メディア・リテラシー 〜 情報を読み解く能力


大阪 山村




 8月下旬にマイケル・ムーアの「華氏911」をみた。今さらながら、情報操作に負けない国民でありたいと思う。
 あのヴァイツゼッカー元西独大統領(「過去に目を閉ざす者は、現在も見えなくなる」)が強調するように、一人一人が真実を見抜く力を持たなければ、どんな民主主義の社会であっても簡単に戦争やファシズムの社会を招いてしまう。それが、ドイツが、日本が、世界が歴史から学んだことだ。政府の情報操作、大本営発表に負けない、メディア・リテラシーが、今こそ本当に必要といえると思う。昨年度1年間、若い感受性を持った高校1年生との出会いを得て、280名にメディア・リテラシーを取り入れた授業を行ったので、振り返って紹介する。科目は「現代社会」だった。

   【イラク攻撃とともに入学してきた生徒たち】

  2003年3月20日、イラク攻撃開始の日。
 この日未来の新入生たちは、数日前に入学試験を終えて、あとは合格発表を待つだけの、数日後に必ずやって来る発表の瞬間を待つ、不安な日々を過ごしていたはずだ。一方で受験勉強の疲れから解放されたホッとしたような脱力感で、何ともいえない宙ぶ らりんな状態だっただろう。イラクどころではなかったかもしれない。イラクでの開戦、米軍の攻撃が始まった世界の一大事と、自身の身に起こる人生の一大事とが同時進行におこっていたわけだ。この年は、記憶に残る年となるのだろう。

   【授業の方針を宣言】

 合格発表の日、番号を掲示した瞬間沸きおこる歓声、輝くような喜びの表情を眺めながら、私は新しい出会いに、感謝した。そして4月8日からの最初の授業で、希望にあふれたキラキラした瞳たちにこう宣言した。 
@ 社会科の授業は「現在進行形」で学ぶことが重要。だからこの「現代社会」の授業では今起こっていることを頻繁に取り上げる。そのことを理解するために、学んだことをフルに活用しよう。憲法でも政治でも経済でも、歴史でも地理でも。 
A 「なぜ?」という問いかけを授業で多用する。丸暗記ではなく、考える授業にしたい。考えることそのものが重要で、いろんな答えがあったほうがいい。正解のない問いだってある。周りを気にしないで、自分の考えを言える練習をしよう。
 そのためにはお互いを認めあう、いい関係でなければ、安心した空間でなければならない。だから、クラスは仲良くなってほしい。そうでないといい授業はできない。自分の意見をいう練習をしよう。 
B メディア・リテラシーの手法を使いたい。これは民主的社会を構成する独立した大人になるために大切な学び。テレビや新聞雑誌の情報を、そのまま無批判に受け入れていないか?批判的に物事を見る練習もしたい。情報操作される大衆が戦争やファシズムを支えた過去から学ぼう。(悪徳商法だって、はねのけられるぞ。また、CMにあおられて、気軽にサラ金に借金していいのかな。) 
C 他の人の意見も聞いてみよう。いっぱい、いっぱい聞いてみよう。話し合いをしよう。なるほどと思う発見がいっぱいあるし、自分の考えが深くなれる。マジな話題で真剣に話し合うのは苦手な人も多いでしょう。傷つきたくないから、関わろうとしない。でも、違いがあって当然という当たり前のことがわかれば、しっかり自分を持てるし、相手を受け止められる。反対の立場で物事を考えてみたことがあるかな?難しいけども、それも練習しよう。テーマを掘り下げて、自分で調べてみよう。どんどん深く知りたくなる経験、あるかな。
以下は、通常授業と平行して、実施した内容。

