アイホール演劇学校に94年4月から97年3月まで一年生を担当して、若者たちとともに学びました。 とても楽しい3年間でした。 生徒にとっては、俳優の基礎技術という、演劇の勉強の中でも一番退屈な勉強だったと思います。 ですが私にとっては、今まで多くの俳優達とともに研究してきた俳優教育「スタニスラーフスキイ・システム」 の貴重な実践の場として、世代・時代を超えて学べる大切な時間でした。感謝しています。 ただ「創造への基礎技術」を学べる場が極端に少なくなっている今、閉校となって継続的に学べる場が なくなるというのはとても残念です。 ここにその体験を通じて得たものを、1年間のプログラムの概要としてまとめてみました。 今後メソッドを研究する方々や演技創造を研究する方々の参考になればと思います。 |
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アイホール演劇学校の目的は俳優を育てる事ではなく、演劇の良き理解者を広げていく事にありました。 一方で、開校5年目に入って、ただ演劇と出会うだけでないものを求める声もあったのでしょう。 そのため、基礎を学ぶ一年生とお芝居を上演する二年生に別れることとなったようです。 私の講義はスタニスラーフスキイシステムをもとに、演劇教育、それも「俳優教育の基礎の基礎を」という要請に応じて、 俳優としても一般社会人としても必要な、話す力・聞く力(コミュニケーション能力)や自己の再発見など いわゆるEQの向上を目的として始めました。 スタニスラーフスキイシステムの目標は、 『俳優が自分の創造的個性を解放する機会を獲得するための、様々な能力や資質を育て上げることにある。 …創造的個性と言うものは、普段はさまざまな偏見や生活習慣的な枷によって閉じ込められているものだ。 個性の解放とその発揮(表現)こそ、俳優教育の主要な目標になるべきだ。 演劇学校は生徒の創造的可能性を開く道を明らかにしなければならない。 …しかし俳優は独力でこの道にそって進んでいかなければならない。なぜならそれは教わることの出来ないものだから。 演劇学校の使命は、俳優の中の深く隠された潜在能力の自発的な発現を妨げている、 あらゆる因襲的なくだらない考えを取り除いてやることなのだ。』 (「ワフターンゴフの演出演技創造」) |
四月私は、社会人としても新米の、学生であっても就職を控えているような、ともに不安定な状況で何かを得たい、 知りたいという18才〜30才位の若い人達と出会います。 個々の都合や理由は分かりませんが、週一回夜3時間の稽古に通うことは、決して楽な一年間ではありません。 それも「芝居の上演を目的として」というわけでもなく、一年間ほとんど退屈な基礎訓練ばかりですから、 半数の人達が脱落するものと考えていました。 しかし実際には、九割以上の人が残ってくれました。。 特に途中でリタイアした人からも「演劇を学んで良かった。これからも学んだ事を生かして、 自分の気持ちを相手に伝える努力と、偏見なく相手の気持ちを理解する努力をしていきます。」と、 退学の挨拶に言われたときには、胸が熱くなりました。 演技と言う「表現する技術」が演技にだけではなく、生活の中で生かせる技術、必要な技術なんだと感じ取ってくれたとき、 この道を歩いて来て良かったと思います。 どんなに苦境にあっても、人と出会う日々の感動が人を幸せにするのです。 「人と心を通いあわせて、感動につながる柔らかな心」を育むのが演劇教育なのだと信じています。 メソッドの目的、人として創造の障害となる内なる枷を、出来る限り取り払って行きましょう。 このレポートは、1997年の時点で書かれています。芭蕉いわく「不易流行」とか…。 私も時代を見据えてメソッドの発展に努力するとともに、今後の研究していく方々に期待します。 |
まず最初の6ヶ月間は、[演技創造の基礎]の習得に注力します。 特に集中とリラクゼーションが、私達の基本です。 この基本が、日々の習慣となるよう、最大の注意と時間をかけましょう。 |
1996年 『エチュード 駅』 |
