シャン州を行く
ミャンマー紀行
大坂佳保里
●シャン州の州都タウンヂ−
シャン州はミャンマ−の東に位置しており、中国、ラオス、タイと国境を接したミャンマ−最大の面積を持つ行政区である。今回、私が訪れたタウンヂ−はこのシャン州の州都であり、シャン高原の西、標高
1,430mのところに位置するシャン州最大の町だ。荷物をホテルに置いた私は、さっそくタウンヂ−で最大のミョマ・マ−ケットを訪れることにした。このマ−ケットは、メイン・ストリ−トであるボ−ヂョ−アウンサン通りをはさんで2か所に分かれているが、私の目指しているのは通りの東側、金網で方形に囲まれた長屋式の店が並んでいる方である。ここは屋根付きなのだが、出店料がかかることから比較的豊かな商人が多い。米屋などの食品、衣料品、日用雑貨、薬品などを商う様々な店と食堂が並んでおり、中には米屋通り、生地屋通りと名付けられそうな位に、同じ商品を売る店が軒を並べている所もある。
●バラエティに富んだ米
マ−ケットでいつも人が一杯なのは米屋である。ミャンマ−は日本と同様に米を主食としているが、両者を比較した場合、食の中で米が占める割合はミャンマ−の方が極めて高い。店先はインディカ種やジャポニカ種、ウルチ種やモチ種、色も白、赤、黒とカラフルでバラエティに富んでいる。店の前の通りではザルを使って選米をしているが、日本では商品として並ぶことはない砕米もここでは立派な商品である。しばらく様子を見ていると、大きな袋の中から塊のようなものを取り出して売っている。袋の中を覗くと何と干したご飯の塊で、それもオコゲのように茶色である。これはお粥にするそうで、タウンヂ−ではポピュラ−な食べ物とのことである。前回、タウンヂ−のホテルで食べた朝食のお粥が少し焦げ臭かったのだが、この干したご飯から作られた可能性は高いものと思われる。
●新鮮な肉・魚
肉屋は米屋通りを通り抜けたコンクリ−トの建物の中にあるが、ここは屠殺場兼販売所で、水牛の角や山羊の頭の隣で肉の塊が売られている。
魚屋にはコイやフナ、ナマズの仲間など、大小様々な淡水魚が並んでいる。ミャンマ−の人々は一般に魚イコ−ル淡水魚を指すことが多く、海水魚と比較すると明らかに淡水魚が好まれている。特にシャン州は海から離れており、その傾向は顕著であるが、海産のイカが売られていたのには驚かされた。それもなかなか鮮度が良く、交通事情の悪いミャンマ−でどの様な流通経路を経て運搬されて来たのか不思議である。大きな魚は輪切りにされ、小魚はワラで束ねられている。ここではンガ・ペイと呼ばれている魚が一番多く、金属製の小さなしゃもじを上手に使い、見る見るうちに山盛りの魚は上身だけになってホ−ロ−の皿にきれいに並べられ、その横からすぐに売れていく。なかなか美味しい魚で、すり身を団子にしたものはよくミャンマ−料理に登場する。
●青空マ−ケットの野菜と調味料
八百屋は屋根付きの店にはなく、野菜や果物はマ−ケットの通路やそれを取り囲む路上の青空マ−ケットに並べられている。売り手の多くは民族衣装からパオの人々が多く、商品はみな採れたてでみずみずしい。トマト、オクラ、ブロッコリ−、白菜、空心菜と多くの種類が売られているが、ナス1つ取っても丸い形や細長い形のもの、大きさも様々なら白い物から目も覚めるような鮮やかな紫色のものまでとその種類の多さには驚かされる。
さて、豊富な食材は美味しく料理をする必要があり、そのためには調味料が必要になる。ニンニク、タマネギ、ショウガとともに重要なのは唐辛子である。生はもちろん、乾燥したものやそれを輪切り、みじん切り、粉と用途に分けて様々な形で売られている。酸味は、主にタマリンドの実を水に漬けた漬け汁を使う。さらに、ミャンマ−料理に無くてはならないものに魚醤がある。我々の醤油や味噌のようなもので、液体やぺ−スト状のものなどたくさんの種類があり、味噌屋のディスプレイのように丸く半円形に盛りつけられて売られているものもある。