   【メディアリテラシー講座】

 以下の教材を作成して、活用した。
0) メディアリテラシーとは何か?なぜ、メディアリテラシーが必要なのか?
  一回目の授業・・「なぜ?」と問い続けることの提唱。その答えはこれから考え続けよう、と。これは、開戦直後の4月の授業時点での問いだが、興味深い結果だった。    
   Q1;なぜ、アメリカはイラクを攻撃したのですか?
 40名のクラスで、4分の3の生徒が「イラクが核兵器を持っているから」と答えた。本当に持っているの?と重ねて聞くと、「多分」と答えた。クラスで5名ほどが「石油のため」、同じく5名が「9.11で攻撃されたので、逆に自分の力を見せつけるため」と答え、280名全体で1名が「新兵器のデモンストレーション」と答えた。
   Q2;なぜ、アメリカの核兵器保有は良くて、イラクや北朝鮮はだめなのですか?
 これには混乱する生徒が多く、考えても見なかった問いだったようだ。自分もその疑問を持っていたという生徒はクラスで3〜4名。背景としてのNPT体制の現状と矛盾を理解する必要あり。
   Q3;イスラエルの核保有疑惑への対応は?
 これには、そのような情報自体もたず、何も答えられなかった。

 問いつづけ、考えていくための情報を次に学んでいった。

1)  イラク情勢を読み解くためのキーワード

 OPECと石油メジャー、湾岸戦争、国連安保理,NPT体制、大量破壊兵器、最新兵器と軍需産業、9.11テロ、パレスチナ問題とイスラエル、クルド人、米外交のダブル・スタンダード、アフガニスタンのタリバン政権、ビンラディン、「悪の枢軸」発言、ユニラテラリズムなどなど・・・
2)  最新兵器・・・劣化ウラン弾とクラスター爆弾
3)  「テロは世界を変えたか〜米国はなぜ嫌われるのか アリエル・ドーフマン氏に聞く」2001/11/28朝日を読む。 南米出身で米国で活躍する劇作家。 現代史の中で生徒の良く知らないもう一つの9.11。チリで米軍が干渉し、アジェンデ政権が倒され、テロリストであるピノチェットの軍事クーデター後、どれだけの悲劇があったかを知る。日本の世界史の教科書にはこの事件が載っていない物がたくさんある。
4)  イラク周辺国の状況
5)  同日の新聞を読み比べる(2003/5/8)米が生物兵器製造工場発見と発表。

@  この日の各新聞のイラク関連記事の数
A  見出しを書きだして比べる。
B  読み比べて気づいたこと 
 書き手の側によって、情報のニュアンスが違い、ずいぶん印象の違いが出ることを知る。

6)  ユニラテラリズム解説
 冷戦終結後の世界、ユニラテラリズムの例 京都議定書・国際刑事裁判所・CTBT・核兵器開発など
7)  ブッシュ政権と石油産業と軍需産業

 ネオコンリーダー、ウィリアムクリストル氏の評論を読む。中東全体の民主化への言及。主張の理解。
8)  同日の新聞を読み比べる(2003/12/14)日本人外交官2名死亡

@  この日の各紙の社説のタイトル
A  各紙は、今後何が必要と主張しているか

 イラク情勢を追いながら、冬休みには宿題を出した。夏休みの宿題(博物館/平和・人権・民族・高齢者関連を見学してのレポート)で手応えがあったので、冬も調べ学習は十分できると思った。

     【冬休みの宿題 テーマ】 クリティカル・シンキング・トレーニング 2003/12〜2004/1

課題内容;

@ 次のテーマから1つ選び、ワークシートに賛成反対の理由をそれぞれ6つ以上考えて書く。
 (自分の意見と反対の立場の意見も考えるのが難しい)
1) 日本は死刑制度を存続すべきである
2) 日本は代理母出産を認めるべきである
3) 日本は自衛隊をイラクに派遣すべきである (この時点ではまだ、派遣されていなかった)

A その後、両方の意見をふまえて自分の立場を(賛成・反対)決める。その論拠となる「資料」や自分の説明をレポートする。新聞記事、インターネット、本、その他から資料を探す

★なぜ、クリティカル・シンキング(批判的に考えること)が必要なのか?
→さまざまな情報を読み解き、多角的に眺め、自分の頭で考え、自分の意見を持つ。意見を表明し、多用な意見に耳を傾ける。これは、民主主義の基礎となる、個人のあり方。

 提出された課題は、いったい、どれだけの時間とエネルギーを使ったのだろうか、と思うほど努力の後が見られる力作が多数あった。クラスで全員の作品を回覧する時間をとったら、真剣に静かに他人の意見を読みながら、「これはすごい!説得力ある!自分の考えがゆらぎそう」などと反応があった。クラスメイトたちの意外としっかりした側面を発見できる、すこし気恥ずかしいが、興味津々の楽しい時間だった。