初日は『どんな演技、どんな基礎を学のか?』という問いに答えていきましょう。 私達は、演劇の表現様式の中で基本となる「ストレートプレイ」を学びます。 演劇のもっとも大事な点は、集団の創造ということです。 一人の天才的な俳優や演出がいても、それは演劇ではありません。それは怪物であり奇蹟です。 立派な演劇よりも一人の優れた俳優を選ぶということは、演劇の本質を否定することに他なりません。 このシステムで学ぶ舞台には、特に素晴らしい声の持ち主や演技力のある者はいないかも知れません。 しかしまた大げさな顔をして怒鳴り散らす悪党もスターもいないでしょう。 全てが真実であり生活であり、一寸した気分の変化や思いや凝縮した瞬間の真のドラマです。 青春の本当の気品や魅力が溢れて出てくる、力強い舞台を生みだしていきましょう。 |
俳優の仕事とは、考える人、感じる人、行動する人(○○らしい)を演じるのではなく、 「舞台上で[本当に見、聞き、考え、感じ取り、行動する]能力」(有機的行動力)を身に付けて、 演技を創造することだ、ということを理解しましょう。 ★課題 ○俳優達に「椅子を並べる、扉を開ける、背の低い順に並ぶ」など、実生活にあるような具体的な行為を求めます。 課題実行時の混乱(何をするか、誰がやるか、何処にあるか等)が収まって目的が達成された後に、 再び同じことを、いま行ったような混乱を含めて『演じる』ことをもとめましょう。 ○注意点 (1)課題が演じられてどのような印象を受け取ったのか、課題の結果の判定は「面白かった・つまらなかった」という視点から、 観客となった俳優達にまかせます。 ・なぜ面白かったか、なぜつまらなかったか、自分達が何を見て何を感じたかを、見ていた一人一人が発言して判定します。 ・課題を演じて消化することだけではなく、他人が演じていることを『見ている』そのことが大切なことを理解しましょう。 そして、自分が何を見て、何を感じたのか、それを他の人に伝える、自分を表現することを、小さな事から実践します。 |
(2)日常の行為が繰り返し演じられる時には、舞台上の演技と同じであることを理解します。 つまり演技とは繰り返し繰り返し、作り出す行為なのだと理解しましょう。 (3)同じ行為が何度も繰り返されると、演じる側も観る側も、初めの新鮮な感動を簡単に失う事を体験し、 いつも新鮮な感動を生み出すために、いつも新鮮な演技である為には何が必要なのか探しましょう。 (4)行動をなぞる行為や成功した行為を再現するのではなく、どのように行為が展開したかという、 『行為の論理』を実行し、表現する必要があることを理解します。 これによって、行為は常に生み出されるものなのだということを実感しましょう。 「本当に見て、感じて、考えて」演技を作り出す事が大切である事を実感しましょう。 (5)課題を演じた俳優と演出との会話の中で、表現結果としての良い処、悪い処が明らかにされ、 何が良く、何が悪いか、実例をもって理解・納得・体験していくことが大切です。 |
■アイホール演劇学校では、5人程度のグループに分けて研究しました。 最初のチームは何も説明しないでやるべきことだけを指示しました。 チームは戸惑い、繰り返しの時には不機嫌にさえなります。 しかし私の課題の基本ルールとして、最初にトライする人達への評価は、 常にプラスハンディを与えられナイストライに賞賛を惜しみません。 しかし、最後にトライする人達への評価は最初からマイナス。 つまりマイナスハンディ分を挽回するつもりでトライしなければなりません。 一度でも手本を見ることができれば、それだけ表現の工夫をし易くなります。 ここでも「見ている事」の大切さや「まずトライする勇気」の心構えの大切さを理解してもらいます。 表現者としての『勇気』の醸成なのです。 最初のチームは、まるでだまし討ちのように恥じをかかされたと思うのです。 ですが、次々にトライするチームを観察して自分達のしていた事・ しなければならない事が分かってくると、再度トライする心持ちにまで変化してくれます。 またそのようなゲーム性・面白さが大切です。 |
1996年 『エチュード 駅』 |
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