●「トウフ」と納豆の食文化
マ−ケットの回りの路上には日除けのパラソルが立てられ、生鮮食品に混ざって加工品がたくさん売られている。豆腐は「タゥフ」と発音される事に驚かされるが、豆腐、シャン豆腐、サン豆腐と3種類あり、単に豆腐と呼ばれる物は固めの木綿豆腐で、シャン豆腐は黄色、サン豆腐はやや透明感のある白、前者は黄色い豆、後者は米が原料だ。シャン豆腐はその名の通り、シャン州の人達が好んで食べるもので、サラダや揚げた物が道端で売られており、間食としてよく食べられている。納豆は小粒で糸引きだが、日本ほど粘り気は強くない。また、納豆を加工したペ・ボ−は碁石のようにまるめたり、ぎょうざの皮のように延ばして干した物もあり、シャン料理によく使われる。
●米の加工品やナレズシ
米の加工品も多く、あずき色をした黒米のモチや蒸したモチ米を円盤上に固めたものを始め、モチ米を使ったケ−キやチマキの種類は優に10種類を越えて、モチ米の加工品がとても多い。またタケノコ、高菜、大豆や豆腐の漬物、かの有名なお茶の漬物であるラペソ−、もちろん飲むお茶もある。そのうえ鮨の原形とも言われているナレズシまである。
●日本との共通点「照葉樹林文化」
さて、マ−ケットの食材を列挙すると、日本と共通したものが多いことに気が付く。まさに私が、ミャンマ−のシャン州に注目したのもこの点だったのである。この共通性は日本とミャンマ−の2国間だけではない。ヒマラヤから日本に至る、ある一帯に認められる共通性でもあるのだ。その一帯こそが常緑性カシ類を主体とした温帯性の森林地帯であり、「照葉樹林帯」なのである。そして、ここに住む民族に認められる共通した文化は、中尾左助※)によって名付けられた「照葉樹林文化」なのだ。さらに、これらの共通した特徴が最も多く認められる地域を照葉樹林文化のセンタ−とし、ここにシャン州も含まれるのである。
もちろん、これらの文化的特色はその場所に限定されるものではなく、周辺地域にも影響を及ぼし、さらに既存の文化と混じりあって新たな文化を生み出していく。その意味でも、シャン州は絶好の調査地の1つであった。照葉樹林文化の共通点は、衣食住を始めとして習俗や儀礼など多岐にわたるが、私が食についての調査を行うために特にマ−ケットに焦点を絞ったは、マ−ケットが地域社会の中心であり、その生活文化を知るために最も適した場所だからである。まるで食材が氾濫したかのようなタウンヂ−のマ−ケットは、パオを始めとする伝統的な生活を続けている少数民族に出会う事が可能であり、彼らが商う商品は、彼らの文化を構成している因子の1つであり得ることが多い。特に、物と貨幣、そして情報の交換と言うマ−ケットの本来の姿が色濃く残されている場合、その可能性はさらに高くなると思われる。
私が、今回の調査で確認する事ができた照葉樹林文化の特徴的な食品とされているものは、モチ種の米や雑穀で作ったオコワ・モチ・チマキ、ナレズシ、納豆、モヤシ、お茶である。また、大豆が照葉樹林文化の共通の作物である事を考えれば、高度な加工品である豆腐の存在も、無視するわけにはいかないと考える。ほかにも今回確認には至らなかったが、コンニャクについてはヤンゴンで売られているとの情報を得ている。残念な事に、糀を使った醸造酒については多方面で聞き取り調査を行ったが、確認することは出来なかった。 今日、中尾佐助が提唱した「照葉樹林文化」は、有力な日本文化起源論の一つとされている。私は、食文化の立場からこれらが立証されるかどうか、今後検討を続けていきたいと思う。
※)中尾佐助 大坂府立大学名誉教授 照葉樹林文化に興味のある方は、中公新書の『照葉樹林文化』、『続・照葉樹林文化』をご一読されることをお勧めする。
(『アジア ウェ−ブ』第41号、『SEAC』No.61、1996年 6月、アジア文化社発行より転載)