      【総仕上げのディベート】2004/2月実施

 冬休みのそれぞれの課題作品を活用した。
  第1時間・・クラス内回覧 他人の意見に感服したり、反発したり、首を傾けたり、自分と同じ主張に喜びを感じたり。
  第2時間・・グループ分け+グループの名前付け+6つの主張のシェアを話し合いで決める。
 死刑、代理母、イラク自衛隊派遣、それぞれに賛成派、反対派6〜7人でグループを作った。イラク自衛隊派遣賛成者が極端に少なかったので、反対者から希望をつのって賛成グループに数人回ってもらった。が、この回ったメンバーが、実は後に有力なディベートの論客になった。反対の立場もしっかり考えたから、できることだった。
 意見をシェアする話し合いは、ずいぶん盛り上がったし、時間が足りなかった。生徒たちは放課後残って、自分たちの主張する意見を整理して、模造紙に大きく書いてディベートに備えた。
 第3、4時間・・ ディベートを実施
 本格的に、教室で机を移動し、対戦方式にした。観客は説得力のあった方を最後に拍手の大きさで決定した。1つの対戦に25〜30分とったが、時間が足りなくて生徒たちはもっと欲しかったという。
 あるクラスで、時間が足りなくてできなかった対戦のチームがあった。期末テストの前日という日にも関わらず、どうしてもやりたいと、生徒たちはテスト範囲の終わった他教科の先生の自習の時間をもらってきた。私がその時間だめなら、放課後に残りのディベートをどうしてもやりたいと頼みに来るつもりだったという。その自習の時間に、「じゃあ、ディベートをやろう」と、その教室に声かけて入ったら、クラス中から「やったー!!」と拍手が起こった。私の予想以上の生徒たちの食いつきに感激した。その自習時間をくださった担任の先生も一緒に見学してくれた。
 この対戦チームのテーマは「日本は自衛隊をイラク派遣するべき」への賛否。その後の50分間は、圧巻であった。一人一人がしっかり考えているので、議論が延々と展開していった。どちらも書物やインターネットの情報も駆使して、一歩も譲らない。イラクの小学校の写真やら、小泉首相の発言やら、自衛隊法の何条やら、隊員の宣誓文やら、いろいろな資料も用意して、説得力があった。その内容をここで詳しく報告できないのが残念だが、賛成側も反対側もイラクの平和を望み、日本が平和に貢献したいと思っているのは共通だ。米国との関係など、次の課題も見えてきた。今後の世界像も問われているのだ。チャイムがなって、時間が終了。観客も迫力に巻かれて、観客席から発言を求めて手を挙げて、たしなめられるほど。議論の末に、説得力のある勝者への拍手は、派遣に反対派に多く寄せられた。が、その後両者のチーム全員に、惜しみない拍手が送られた。勝つことよりも大切なことがあるのだ。
 20年間教師をしているが、こんなに生徒たちの底力を授業で見せてもらったのは初めてだ。予想以上の展開に、私はほとんど観客状態で、どんどん進む議論に、エキサイティングな時間をただただ目を見張って過ごしていた。 
 しらけている、熱くなれない若者たちといわれるが、安心して おれる空間、一人一人が大切にされている空間では、普段おとなしい無口な生徒も、自分で手を挙げて熱い議論に参加する。「こんなこと、言ったら、どう思われるか」と萎縮しなくていい空間。そんなクラスづくりができているクラスでは、グループワークは成功する。ある大人しく無口な生徒がディベートの最中に立ち上がったとき、クラス全員が息をのんだ。「でも、自衛隊派遣が、なぜイコール国際貢献なのですか?」の発言には「おおっっ」という皆のため息が出た。こいつやるなあ、である。その後の議論がさらに盛り上がったのは言うまでもない。生徒たちは本当は真剣なテーマの話し合いもしたい、と思っているし、その力もある。ただ、そのきっかけが身近にないだけなのだ。

      独立した個人として自らの意見を持ち、他人としっかり関わろうとする、あきらめない姿勢。

      しかも暴力ではない方法を学ぶ。

      人と関わる、喜び。

      シェアできる喜び。

      違いを受け止められる、寛容さ。

      学ぶことはいくらでもあるのだ。  

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