海外では"You've Got M@il in 1667"というタイトルで公開してほしい市川崑監督の傑作。
原作は志賀直哉。1936年に伊丹万作が脚本監督しており、その伊丹万作シナリオによるリメイク作
品である。江戸時代(17世紀後半)の仙台伊達藩のお家騒動を背景にした"伊達騒動戦中秘話"、 ス
パイ・ラブロマンスと言いたい。
話の舞台は江戸麻布の伊達屋敷。赤西蠣太はここに最近着任したさえない下級武士である。伊達藩では
伊達兵部・原田甲斐(悪い奴・陰謀派−と思って下さい)が実権を握っており、伊達安芸(良い方−と
思って下さい)は国元で隠遁させられていた。蠣太は実は伊達安芸の間者(密偵・スパイ)で、江戸で
陰謀派の秘密を探っているのだ。集めた密書がまとまったので伊達安芸のもとへ帰ることになるが、黙
って逃げ出すと陰謀派に怪しまれるので間者仲間が一計を案じる。伊達屋敷に勤める美女ナンバーワン
の小波(さざなみ)に付け文をして(=ラブレターを出して)、皆の笑い者になれば、夜逃げする口実
ができるト。蠣太はラブレターを書き小波に手渡す。が、評判にもならず小波に握り潰されたか失敗か
−それではと、第2弾ラブメールをわざと人目に付く廊下に落とした直後、小波から「実は私もあなた
が好きでした」というような返事が来た!が、蠣太は第2弾メールを口実に泣く泣く屋敷を抜け出し国
元へ。後年、陰謀派は失脚し原田甲斐も死亡。騒動終結ののち、蠣太は実家に戻った小波の家を訪ねた。
さて、当作品についてはいろいろな見方楽しみ方があると思うが、私にとっては"ラブコメ"まんがを読
むような楽しさであった。苦心惨澹してラブレターを書き終えおどりあがり(原爆を完成したジュリー
の如し)そして「出来た」とつぶやく北大路欣也、廊下で鈴木京香にレターを渡すところも良い。「お
返事を差し上げるものですか?」というすました鈴木京香もGOOD。この縦構図で始まって横構図で
展開するシーンは、いや〜観ててニヤニヤしっぱなしの近年まれに見る楽しい一景である。で、おもい
もかけずもらった返事を読むシーンは、横から見た花火−じゃなくて闇に浮かんだ火打ち石の火花で始
まる息がつまるような...美しい場面である。手紙から声が聞こえ、鈴木京香の顔が浮かび上がる。
水面にジョン・トラボルタの顔が浮かぶ(『グリース』)が如し、これは青春映画だ!と叫びたい。と
いうより市川崑監督の映画はいつでも青春映画だし、青春の巨匠(モリケンにアラズ)と呼びたい。く
どいが今書いてきた一連の場面は「作家の青春が噴出している」(C 小林信彦)。
にしても、非情なスパイものである。ニヤついておれない緊迫した場面の連続である(だからこそラブ
ラブ場面が生きる)。蠣太の秘密をバラしそうな按摩小松政夫を間者仲間の宅麻伸が斬り(見せないが
凄い間合い)、そのあと池に浮かんだ小船の上で北大路欣也と宅麻伸がそのことを語るシーン。ここは
ゴードン・ウィリスの如きモノトーン。仕事とはいえつらい...という市川崑映画の時間である。殺
人者宅麻伸は後で敵方に捕らえられる(見えない)が、ここの突き放し方も凄い。
と一方こんな笑い。屋敷を抜け出した北大路欣也に追手がかかる。彼は僧に化けてかつての同僚の前を
通りすぎる――『ビルマの竪琴』のパロディ場面か。
かと思うと小波の命名シーンやラストの障子に浮かぶやさしい光の波の温かさ。
「形定まらぬ光の束」−これは市川崑映画そのものじゃあないか?
伊丹万作の映像感覚あふれる名作シナリオによる、市川崑の傑作青春映画でした。
補記
冒頭で"You've Got M@il in 1667"なんて書きましたが、1667というのはいい加減です。
本屋で立ち読みした日本史の本によると、伊達騒動は1660年に始まり1671年に終わった
−と書いてあったので間の適当な年を取ったのです。
余談
中学の時か高校の時か忘れたが、NHKラジオで"ラジオ講座"みたいな番組があり国語で「小説と映画
シナリオの比較」みたいな回があった。これが何の勉強になるのか意図不明だが、たまたま遭遇した。
この番組で取り上げられたのが『赤ひげ』と『赤西蠣太』であった。『赤西蠣太』では冒頭のネコが出
てくるシーン、池の上で話すシーンが取り上げられていたと記憶している。『赤ひげ』の方ではラスト
の保本が新出に入門を懇願するシーンが取り上げられ、「シナリオでは雪解けの水が映像的な心理表現
になっています」というような説明があった。「ふ〜ん」と感心し、映画への関心が深まった。当時両
作とも原作本を買い読み伊丹万作の映画はフィルムセンターに観に行った。以上余談の話でした。