犬の散歩を題材に

歩く練習の後は「課題」。自分で、ある場面を想定し小道具を使い、声は出さないで演技してみるというもの。
そこでわが家の日課である犬の散歩をテーマに演じてみたのですが、結果は……。
「芝居はパントマイムとは運うんですよ。パントマイムはいかにもそこに何かがあるかのように振る舞う。
演じるというのはそうではなくて、自分なりに表現するもの。
舞台で実際に考え、感動しながらあなたがどう感じたかを表現し、見ている人に伝えるんです。
犬の散歩だというならそれはどんな犬か、においはどうか、鎖が引っ張られる様子は、
とそこまで見ている人に感じさせないと」どうすればそんな演技ができるのか?
いろんなものを観察し体験し、表現してみる。演技の習得に近道はないようです。

5.チャレンジ精神こそすべて アニマルエクササイズ

動物の行動を観察してそれを再現する「アニマルエクササイズ」は毎週の宿題になっています。
「ハイ、今日はだれかな」。講師が声をかけると4〜5人が挙手。自主的に発表します。
近所で見かけた猫、動物園のシロクマ、フンボルトペンギン、オオカミ……。
演じた後、何をどう表現したかったのかを説明。
「シロクマは飼育係の人を目で追ってた?」「猫の手のひらは濡れていて、それでよく自分でなめるんだよ」。
講師のアドバイスはまるで動物博士?と思わせるほどに詳しくてビックリ。
最後に必ず「大変おもしろかった。どうもありがとう」の一言が添えられます。
宿題をこなす時間がなくパスする人もときにはいるそうですが、「チャレンジ精神こそすべて。
何も用意してこなかったけれどやってやろうという意気込みが大切なんです」。

演技を通して自分を再発見

AI・HALLは1990年前後の小劇場ブームのとき、公立ながら小劇場の芝居も受け入れて、
オープンした伊丹市立演劇ホール。
演劇学校もそれにふさわしいものにしようと20人程で平成元年にスタート。
講師陣は、関西小劇団の主宰者。(注・大谷は商業演劇から転じて公立演劇団体出身。)
目指すものは、肉体の表現よりもむしろ、メンタルな部分の変化です。
「俳優養成所ではないんですよ。お芝居が好きでやってみたいけど、どこへいけばいいのか。
その受け皿としてここがあるんですね。お芝居を楽しむ経験をしてください、そんな気持ちです」と
大谷さん。
「教えてもらうのでなく自分で発見してほしい。演技を学ぶ中で、自分はこういう人間なんだ、
こういう優しさがある……自分を再発見するということですね。
やるもやらないもあなたの勝手。何もしないでくる人はダメ。チャレンジしてくる人は受け入れます」
人前で演技することへのプレッシャーに打ち勝ってゆく。そんなプレッシャーなんかに負けないほどの
好奇心があれば最高。
興味津々、ヤジ馬根性、こわいもの知らずのスピリッツが俳優には不可欠ですが、
それは舞台の上でなくとも必要なのかも。
練習を重ねるごとに、みんながきれいになっていくのがわかるという講師。
「ここでの練習は自分をさらけだすことになる。それはとても恥ずかしくて
勇気のいることですよね。でも彼らは来てくれる。遅れてでも来る。
本当に素晴らしいと思いますよ」。

ダルマ
基礎訓練の一つ“ダルマさん”あぐらをかくように足を組み、
そのまま倒れコロンと背中でころがり起き上がる。
ダルマさんになった気分だけど自然に起き上がれず1人だけ転がったまま。
「力まないで。僕なんかホラ、全然力を入れずに起き上がれますよ」
金崎さんの体はコロンと回転。


TOPへもどる
演劇ラボ